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 次の日の学校にて、千歳はお昼ご飯を食べていた。

 四季が払った罰金で、カレーライスを一人分頼んで四季と一緒に食べていた。

 千歳は四季がなぜ罰金を払うのか理解できないでいたが、千歳は四季から受け取ったお金で小さな学食でカレーを注文して四季と同じ席につく。

 四季
「昨日のニュース観た? 親ガチャ法案」

 千歳
「四季さんも見てたんだ。どう、感想は?」

 四季
「まずは自分の感想言ったら?」

 千歳
「そうだね、それが筋だね。俺としては新しい親が手に入るから利用しやすい人を利用しようって、それだけだよ。とはいえ、俺みたいに自立できる人になっちゃうと、いまさら親をあてがえと言われても、結構一人で暮らしてるのと大差ない感じになっちゃうかな?」

 四季
「面白いね、それ。今回の法案改正で千歳は特に影響を受けないんだ。私のモスクでは文化が破壊されるから徹底的に反対する方針なんだけどね。でも私は親ガチャは外した感じだし、親を選べるようになるのは素敵かな?」

 千歳
「親かー。俺にはどんなものなのか想像もつかないからなー」

 四季
「親なんてろくでもないって。確かに必死にいい親になろうって気持ちはあるのかもしれないけど、いい親を実行できる人は一握りだから。私は親ガチャ法案に賛成かな? カレーちょうだい」

 千歳は四季にカレーを食べさせるのだった。

 一人分のご飯を二人で食べるなんて効率の悪い行為だが、最近の千歳は必ずこうして四季と昼食の席を囲んでいる。

 千歳
「最近のニュースって過激だよね。なんというか、報道してる人たちのほうが武力行使するよりも暴力を行使してる感じがする」

 四季
「それはいつの時代もそうじゃない? 人を何かに統一しようとするとき、平和的な話し合いよりも暴力とお金が最強だし。いつの時代の支配者もそうやって国を統治してきたわ」

 千歳
「うわー、不良がよく考えてそうなことをすらすらというなあ」

 四季
「千歳は、不良じゃないの?」

 千歳
「不良どころの騒ぎじゃないかな? 多分だけど、今クラスで一番問題視されてるのは俺だと思うよ? 四季さんはむしろお利口なほうなんじゃない?」

 四季
「あははっ、なにそれ、千歳は普段から優等生ぶってるのに。本当だったら千歳みたいなクラスメイトは嫌いよ、私は」

 千歳
「知ってるくせに」

 四季は自分の表情をマスクで素早く隠した。

 四季
「知らないんだってば。本当だって」

 千歳
「俺を省いてSNSで話してるんでしょ? 俺のこととかそこで話してるんじゃない?」

 四季
「そんなことしてないってば」

 千歳
「まあ、これ以上は言わないけど」

 四季はマスクをしたまま話を続けるのだった。

 四季
「どうでもいいじゃない、そんなこと」

 千歳
「別に。うちのクラスも6人しかいないわけだし、そのうち男は俺一人。別に女性陣だけで語り合う時間も必要じゃない? 俺をハブってるのは否定しないよ」

 四季
「だからそんなのないってば」

 千歳
「ないならそんなに強く否定しないって」

 四季
「別にいいでしょ、なんだって」

 千歳
「うん、だからいいんだよ、なんだって。女の子同士のコミュニケーションに土足で上がるわけないじゃない」

 四季
「そういうことにしといてあげる」

 千歳
「ありがとう」

 千歳はお礼を言うのだった。

 が、四季はお礼を言った千歳から顔をそむけた。

 マスクはつけたままだ。

 千歳はそれほど読心術に長けているわけではないが、四季がなぜ顔をそむけたのか理解できた気がした。

 自分が千歳に嘘をついているはずが、最終的にはお礼を言われる立場にされて、やりきれなくなったのだろう。

 四季は千歳に意地悪がしたかったわけではないだろうが、梓が明かした千歳には内緒のグループトークについて言及したが、四季はそれを隠そうとした。

 でも、そのグループトークがなければ四季が千歳を廃校舎へ歌声でおびき寄せることもできなかっただろう。

 四季はこれ以上何も話さなかった。

 これ以上話しても意味がないだろうな、と千歳は思ったので、無理に四季から話を聞き出すことはせず、お昼ご飯の時間を終えた。


 その日の帰り道、千歳は四季みたいに考える人もいるんだなと思った。

 千歳は内心親ガチャ法案に消極的賛成なのだが、四季は別の理由で賛成していた。

 千歳はいまさらどうなったところで大差ないから消極的に賛成。

 しかしながら四季は現状を受け入れられないから積極的に賛成。

 同じ賛成でもここまで温度差があるのか。

 千歳は、年齢的に投票に参加することができないが、どう考えるのかは千歳の自由だ。

 ふと道路に目をやると、選挙カーが走っていた。

 家庭制度の改革を狙っている政治家の車だった。

 これから演説でも始めるのかな、と千歳は思ったが、話を聞く前に仕事をするのが今は先決。

 早いところ家に帰るのだった。

 最近、政治の動きが活発だ。

 ニュースを見ても誰が事件を起こしたとか強盗が入りましたなどの悪いニュースが常に流されている。

 とはいえ、そういうものを見ても、千歳は自分がそれに関われないことを理解している。

 現実がどうなっているのかニュースで常に流されているが、関われないしどうしようもないものを垂れ流されたところで気分が悪くなるだけだ。

 しかしながらそう言ったニュースはどこからでも流れてくる。

 千歳はやりきれない思いで自宅に戻って仕事を始めるのだった。


 その日の仕事は変わらず仮想空間での警備だった。

 代り映えのない誰でもできるパトロールの仕事。

 機能で言えばAIに任せて取り締まりをしたほうが簡単なのだが、人間に精神がある以上、同じ人間同士で見張ったほうが効果があると常に言われている。

 今日の同行者は榛だった。

 千歳は榛と一緒に公園のパトロールをするのだった。

 すると、公園で千歳の目には意味不明に見える3Dアートを垂れ流すアカウントが現れた。

 あれは、注意しなくていいのだろうか?

 千歳には理解不能だが、あのアートを見ている人間はそれなりにいるらしく、判断が難しかった。

 千歳
「あれ、なんだろう?」

 
「わかりません、独特すぎて。千歳君はどう思いますか?」

 千歳
「ここは公園だしなー、仮想空間の利用規約的に問題ないけど、あの手のアートってどういう扱いなんだろう?」

 
「ここはあくまでも仮想現実ですからね。何をするのも自由です。人に危害を加えなければ」

 千歳
「でも、俺にはあのアートが失敗作にしか見えないなあ」

 
「ふーん、千歳君の目にはそう見えるんですか」

 千歳は何にしたってアートと言ってしまえば説明はつくから、アートなんて言い訳じゃないか、と言おうとしたが、榛の気持ちを大切にできないな、と思ってやめた。

 千歳
「榛さんは、あれ見て面白いって感じる?」

 
「うーん、少し面白そうかも」

 公園で展開されている3Dアートは変形するので確かにマニアが見たら面白いんだろうな、と思うのかもしれないが、千歳は何のマニアでもない。

 千歳
「あれ、何の役に立つんだろう?」

 
「千歳君は役に立つか立たないかで考えてるの?」

 千歳
「まあ、そういうところはあるよ」

 
「うーん、そういうのってどうなのかな? 人ってどうしても心があるから、役に立たないものでも見ていて楽しいならそれでいいと思うんだけど」

 と、言われて千歳は最近の出来事について、世の中がどういう精神的な動きをしているのかが分かった気がした。

 千歳
「確かに、そうだね。俺も、現実逃避する癖とかつけたほうがいいかもしれないなあ。それこそ何の役にも立たないガラクタを集めたり。俺は現実主義者じゃなくて現実依存症になってる感じではある」

 
「えっと、よくわからないけど、千歳君は千歳君なりに頑張ってるってことだよね?」

 千歳
「そうだね、頑張ってるよ。ごめん、榛さんには少し難しい話をしちゃったね」

 
「よければ聞かせてもらえないかな、千歳君が何を考えたのか」

 榛は千歳の話に興味を示した。

 榛は知的に劣っているのは客観的事実らしいが、それで知的好奇心がなくなるわけではないのが何となくわかった。

 だから千歳は自分が現実の何に悩んでいるのか説明するのだった。

 千歳
「俺、現実を見つめているのが偉いことだとついさっきまで思ってたけど、現実って基本的に苦しいことのほうが圧倒的に多いからさ、適度に休憩しないと飲まれてしまうと思ってね。だから、今までは役に立たないものは排除するようにしてきたんだけど、榛さんは役に立たないものでも面白いって言ってたから。だから、これからは現実とうまく付き合って生活していこうって思ったんだよね」

 
「それって、私のおかげかな?」

 千歳
「そうだよ」

 
「やった」

 榛は無邪気に喜んだ。

 そういえば、榛は親をあてがう法律についてはどう思うのだろうか?

 と、千歳はそう思った。

 だから榛にも尋ねてみることにした。

 千歳
「最近のニュース観た?」

 
「ニュース? うーん、観てないかな。そんなもの見てどうするの? 千歳君はニュースの映してる世界に関われるわけでもないし、変えることはできないじゃない。どうしてそんなものに興味を持つの?」

 千歳
「確かに、その通りだね」

 ここで千歳は榛にこの話を振っても無意味だな、と思った。

 榛は千歳のやり方とは別の方法で世界に対してアプローチをしている。

 確かに、いくらニュースを見て世界の姿を把握したところで、それに対して千歳ができることはほとんどない。

 だからニュースを見る行為は、現実依存症の人のやる行為だな、と千歳は思った。

 が、無意味とも思わなかった。

 結局そこが千歳と榛の差なのだな。

 12月の寒空の下、とは言っても仮想空間の空なので人工的に作られた空だが、そこには空以外のものは表示されない。

 仮想空間らしくビルのテクスチャーには映像が使われ広告が流されることもあるのだが、空は空のままだ。

 
「どうしたんですが、空をじっと眺めて」

 千歳
「いや、空を眺めていただけだけど」

 
「そうですね、そのくらいがいいかもしれません。この仮想空間は情報量が多いですからね。仕事のことは忘れて空を眺めている時間が少しくらいあってもいいと思います」

 千歳
「いや、そうじゃないんだ。どうして仮想空間に空があるのか、それが気になってね」

 
「空はあるのは普通じゃない?」

 千歳
「でも、意味がない。雨が降るわけでもないし、雪が降るわけでもないし、雲が流れるわけでもない。ただ青い空が表示されているだけ。それにどんな意味があるのかよくわからなくてね」

 
「意味かー。千歳君は何にでも意味があると思ってるの?」

 千歳
「思ってるかな。この世界に必要とされてないものは存在しないって思ってるし。そうじゃないとやってられない毎日を送っているからね。自分の人生にも意味があると思ってないと、やってられないよ」

 
「意味かー。千歳君は自分の人生を意味のあるものにしたいの?」

 千歳
「仮に無意味だとしたら、毎日してる辛い思いが無駄に思えてくるからね。意外とそれは耐えられないかな?」

 
「私は千歳君のお世話になってるから千歳君の人生が無意味だとは思わないけど」

 千歳
「でもまあ、どうなんだろう、空に浮かんでる雲みたいに無意味で軽い存在だったら、と思うときもあるかな?」

 
「へー、複雑な心境だね。それってどんな気持ちなんだろう?」

 千歳
「説明することは難しいかな?」

 
「うん、だったら言葉にしなくていいと思うな。私は千歳君が今の気持ちを言葉にできるまで、待ってるね」

 千歳
「ありがとう」

 そう言って千歳は先ほどのアートに目をやるのだった。

 あのアートを展開している人は、自分の内面を外に表現しているのだな。

 だからあんな立派な作品を作ることができる。

 アーティストは人の内面を外部へ出力できる人のことを言うとどこかで読んだことがある。

 自分自身の内面を言い表せたのなら、千歳はどんな言葉を使って自分自身の内面を表現するのだろうか?

 今の千歳には雲をつかむような話だった。


 今日一日、少し濃い話をして千歳は精神的疲労を覚えた。

 本来頭を使うとはこういう作業のことを言うのだな、と千歳は思った。

 千歳は空を見上げた。

 が、仮想空間の空は何も答えてはくれなかった。


 仕事が終わり、ゴーグルを外してベランダに出て千歳は暗闇になった空を見上げて、同じことを思ってみたが、やはり空は何も千歳に教えてはくれなかった。

 千歳は、自分が今何をしたらいいのか、わからないでいた。


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