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05

 それからしばらくして、放課後の職場のメンバーが全員そろった。

 先生
「こんにちは、それでは今日も仕事を始めましょうか。今日は昨日と同じようにくじ引きでメンバーを決めてパトロールをしてもらいます」

 そう言われて、また番号がそれぞれのアバターの上に表示された。

 千歳の頭上には2の数字。

 同じく2の数字が表示されたのは梓だった。

 
「あははは、偶然だね、こんな感じで一緒になっちゃうの」

 梓はどこか気まずそうにそう言うのだった。

 まあ、確かにな、さっき異世界人と呼んだ人と一緒になってしまうのは少し気が引けるというか。

 言ってしまえば『あなた異世界人だろう』は一種の差別表現とも取れなくもないわけで。

 二人の空気はやっぱり気まずかった。


 今日のパトロールは商業施設の中、及び周辺だった。

 
「私の言ったこと気にしてない? 私は千歳君のことそこまで気にしてないんだけどな」

 千歳
「うん、大丈夫、俺も気にしてないから」

 
「本当?」

 千歳
「気にしてないってば」

 
「私も千歳君のことは気にしてないからね。それこそ私がどのくらい気にしてないのか全然伝わってないくらい気にしてないよ」

 そこまで過剰にアピールするということは別のどこかで気にしている何かがあるのだろう。

 相手から嫌われるのが怖いのだろうな。

 
「千歳君は……その……さっき私が気まずくなっちゃったこととか気にしてない、平気?」

 千歳
「気にするも何も、梓さんにとって俺は異世界人なんだろう。多少は引っかかることはあるだろうけど、同じクラスになっちゃった以上は、表面上でも仲良くしないと、先生に怒られちゃうからね」

 
「そっか……」

 梓の表情はさらに曇った。

 なんだろう、自分の思っていることを相手に伝えるのが苦手なのだろうか?

 千歳は勘を最大限に働かせて梓が何を求めているのかを察するのだった。

 千歳
「なんだろう、表面上だけ仲良くされるのは嫌?」

 
「うん、そうなんだよね。ごめんね、小さい子供みたいで。私、人によるけど、本当の友達は欲しいかな、なんて」

 千歳は内心で苦虫を噛みしめたかのような気持ちになった。

 梓は心が純粋だなあ、と思った。

 が、こういうタイプにあまり現実のようなものを見せないほうがいいだろう、とも思った。

 本当の友達か……そんなものが果たしてこの世界に存在するのだろうか?

 そう疑う千歳も自分自身が嫌になるが、梓の純粋さに心を打たれるほどではなかった。

 心を打たれるほどではないくらい、現実を見てしまっているからか?

 でもまあ、梓とはただの友達でいよう。

 すでに仕事を始めている社会人とはいえ、友好関係が一切広がらない生活は嫌だ。

 ビジネスの付き合いだけで完結するほど人生がシンプルではないのは千歳でも分かる。

 だから、梓とは普通の友達でいよう。


 仮想現実の商業施設は現実世界の会社が出資して成立しているシンプルな市場だ。

 繁華街と考えてもらって差し支えない。

 クレジットカードをデバイスに登録すればだれでも簡単に現実世界でのサービスや商品とを交換できる。

 とどのつまり、見ているものが実店舗からディスプレイでの通信販売へ、そして仮想現実になっただけであり、ここまでくるとただの東京の繁華街そのものだった。

 結局のところ人間が設計している代物なので、地方の人がアクセスすれば未来感はあるのかもしれないが、都心に住んでいる千歳からしてみると、現実とあまり差はない。

 強いて違いをあげるなら、普通のデパートと変わらずエレベーターで別フロアに移動するか、メニュー画面から選んでワープポイントに移動するか選択できる点だろうか。

 仮想空間をフルに活用して実績をあげているのは、住宅を注文するときに自分たちが住む家をあらかじめ月額でレンタルして、意思表示後住宅を注文することができるサービスなどだろうか。

 このデパートで山形県の林檎を注文すれば、2日以内に自宅へ山形県の林檎が届く。

 もちろん、自分のデバイスにアーティストの音源を登録することもできるし、なんなら仮想現実でリアルのCDを注文することでさえ可能だ。

 とは言ったものの、所詮はデパートの相互互換でしかないのは言うまでもない。

 まあ、自宅から出ないでネットショッピングができるのは魅力的かもしれないが、持たざる者からしてみたら厳しい世界だ。

 
「結構いろいろあるね」

 千歳
「俺には縁遠い世界だけどね」

 
「あ、貧乏人アピール。私の家もそんなに裕福じゃないけどね。高級な林檎を食べるくらいならお安い駄菓子を食べちゃうかな?」

 千歳
「そうだよねー、俺も音楽を聴くのが好きだけど、アーティストのCDやレコードはハイプライスだし、永遠に配信サービスで聴いてるしかないんじゃないかな?」


 しばらくして、先生からこんな通信が入ってきた。

 先生
「やあやあ、お二人とも。事故が起こりました。千歳君と梓さんの担当しているルートで事件が起こりました。向かってください」

 千歳
「そうですか、わかりました」

 
「物騒ですね、なんだか」

 千歳
「行くしかない。これもお仕事なんだから」

 二人は現場に駆け付けた。

 見てみると、小さい男の子のアバターが一人、自動販売機の前であたふたしていた。

 千歳
「どうされましたか?」

 男の子
「えっと……ここのお店でプラモを買おうとしたんですが、なんだかエラーが出ちゃって。困っています」

 千歳
「ちょっと失礼。見させてもらっていいかな?」

 男の子
「はい、大丈夫です」

 千歳はお店のプラモを見た。

 どこにも事件性は感じられないが……。

 ひとまず先生に回線をつないだ。

 千歳
「人身事故のようなことは起きていないように見えますけど……いったい何が問題なんでしょうか?」

 先生の通信からはこう聞こえる。

 先生
「データを解析しますね。ふむ、どこにもおかしいことは見当たらないのですが」

 一同が首をかしげるエラーだった。

 なぜエラーが出たのかが全くわからない。

 あるいは、プログラム上の不明なエラーである可能性も捨てきれなくなってきた。

 
「あのー、これ」

 異常な点を発見したのは梓だった。

 
「君が買おうとしてるプラモって、日本で発売禁止になったやつだよね。制作会社の利権が揉めて工場が在庫を抱えちゃったやつ。これ、購入するってこと自体が裏ルートだよ。よくこんなところで売られているね」

 先生
「なるほど、見逃しましょう。事件性はありません」

 男の子
「いいの?」

 千歳
「なんだか、著作権がどうのこうのの問題ですか? 自分は詳しくないですね」

 先生
「明確に言えばこれはよくないことです。しかし、このレベルの事件を解決していたのでは人手がいくらあっても足りません。そこにいる男の子がやったことは軽犯罪には当たるでしょうが、この次元の犯罪なら先生にだって身に覚えがあります」

 
「あ、私もありまーす」

 千歳
「そうか……」

 男の子
「ねえ、もう行ってもいい?」

 先生
「ダメだ、プラモは買ったら最後まで組み立てろ、それを誓えないなら自分とよく相談しろ」

 先生の口調が突然変わった。

 男の子は怖がって逃げていった。

 先生
「全く、近頃の若い者は、満たされているゆえすぐに。恵まれている連中は実にけしからんな」

 千歳
「どうしちゃったんですか先生」

 先生
「いいえ、何でもありません」

 千歳
「先生にも変な趣味とかあるんですか?」

 
「あはは、千歳君がいろいろ変だったりするから、きっと先生にだって色々あるよ」

 千歳
「そうかもしれないね」

 先生
「さて、ではルートに戻ってください。この事件は解決しました」


 そうして二人は元の道を歩いた。

 千歳
「意外だなー。プラモが発売禁止になったなんて情報どこで聞いたの?」

 
「ネットの記事から。って、知らない人は知らないか。女の人はプラモ買わないけど、ニュースが大きかったから私の耳にも届いたの」

 千歳
「ふーん。知らない人はとことん知らない話だね。梓さんってオタクだったりするの?」

 
「そうだけど……あ、千歳君はあんまりアニメとか見ない?」

 千歳
「そうだね、アニメより勉強のほうが面白いし」

 
「へー、そ、それは今の時代の人にしては珍しいね。趣味とかってある?」

 千歳
「趣味? いや、とくにはないかな」

 
「そっか……大変だね」

 千歳
「何が?」

 
「私さ、親からあんまりネットを見るなって言われてるんだよね。もっと勉強に集中しろとか、そういうことばっかり。でも、千歳君はちゃんと勉強してるし、凄いなって」

 凄いというより、それ以外にやれることがないからやっている一面もあるのだが。

 それを凄いな、と褒められたのは千歳としては心外だった。

 千歳
「ありがとう。素直に受け取っておくよ」

 
「私も勉強はそれほど苦手じゃないけど、両親がもっと勉強しろって言ってくるから、嫌になっちゃうな」

 千歳
「大変だね」

 親か、千歳には自分の親の顔すらわからないのだが。

 今日仮想現実に降り立った時、梓は千歳のことを異世界人と言い表した。

 それが、どんどん現実味を帯びる。

 決して梓を見下しているわけではないが、悩んでいることが千歳とは全然違う。

 贅沢な悩みだなあ、と感じずにはいられなかった。

 千歳
「梓さんは、今の親に満足してる?」

 
「ううん、家族は嫌い。価値観を一方的に押し付けてくるし、あれができなきゃだめ、これができなきゃだめだから。時間にも厳しいし、毎日疲れちゃう」

 千歳
「そっかー、大変だね」

 
「千歳君はお父さんとお母さん居ないんだっけ?」

 千歳
「まあね」

 
「そういうの、うらやましいなー」

 千歳は苦虫を噛み潰したような内面になったが、表情には出さなかった。

 こうして表情には出さないあたり、千歳は詐欺師の訓練でも受けたのだろうか?

 千歳
「親との付き合いがないと、やっぱり楽だよ。自由に生きられるしね」

 
「素敵だね、自由って」

 自由すぎて逆に何をしたらいいのかわからない時もあるが、梓のような人からしてみたら千歳は恵まれているのだろう。

 梓がそう感じたなら、それは大切にしてあげたい感想だ。

 千歳
「自由は素敵だよ。好きなように時間が使えるからね」

 
「私も、親がいなければいいのにな」

 千歳は梓が何で悩んでいるのかだんだんわかってきた。

 梓はほかの異常者生徒に比べてまともだと思ったが、家族との相性が悪いのか。

 結局のところまともな親が育てなければまともな子供は育たない。

 梓も結局は異常者なのだな、と思った。

 でもまあ、この場合治療が必要なのは親なのかもしれない。


 そんなこんなで本日の労働が終了した。

 千歳はリアルに戻ってくると、また暗い部屋に戻されるのだった。

 さすがに慣れようと思うのだが、この感覚は意外と慣れないもので、慣れてしまえばそれはそれで危ないな、と思った。

 春先は夕日が沈むのがまだ早いというのもあるのか、夏になれば明るいまま一日を終えられるだろうな、とも愚考する。

 その日も百々と一緒に夕食を食べた。

 夕食の会話は以下の通り。

 百々
「今日もお仕事だったの?」

 千歳
「そうだね、今日のパートナーは親御さんに恵まれていない感じだったかな」

 百々
「あはは、私たちなんて捨てられちゃうくらい恵まれてないのに。お兄ちゃんは親に恵まれてない人を見てかわいそうだと思う?」

 千歳
「思わない。少なくとも自分よりは贅沢な悩みをしているな、と思っちゃうかな。話しかけてきたけど、雰囲気からして異世界人みたいだ、と言われてしまったよ。なんだか、このまま暮らしていたら、どこか別の世界に帰還しちゃうのかな?」

 百々
「いいんじゃない? お兄ちゃんぐらいの才能があったらどこでもそれなりにやっていけると思うから」

 千歳
「才能かー。いくら勉強ができて優秀でも、周りの力がゼロじゃあどうしようもないかなあ。お金はようやく手に入るみたいだけど、その他の人間関係とか、そういうのが全然ないんだったら、こじんまりやっていくしかないよ。まあ、だからこそ今の学校ではみんなと仲良くしてを蓄えたいけどね」

 百々
「お兄ちゃんって、将来何なりたいの?」

 千歳
「さあ、わかんない。とりあえずお金を稼げて、不自由なく暮らせればそれでいいかな。今の生活は何もかも足りないし、夢とかそういうことを言ってる場合じゃないって思う」

 百々
「大丈夫、お兄ちゃんならできるよ。私も応援してるから」

 千歳
「ありがとう」


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