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自我を滅却せよ

 朝の習慣も15日目を数えるようになってくると、5時〜6時に自然に目が覚めてくるようになり、布団の中でまどろむこともなくカーテンを開けてサッと起きるまでが自動的に動けるようになってくる。動けるというよりも、意思や意図、理性による推論や判断以前に勝手に動いてしまう、というほうが正確だろう。

 こうした習慣は、習慣が確立されることによって何かがうまく行ったり達成できたりするから良いのではなく、習慣的な行動そのものが脳にとっては報酬になるということがわかっている。ある状況に直面した際に、ある特定の行動を取ることで、報酬が得られる。報酬というのはこの場合脳の中にある側座核の活動活発化ということで、平たく言えば脳がエサを与えられて喜んでいるということだ。

 ツイッターやインスタグラムのフィードをスクロールし続けたり、チャットツールに延々投稿したり、それに対して返信やリアクションがあって反応したりするときにも、すべて脳の報酬系が活発化する。ツイッターのタイムラインを更新して、新しいツイートがあると表示される、というだけのプロセスでも、脳の側座核が刺激されて、脳は快適さを感じる。ビッグテックと呼ばれる会社群はすべてこうした脳の仕組みに基づいてユーザーインターフェースをデザインして、人々がテクノロジーに中毒するように仕掛けてきている。さらに感情的な反応、とくに怒りを引き起こすことができれば、より人間の脳の原始的な部分、大脳辺縁系を刺激することができるので、さらに高い中毒性を生み出せる。ネットにエロとグロ、あるいは政治や経済に関する話でも、扇情的で義憤を煽るようなコンテンツばかりあふれるようになるのは脳の仕組みがそのようになっているからだ。

 快楽物質として放出されるのはドーパミンだが、これは実際に報酬が得られなくても、「報酬が得られそうだ」という期待感だけでも分泌されることがわかっている。実際には新着の情報が来ていなくてもメールやSNSを更新してしまうのは、「新しいツイート(エサ)があるかもしれない」というだけで脳にとっては心地よいからだ。ドーパミンを一日に分泌できる量には上限があり、本来人間が取るべき行動に対して用いられないで無駄に浪費されると徒労感だけが残る。休日に延々SNSを見てゴロゴロしているだけで疲れるのはこれが原因だ。身体や脳を休めるためにはスマホやPCを見ず、刺激のない状態で休息しなければ却って疲労が溜まることになる。

 老子に曰く、「五色は人の目を楽しめ、五味は人の舌を楽します」というのがある。派手な色や、過剰な味付けは人間の感覚を惑わすという意味だ。楽しますならいいじゃないか、と思うかもしれないが、やがてそれに中毒して、本来の自然な感覚の楽しみが失われるようになってしまうからやめろ、というのが老子の教訓である。古典や哲学の教えるかび臭い教訓めいた話が、科学的な実証によっても意義があるということがわかっている。大企業はみなこういう認知科学と中毒のメカニズムを知った上で商品開発やマーケティングを行っている。

 この人間の認知機構を変えることはできないが、自分が目標とするものを達成するために必要な行動や思考に対して中毒するように調整することならできる。スマホやSNSを触るときに「これによってドーパミンが分泌されていて、とくに何も意味がないのに触ってアプリを開いてしまう。こんなことはバカバカしい」と意識しながら見ている人はほとんどいない。それなのに、朝起きたりジムに行ったりするときには、意識しながらやらない理由を無限に持ち出すことができる。バカみたいにスマホを見続けるのと同じ報酬系で朝起きたり身体を動かしたり、創造的な活動を行ったりすればいいのだ。無意識にスマホやSNSを触るのと同じくらい習慣的に、別の行動に自我を持ち込まずに取り組めば何でも達成できることだろう。

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