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夜明けは天使とうららかに 3-2

〇 〇 〇

 始業式が終わった後に隆聖君に声をかける(というか、声をかけようとしたのを察してもらう)と、隆聖君は学校近くの公園に僕を連れてきてくれた。

「いきなり声かけてごめんな。でも話そうとしてくれてありがとう」

 ベンチに座った途端お礼を言ってくれたので、僕は慌ててしまって「だ、大丈夫だよ!」と返答になっているのかイマイチ分からないことを言ってしまった。

「じゃあ、別室登校ってどんな感じなのか聞いてもいいか?」

「う、うん。あ、でもその前に一個聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ん? いいけど、何だ?」

 隆聖君に質問を投げた。

「どうして別室登校の話なんか聞きたいのかなって思って」

 それを聞いた隆聖君の表情が、途端に困り顔になった。マズいことを言ったのかと思って、付け加える。

「あ、別に答えたくなかったら全然いいんだけど……」

「……俺にもできないかなって思って」

 隆聖君は俯き加減に話し始めた。でも僕は簡単なはずのその言葉の意味が上手くとれなくて「え?」と言ってしまう。

「俺さ、実は友達とかいなくて。……正確にはいなくなって」

 そう言う彼は、少し苦しそうだった。

「俺、目の前で嫌な事が起きてんのに無視するの苦手でさ。今日の朝みたいに怒っちまうんだよ。……なんか、そしたら怖がられちゃって」

 自嘲気味に少し笑うけれど、その後すぐにため息をつくようにこう言った。

「自分の居場所がないな、と思ってさ」

 学校に自分の居場所がない。行きたくない。

 自分の気持ちを思い出す。

「……隆聖君も、そう思ってたの?」

 隆聖君は少し目を丸くした。そして「……くん付けなくて良いけど」と言った後に、

「その言い方だと菖太もそう思ってたのか?」

 と聞いてきた。

 話すかどうか一瞬迷ったけど、答えることにした。

「……うん。僕は、りゅ、りゅうせい、とは逆だけど。自分の意見とかそういうの言えなくて、友達できなくて……」

「それで別室登校にしたのか?」

「いや、そうじゃないんだ。その……嫌がらせされて。ずっと居場所がないな、とは思ってたけど、きっかけはそれだった」

「そっか……」

 俯いた隆聖は少しの間何か考え込んで、また僕に質問を投げかけた。

「なぁ、別室登校ってどんな感じだった?」

「えっとね、自分のペースで過ごせるから楽だったよ。勉強は自分でしないといけないところもあって大変だったけど……」

 別室登校のことをリセの話をせずに説明すると、そんな簡素なものになってしまった。もう少し何か言うべきかな、と思っていると、隆聖が口を開く。

「……俺も別室登校できないかな」

 その言葉が軽いものではないことは考えなくても分かった。隆聖は、たぶん小学校に入ってからの四年間、ずっと教室という場所に居づらさを感じていた。それは、僕の感じていたことと全く同じではないと思うけど、でも、少し分かる。

 別室登校がしたい、その気持ちは分かるけど、僕には隆聖に伝えたいことがあった。

「……別室登校ができるかは、ごめん。僕にも分からない。……でも、僕、隆聖は間違ってないって思うよ」

「え?」

 その顔に疑問符を浮かべて隆聖がこちらを見る。

「僕、前に先生に言ってもらった。『ちゃんと怒るのは大事なんだ』って。隆聖はそれができてるってことだし、それに……」

 話しながらその先を言うのが少し恥ずかしくなってしまって、変な間ができてしまった。けど、隆聖は僕の言葉を待ってくれている。

「嬉しかった。今日の朝、怒ってくれたの。僕、どうしていいか分からなかったから」

 隆聖はちょっとの間、何も言えないほど驚いていたらしい。小さな声で、

「そんなこと初めて言われた」

 と言った。

「……でも、そう思ってもらえたなら、俺も嬉しい」

 今度は僕に聞こえる声で言って、初めて少しだけ笑ってくれた。たぶん、それを見た僕も、少し笑ってた。

「なあ、菖太」

 目が合った隆聖の口から、その先の言葉がなかなか出てこない。でも、僕はさっき隆聖がしてくれたように待っていることにした。隆聖は少し恥ずかしそうに、でもハッキリと言った。

「友達に、なってくれないか」

 今度は僕が驚きで言葉を失くす番だった。

「……無理に教室に通ってほしいとは言わない。俺だってそんなに行きたくないし。だけど、友達がいるなら、頑張れる気がする」

 『友達』。

 友達になってほしいなんて、初めて言われた。

 すごく驚いたけど、真剣な隆聖の顔を見ていたら、嬉しくて嬉しくて、心の中がふわふわして、落ち着かなかった。

「う、うん! 僕で良かったら!」

 隆聖は安心したように笑って、

「これからよろしくな」

 と手を差し出してきた。

 その手をそっと握ったら隆聖の優しさが伝わってくる気がして、僕は初めての友達に泣きそうなのを必死にこらえていた。


 家に帰ってからリセとも改めて話し合って、明日からも教室に通う、ということを決めた。

 お父さんとお母さんにそのことを言ったら、二人ともすごく心配した。「無理しなくていいんだよ」と何回も言われた。あんまり言うから決意が揺らぎそうになった。

 けれど、「友達ができたんだ」と言ったら、二人とも泣きそうになりながら「頑張っておいで」と言ってくれた。

 その日の夜は、これからの期待と不安で胸がいっぱいだった。友達になったということは、隆聖と一緒に遊んだりできるってことだろうか。隆聖は僕の好きなゲームをやっていたりするだろうか。そしたら一緒にあのダンジョンに行きたいな。でも「そんなの知らない」って言われたらどうしよう。もし隆聖とケンカするようなことが起こったらどうしよう……。

 この時、たぶん僕は心が躍っていたんだろう。久しぶりに明日に対してウキウキしていて、そんな僕のことをリセも嬉しそうに見てくれていた。

 眠る時、リセは僕の眼に手をかざしてくれる。ちょっとしたおまじないみたいなもの、と前に言っていた。

 いつも通りに目を瞑ってしまったから、僕はその時のリセの表情なんて知る由もなかった。


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