横浜山手駅 Little Village Cafe
横浜喫茶あなたこなた
【Little Village Cafe】(横浜・山手駅)
某日。
久々にJR桜木町の駅のホームへと降り立った私は磯子方面の電車が来るのを待つ。
言うまでもない。
横浜の郊外にひっそりとあるカフェを訪ねるためである。
この駅に乗る時にこちら側にいると、みなとみらいの景色が一望できるのが嬉しいポイントである。
いつもは市営地下鉄の桜木町を利用しているので、
(あのトンネルの上には、こんな晴れやかな都市が広がっているのよなぁ…)
と再認識させられる瞬間である。
やがて電車が来たので、冷え冷えとした車両に乗り込む。
関内駅から石川町に差し掛かる辺りも、ハマスタや中華街の門が車窓によぎるので“あぁ、ここは横浜なのだな”と俯瞰で見て改めて実感する。
山手駅へ到着する。
降り立ってみると、ポロシャツ姿の学生さんたちがアイスを片手に帰り路を歩いてちょっと歩けば古本屋や“一品料理”と店前のメニューに書かれた昔懐かしい洋食屋さんが軒を連ねる商店街があったり……と、ノスタルジーを刺激する風景がそこにある。
この辺を歩くと、コーヒーのいい香りがよく漂っている。
ひとえに最近この通りにはカフェが何件か出来たというのもあるが…硝子張りの店内から覗くロースターやサイフォンが湯気を立てて燻されたコーヒー豆の香りをどっしりと広げこの通りを包んでいる。
目的地のカフェまでは、この通りをまっすぐ歩いていけばいい。
実を言うと前にも店の前まで来た事はあったのだが…人気店というのもあり15時半にはもう受付を終了していた。
薄水色の木製のドアと、“COFFEE SHOP”と金の文字で書かれた窓の青い額縁の上はコンクリートになっていて葉っぱのない蔓の茎が覆っている。
扉を開けるとコロコロン、と心地いい鈴の音が鳴り響く。
すぐに出てきた黒いカフェエプロンとベストの店員さんに、
「一名様ですね。外のベンチでお待ちください」
と、窓の下にある木製のベンチに腰掛ける。
(意外と、懐かしさもあるカフェだな……)
というのが、第一印象である。
山手駅周辺の雰囲気はどちらかというと(個人的には)鎌倉や江の島を想起させるのだ。
どこにでもあるようで、今や横浜では希少価値のような温かみのある風景と言えばいいだろうか……。
“写ルンです“で撮れば最高にエモくなるであろう街並みである。
その風景の中に、スッとこのカフェは溶け込んでいた。
私がベンチに座って待っていると表面がシースルーになっているトートバッグに一面“推し“の缶バッチをつけて店をあとにする女性二人組を見つけるや否や、
(あ! アクスタ持ってくるの忘れた……)
と、この店にお洒落なフォトスペースがあるのを思い出した。
ここは密かに“推し活カフェ”としても有名らしく、休日ともなれば開店と同時に並んでも入るのにちょっと時間がかかる…というのもあるらしくお店側は滞在時間50分をお願いしている。
それはさておき。
私の順番が来て、入るや否やこの空間に魅了された。
もし50分という制限がなければ、ずっと居座っていたかもしれない。
お店の壁やフォトスペースはドライフラワーやリース、照明も木製のランプシェードに燭台含め淡い色で統一されている。
時計は六角形で下に振り子時計がある、これも木製のヴィンテージなものだ。
お店の壁際の席にも花瓶には綺麗に褪せたグリーンと白いカボチャと松ぼっくりの置物、キャンドルホルダーもやはり木製の優しい色合いのものだ。
まず、注文と会計を済ませて椅子に座る。
こういうのはシャビー、と呼ぶのだろうか。
机や椅子は年季を刻んでいて“新品です”…という感じではない。だがそれがこのお店の雰囲気に深みを与えていた。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきたのだが、店員さんが一言、
「お客さま料理のお写真、撮りますか?」
と、フォトスペースの方を指した。
せっかくなので“お願いします”と告げる。
この日、私が頼んだのはコウモリがアイスクリームの上に乗った如何にもハロウィンなクリームソーダとベリーのペーストとオレオの飾りをかぶったチーズケーキとプリンのセット。
一品ずつ頼んでいくのだが、ハロウィンの秋らしいスイーツプレートとなった。
他にもマスカットやさつまいもなど秋らしいケーキやクリームソーダもあった。
外が暑く、喉が炭酸を欲していたのでまず、クリームソーダから頂いた。
色合いが二層になっていて、下の方には濃い色のゼリーが眠っている。
アイスも美味しいバニラアイスでソーダの部分も自家製シロップを入れているのか、
(私は今、クリームソーダを飲んでいる…)
と実感する味だった。
サイダーの器の下に潜んでいたジュレは、おそらくグレープ味だろう。
硝子のおはじきのような色合いがコップの中に広がっていた。
続いて、プリンの盛られた銀の器を手前にスプーンを手に取る。
スッとプリンに匙を入れると、昔ながらの硬めのプリンらしく手ごたえがあった。
クレームブリュレなどのトロリとしたものも好きだが…子供のころから慣れ親しんだ味だからだろうか、硬いプリンの方が私は好みである。
上の部分の焦げ目はキャラメリゼされていた。
チーズケーキに手を付けようとしたその時、午後2時を告げる時計の鐘の音が店に響いた。
スマホで何も思わず時計を見るときとは違う…“あ、時間がここまで過ぎたのだな”という当たり前の事を、久しぶりにハッキリ感じたのだ。
チーズケーキの上にかぶさったベリーのペーストに、オレオが飾られていた。
ショートケーキなどを食べる際、てっぺんの苺を先に食べるか最後にとっておくかでは私は前者である。
どちらかというと私の味覚はスポンジケーキや生クリームに比重を置いているので先に苺を片付ける…という感覚なのだ。そこに関してはあまり執着がない。
今回も一応、オレオクッキーを先に食したがこの場合は、
『サクサクしているうちに食べておきたい』
というのが近い。
ベリーのモンブラン部分も、本来の味が強めで甘さは控えめである。
31のアイスクリームでもストロベリーショートケーキは好きだが、チーズとベリーの組み合わせは外れがない。
カフェを出ると帰り道の風景をよく見て帰る事にした。
“フードセンター”と書かれた看板のお総菜屋さん、軒先に飾られた白いプランターの大きな観葉植物を見た後JRに乗ると、この場所だけ数駅先の未来都市に続く線路を辿るとさながらタイムマシンに乗った感覚に陥る。
過ぎ去った懐かしさにばかり耽ってもいられないし、昔と違うからこそ良くなった事の方が多い。
だが、(その時代を知らない私だが)“写ルンです“に刻みたくなる郷愁や商店街の刻んだ時代もあって今の多彩な風景の横浜があるのだと思った。
横浜という地は、一駅先にも知らない世界がある。
執筆 むぎすけ様
投稿 春原スカーレット柊顯
©DIGITAL butter/EUREKA project
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?