短編小説『イーゼルを開いて』第10話
「俺、ストリーマーになります!」
隼人が思案顔をしていたかと思えば、義文のデスクにやって来て開口一言にそのようなことを言った。
「は?」
不意打ちに仏頂面の義文が表情を崩した。
「好きなことで生きていくんです」
「待て、それは危険なフレーズだぞ」
鼻息荒い隼人を宥めようとする義文。
「この令和の時代にサラリーマンなんて古い職業なんですよ! 俺は会社の犬にはならないっ」
「あっちの業界は完全なレッドオーシャンだから止めるんだ。水谷!」
自らの力量を知らぬ駄馬は、縄を引き千切って荒野に繰り出そうとしている。それを首に腕を回して阻止をする義文。
「木島さん、放してください! こんな会社少しでも早く辞めてやるぅ!」
暴れる隼人の手にはくしゃくしゃの封筒が握られていた。
騒ぎを聞きつけ、付近の社員たちが怪訝そうな顔付きで寄ってくる。
「お前の気持ちは分かる。だが、逃げてどうするんだ」
「うう……」
先ほどの勢いは何処へやら、戦意消失してしょぼくれる隼人を義文は解放する。
「逃げて逃げて、逃げ回って……そこで出来たのが社会に適応できない俺という人間さ」
義文が自傷気味に嗤う。
「お前はこうなるな。戦え。立ち向かえ。現実から目を逸らすな」
「ですが、とても一人では……」
隼人が消え入るような声で言う。
「いつ一人でやれと言った? なあ?」
義文に数多くの社員たちが頷く。
この後、士気溢れる元被害者の会により、件の者は程なくして地方支社への異動が決定するのだった。