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長編小説『エンドウォーカー・ワン』第4話

 サウストリア国防線最北部、通称「ノースポイント」でその戦闘は行われていた。
 無数の榴弾りゅうだんで黒土を顕わにした緑地帯を南の主力戦車が後退していく。
 分厚い複合装甲と強力な滑空砲を搭載した陸戦の王者。
 その中の一両の脇腹に音速を遥かに超えた砲弾が飛来し、装甲を深く抉り跳弾した。

「304号車被弾。乗員に負傷者が出ている、後退の許可を」
「……許可はできない。壁である我々が退けば基地を敵の射程内に収めることになる。増援の到着まで死守せよ」
「増援って、一体誰が来るって言うんですか!?」

 血と焼け焦げた空気が充満する車内で車長が無線に向かって吠える。
 一時間前。敵に攻勢の兆候を察知し、サウストリア陸軍は攻撃ヘリと戦車中隊からなる機甲部隊を展開したが森林部に潜んでいたノーストリアの人型兵器ヴァンドリングヴァーゲン、通称「WAW」の攻撃に遭い、戦車部隊以外はほぼ撃破されて部隊は壊滅状態だった。
 ここを含めた複数個所での侵攻に対抗するため、基地には予備戦力などはなく増援は期待できない。

「先輩……俺、もう……」
「スーツの自動止血機能が働いているから平気だ。持ちこたえろカイル!」

 304号車の車長が砲手の若い男性に向かって吠える。

「すみ、ません……」

 車長にはカイルが座ったまま事切れたかのように見えた。
 この場合では失血ショックによる失神もあり得たのだろう。
 だが緊張状態が長く続き脳内アドレナリンが過剰に分泌されていた車長は激情に駆られた。
 彼は吹き飛ばされた上部ハッチから身を覗かせると重機関銃に取り付き「このクソどもがあぁぁぁっ!」と照準を定めずに乱射した。

 刹那。
 重量金属同士が不協和音を奏で、機関銃の防弾シールドごと車長の姿が消えた。

「……オットマー車長?」

 車体の低部で車両を操作していた運転手が上の異変に気が付き、名を呼ぶが返事はない。
 代わりにゴブリと、湿った音が返ってきた。

「う……うわあぁぁぁッ!」

 運転手はこの世のものを見たとは思えないほどの絶叫を上げ、ハッチを開いて車外に転がり落ちる。
 そして目を見開いて何度も荒らされた土地に足を取られながら逃亡をはかった。
 ヘッドセットから敵前逃亡に対しての警告がなされるが、彼はそれを荒地にかなぐり捨てて脱兎の如く駆ける。

「中隊長。逃亡兵は射殺とはいいますが、本当に撃つんですか?」
「馬鹿者っ。そんな暇があれば一機でも多く敵を撃破しろ! 10時方向、来るぞ!」

 中隊長の男性が言い終わるが早いか、光弾が重圧な音と共に別戦車に突き刺さり内径120ミリの砲身が歪む。

「敵機が速過ぎて射撃統制システムFCSが役に立ちません!」
牽制けんせいでも構わん! 撃て!」

 各車は回避機動をとりつつ、コンピューターが追いきれない敵影に向けて砲塔から巨大な火球と衝撃波を発する。
 しかし、敵機は発砲と同時に物理法則を無視したかのような鋭角な機動で戦車から放たれたダート弾をかわした。

「クソッ、奴らは本当に人間なのか……?」

 中隊長が亡霊でも相手にしているかのような様相で呟いた。
 随伴歩兵は全滅、ヘリも地対空ミサイルSAMで撃墜され残りの車両も残り僅か。
 彼としてはこれ以上損害を出さないためにも降伏したいところだが、敵の止まない猛攻を見るに相手側はその気は微塵みじんもないように思えた。
 戦車に搭載されたアクティブ防御システムはジャミングによって無力化され、超遠距離の狙撃によりその数を減らしている。

「202号車行動不能!」

 散発的な攻撃だが、ノーストリアの牙はサウストリアの盾を着実に削り取っていく。
 圧倒的な武力差だというのにどうして突撃をしてこないというのだろうか。中隊長は思案した。

「……恐らく別動隊がいる。我々を挟み撃ちにしようとしている。俺も損害を最小限にするためにそうする筈だ。やむを得ん、ここで犬死にするよりはマシだ。退くぞ」
「了解」

 散っていった者たちへの懺悔を込めて男性はそう判断した。
 土煙舞い散る中、残された戦車隊が全速力で後退していく。

「101。9時方向から敵WAWが高速で接近中。距離3000」

 今まで「防衛線を維持しろ」としか言ってこなかった戦闘指揮所CICが冷徹な口調で告げた。
 決断が遅れたことに中隊長は不甲斐なさで歯をきつく噛みしめる。

「ここまでか」

 中隊長は最期を悟り、深く息を吐いた。
 絶望が迫り寄り、死に至る刃を振り落とそうとした次の瞬間だった。
 漆黒の身体を眩いばかりの閃光が貫き、その身は光の粒子となって霧散する。

「待たせたな」

 外部スピーカーから男性の声が聞こえ、それから逃走していた・・・・・・・・・・ノーストリアのWAWが崩れ落ちる。
 それは都市部のデジタル迷彩を施したままの軽量級の細身な機体。

「あれはヴァイパーIIa? 灰色小隊は西に展開していた筈では……?」

 その機体は硝煙立ち昇る長銃身のライフルを右手に持ち、左腕部に装着されたレーザーブレード装置を重そうに上げながらお道化た様子で敬礼をしてみせる。

「我々が時間を稼ぐ。今のうちに退却を。ロベルト、レコン続け」
「お供します、リカルド少佐」

 機体背面部に装着されたブーストユニットが青白い炎を噴出し、傷だらけの車両の間を滑走していく。

「サウストリアの亡霊……か」

 遠ざかる三機だけの増援に戦車隊中隊長は疲れ切った背中で見送った。

  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

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