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はじめて植物の名前を覚えたいと思った時に手に取るべき図鑑は?(樹木編)

「植物の名前ってどうやったら覚えられるの?」

そう尋ねられることが時々ある。植物調査などの仕事をしているプロにくらべると私も決して詳しいわけではないのだが、それでも身近な植物についてはだいたい名前がわかる(と思っている)。

植物に限らず、生き物の名前を知りたいと思った時にまず考えるのは「図鑑を買うこと」ではないかと思う。しかし注意しなくてはいけないのは、ビギナーの場合「どの図鑑がよいか?」の判断がむずかしいことだ。これは図鑑に限らず、料理ビギナーであればどのレシピ本がよいかを判断するのがむずかしいし、不案内なジャンルについて往々にして言えることだ。

私自身も最初は、ただ安くてたくさん載っているビギナー向けっぽい図鑑を買って、結局それでは調べられず…という失敗をたくさんした。植物図鑑に限らず、これまで100冊以上の図鑑を買ったと思うが、その経験などを踏まえてビギナーにおすすめの樹木図鑑について書こうと思う(草はまた別の機会に)。

その1 図鑑の構成について

図鑑には構成がある。よくあるのは科などの分類でわけたもの。しかし、このタイプはおすすめしない。というのは、まずビギナーは植物を見ても、それがどの科に属するのかがわからないから。わからないとどうするのか。図鑑を頭から順番に見ていって調べていくことになる。これは非常に労力のいる作業だ(この作業によって、見る目が培われるという話もあるので時間と熱意のある人はこの方法でもいいかもしれない)。

そこで必要になるのが検索表。たとえば「葉っぱの縁にギザギザがあるかどうか」などを軸に、対象の植物を絞り込むことができる。下記の本はビギナー向けのロングセラーで、検索表もシンプルでわかりやすい。私もこの本から樹木を勉強しはじめた。

一見、検索機能があるがごとく、ツメ柱(ページの端っこのスペース)に検索キー(常緑樹・落葉樹、葉のつき方など)を入れて、本文は科や環境で分類しているものもある。しかし、はっきり言ってこれは使えない。ツメでわかるといっても、常緑樹・落葉樹などのカテゴリーがまとまっているわけではないので、図鑑のどのあたりに対象の樹木が載っているかの見当がつかない=ツメの機能を果たせないのである。

検索できるように巻頭ページに小さな写真を並べて本文は分類別や環境別のタイプもあるが、これもあまりおすすめしない。小さな写真で種類を見極めるのはビギナーには困難だし、結局、何度も本文と巻頭の検索ページを行ったり来たりすることになってしまう。

巻頭の検索ページは「(調べている植物が載っているのは)この辺りかな?」という見当をつける役割で、そのあとの判断は数ページの連続した本文に委ねる作りがいちばん使いやすいのではないかと思う。数ページを繰るだけなら、たいした労力にはならないだろう。

ということで、本来の分類によらず「常緑樹で単葉、葉は互い違いに生えて、葉のふちにギザギザはない樹木は◯ページ〜◯ページ」などと対象樹種の候補が載っているページの範囲を明確に指し示してくれる図鑑がビギナーにとっては使いやすいのではないかと思う。

その2 葉っぱで調べられる図鑑

目の前の樹木を調べるためのキーはいろいろある。市街地なのか山なのか、東京なのか北海道なのか、花が咲いていれば何色なのか…などなど。しかし環境は市街地にも山の植物が植えられていることがあるし、複数の環境にまたがって生えたり、環境の移行帯があったりして割とはっきりと言えないことも多い(詳しくなっていくと非常に大きな助けにはなる)。

花や実はわかりやすいポイントだが、咲いている時期が限られる。そこでおすすめしたいのが先ほど紹介したような葉っぱで検索でき、葉っぱの特徴で分類された図鑑である。葉っぱは常緑樹であれば一年中あるし、落葉樹であれば葉がついている春・夏・秋はもちろん、葉が落ちている冬でも地面の落ち葉が手がかりになる。

こちらの本はさきほどと同様、葉っぱで検索できるのだが、見開きに8種類前後の似た葉っぱ(必ずしも同じ科でない)を並べているのが特徴で、巻頭には「こういう形状をした葉っぱはこのページ」などと指し示す検索表がついている。そして、本文は葉っぱの形状によって分類した作りになっている。たとえば、モミジのような切れ込みが入る葉はp100〜p113にまとまっているので絞り込みやすい(その中でさらに分類されていて絞り込めるようにもなっている)。

ビギナーの場合、玄人がみると違いがはっきりしている植物も同じように見えてしまうことがままある。そのため「この種類とこの種類はどこが違うの?」という疑問をしばしばもつことになる。そこで似た形の葉っぱをひとつの見開きに並べて「ここが違いますよ」と指し示してくれるのが本書である。ただしB5版の本なので、持ち運びには少々不向きである。

その3 ページの構成

種を解説するページにはどんなものが載っているのがよいか。昔の図鑑は樹木の姿を写した生態写真が1点だけみたいなものがあったりするが、これは使いづらい。どんな形状をした葉か、花や実、樹皮などの様子がわかりやすい写真が載っているものがよく、加えて樹木の姿があればベターといったところだろうか。

葉っぱでいうと、葉をスキャンするかまたは白背景で撮影したものが載っているものがわかりやすい。葉の表だけでなく裏にも種を見分ける特徴があることがしばしばなので、裏側も載っているとなおよいだろう。樹皮はあると便利だが、樹齢によってけっこう変化してくる。

図鑑はえてしてむずかしい専門用語が並びがちだが、ビギナー向けの図鑑では、解説文は短くシンプルで写真とキャプションで解説するくらいのものがよいと思う。解説文を読んでみて、むずかしくわかりづらいと感じたら、それはいま読むべき図鑑ではないかもしれない。

当然ながら、すべての情報を入れようとすると紙面が足らなくなるか、ページ数が嵩んでしまう(=値段が高くなる、重くなる)ので、どの情報をチョイスするかには各図鑑の個性が出ている。

こちらの図鑑は木の識別情報以外にも、その木がどんな生き物とつながっているか、実はどんな味がするかなどの楽しいコラムもついている。名前を知ることはあくまで入り口であり、こういった事柄への興味をもつと、より自然との付き合いが楽しくなるだろう。

最後に

植物(木)の名前がわかるようになりたいビギナー向けにオススメの図鑑を紹介してきたが、実をいうと図鑑だけでわかるようになるのはむずかしいかもしれない。

自分自身の経験でいうと図鑑で調べて「この種類かな」と思うものの、最初の頃はなかなか確信が持てなかった。「この木に似ているけど、もしかしたらこれと似た別の木があるかもしれない」と思ったり「似ているけど、ちょっと違う感じもする」と思ったり。図鑑はなるべく典型的な姿のものを載せているのだが、実際には人の顔が多様であるのと同様に個体の変異があって、実際に見る姿と図鑑に載っている画像は多少異なるのである。

そこで私自身の場合はどうしたかというと、とにかく観察会に出かけて名前を教えてもらいつつ、次に見た時には自分で判断できるように図鑑でも確認して…というのを繰り返した。観察会では時間やほかの参加者もいる関係で、どう識別するかまでは詳しく教えてもらえなかったりする。ただ種類の確証がもてるというのが大事で、それを繰り返すことで徐々に自分でも確信がもてるようになっていったように思う。その意味でいうと、植物園もけっこう利用した(植物園によっては札があるのにその植物がない、ということもあるので注意)。

観察会は「地域名 植物観察会」「地域名 自然観察会」などで検索すると、割と出てくると思う。里山公園的なところだと、イベントとして自然観察会を実施していたりする。

こうしたことを繰り返していくと、植物を見るときのポイントが徐々にわかって、目が養われていく。はじめて見る植物でも「特徴」を認識できるようになる。最初の頃はそもそも植物をじっくりと見てきていないので、どこが特徴かがわかりづらいものである。「特徴」は数多くの種類を見ることで、認識できるようになるものだと思う。

こうして植物の名前がわかるようになっていくと、視界に映る景色は一変するだろう。

名前を知ることは、単にそこに〇〇という生物がいることを認識するだけではなく、多少大げさに聞こえるかもしれないが、世界がどのように成り立っているかを認識することのはじまりでもある。生物がどのような歴史を背負って、どういう関係性をもって暮らしているのか、それを知ることは、この世界がどういう仕組みでできあがっているかを知ることにつながっていく。その全貌はとうていつかめないのだが、だからこそ奥深くおもしろい世界なのである。

Top Photo by Kumiko SHIMIZU on Unsplash

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