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神楽シーズンの到来


 冬の足音がはっきりと聞こえ始めるこの頃から、年明けて春の兆しが感じられる頃まで、宮崎では神楽が各所で舞われる。
 神楽といえば県北の高千穂が有名だ。様々な神秘的観光名所と合わせて、神楽は高千穂の街の魅力的なコンテンツにもなっている。一方で神楽が宮崎県内の他の地でも舞われていることを知らない人もけっこう多い。
 今でも夜通し三十三番を舞うところもあるが、昼や夜に舞う、一部を舞うところも多い。山間部は基本夜神楽が多いようだが、海側になると昼神楽というのが大枠のように思う。夜神楽は基本冬のこの季節。昼神楽を行う海側は春の季節にやっているようだ。

 自分の住む地域のすぐ近くでも神楽が舞われる。土地においてその神庭の状態も違ったりするが、見比べてみると、どことなく共通する点がある。舞の足運び、手さばきなど、それらにああ、どこかでつながっているんだな、と思わせる。また、別の近くの神楽だと、すこし様相が違うな、と思ったりもする。系統だって調べたりしたわけではないが、その舞いの在り方に、「この神楽はあの神楽と親戚筋なんだろな」と思うものがあるのだ。

 私が毎年のように通っている神楽は、県内での区分ではいわゆる米良山系のもので、その系統を僕はいくつかしか見ていない。だが、米良山系と高千穂のそれとは趣を異にしているのは確かだ。

 だからいつか、僕は県内の各地の神楽を見てまわりたいと思う。それぞれに趣を異にするので、それらを見てみたいと思う。だが、それらすべてを見るには、日程が重なっていたりして相当の年数がかかるらしい。そうしているうちになくなっていくものも出てくるだろう。実際に人が住まなくなった地域のそれらは、実質消えてしまっているわけで、そういえば昨年、無くなった地域の神楽を、他の神社の方々がイベントで再現したこともあった。見れてないが、自分の実家付近の廃村のことだったので、とても興味があった。
 数年に一回、そうやって人のいなくなった地域の神社の神楽を納める活動もなすっている。

 それらの神楽を見てみると、当時の人々の交流に関心を持つ。
 米良山系の神楽で観に行くのは、尾八重神楽と中之又神楽という二つだが、この2つは今別の市と町に区分されている。確かにそれらの特徴は違うが、ところどころに共通する振りが見られる。中之又は500年続くものだと言われているが、500年前にはこの2箇所は交流があった、ということになる。
 行政的市町村の境界を超えて、大昔から人々が山を経て繋がっていたことが思われる。その繋がりなんぞ知ったことかというように、現在行政の線が引かれ、まるで全く別の場所のような気にもなっていたところが、実はそうではないんだと思わせる。だって、今だと、尾八重から中之又の村に行くには一度山を降りて再び登らないと行けないのに、昔の人はその2点を山越えルートで行き来していた証が、この舞の中に見つけられるのだ。
 もちろん山経由の道はある。が今は不通となっているはずだ。そしてそうでなくとも、その道を使うのはその地に暮らす人たちだけで、おそらく今は200に満たないはずである。だが、昔はもっと多くの人がいて、盛んに行き来があったのだろうと思うと、かつての日本の暮らし方の多様性を、今のそれよりむしろ感じてしまうのだ。

 今日は尾八重神楽が催されているはずだ。というのも明日の用事があって今回は控えた。寒くもなく、夜通し見るには最高の日なのだが。中之又は2週間後。こちらには行くつもりである。実に12年連続の参拝である。

 冬の山村に行くと、自分は何かリセットさせられる気持ちになる。日々のせこせこ、ぎすぎすした気持ちが洗われる。毎回撮影に来られるプロカメラマンさんのようにすぐに他の方と仲良くなるとか、そんなスキルはないが、ぽつんとそこにいて、それが許されるような安心と緊張がある。だからこの季節になると、太鼓と笛の音がなんとなく聞こえてくる気がする。寒空のなか、皆が寝静まったころに、こうして眠い目を擦りながら、時には居眠りしつつ、揺れる炎の向こうの神事を見つめる。それは、見せ物ではなく、その地のためのハレの時間だ。そこに私たちよそものがお邪魔しているのだ。だから皆、自分が暮らす土地ではなく、大小さまざまな資本のどこかに所属し、よって人々の暮らしが似たり寄ったりしているなか、…いや、それは土地に縛られた生き方も同じことなのかもしれないが…でもやっぱりなんか違う気がする…日本がそうやって、一点に集まって暮らすしか、インフラが機能しない今だから、そうではないものを感じさせる神楽は(逆にこれらのまつりごとが、実に多くの地縁血縁のある、村外の人たちによってなされているということも合わせて)寧ろかつての日本の豊穣さを思い出させてくれる気がするのだ。


ここまでは之又神楽



ここから尾八重神楽 

 文台引き下ろせば即反故也 的なのもいい。
 きっと恐ろしく時間をかけて作られた神庭も、三十三番が終われば、皆で片付けをする。そこにはさっきまで神様がおわした場所であり、人々が舞った場所であった余韻が残っている。しかしもうそこは何もない、ケの空間である。夜もとっくに明けて、ぼんやりしていればすぐに昼だ。果たして昨晩の舞はまぼろしだったのか、夢現のような気分になる。写真を撮っていただけなのに体が疲労を溜め、しかし妙に眠くはない。だから祭りのあとを見ると妙な気分になる。
 それも含めて神楽を見たと言えるような気がする。

 これから週末はどこかの場所で太鼓と笛が鳴り響いているのだろう。なかなか行けるものでもないが、少なくともこの米良山系の神楽だけは、すべていつか見ておきたい。

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