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次世代DB開発のEukaryaがオープンソース化に踏み切ったワケ CTO 井上洋希|Eukarya観察日記

次世代DB開発のEukaryaがオープンソース化に踏み切ったワケ

次世代データベースの研究開発を行うスタートアップ・Eukarya(ユーカリヤ)の連続インタビューシリーズ。1本目では、CEOの田村賢哉さんに創業の経緯や事業内容、目指す未来を聞きました。

2本目となる本稿では、同社が手がける二つのプロダクトに焦点を当て、同じく創業メンバーのCTO・井上洋希さんに『APLLO DB』『Re:Earth』がもたらす価値を伺います。ソースコードを公開していたり、シリア人難民をエンジニアとして雇っていたりと、開発体制も特徴的な同社。その意図や組織文化についても併せて語ってもらいました。


集めた情報を「自分で公開できる」ことの衝撃

——今回はプロダクトそのものに焦点を当てて、『APLLO DB』『Re:Earth』という二つのプロダクトがもたらす価値について伺いたいと思っています。

「APLLOとは何か」「APLLOがもたらす価値とは何か」を端的に説明するのは、実はなかなか難しいことです。というのも、APLLOは研究開発の領域なので、ある目的に向かって一直線に進んできたわけではない。探索的に、試行錯誤を重ねて今日に至っています。

ただ、元を辿ればこの二つのプロダクトは「専門知識を持たない人でもデジタルアーカイブを作れるようなシステムはどういったものなのか」を論じた僕の修士論文に端を発しています。ですから「二つのプロダクトがもたらす価値は何か」という問いに対する答えの一つは、そのような話になるだろうと思います。

——詳しくお願いします。

僕はもともとCEOの田村と同じく、首都大学東京時代の渡邊英徳研究室に所属し、被爆者証言のデジタルアーカイブを作る「ヒロシマ・アーカイブ」のプロジェクトに参加していました。

「ヒロシマ・アーカイブ」は一般的なデジタルアーカイブと違い、デジタル地球儀の上に被爆者証言などのさまざまな情報を多層的にマッピングすることで、見る人に多面的・総合的な理解を促すところにその特徴があります。

マッピングする情報を集めてくれていたのは、地元高校生や全国のボランティアの人たち。多くの人が参加し、一つのコミュニティとも呼べるものを形成していました。ですが、集まってきた情報を最終的にアップロードするところは渡邊先生が手作業で行っていた。そのため、いくら文章を書いたり動画を撮影したりしても、先生がいないとアップロードできないというボトルネックが発生していました。

このボトルネックをどうにか解消できないかと考えた僕は、実験的に簡単なシステムを作ることにしました。Web上でポチポチやっているだけで、緯度経度や表示させたい文章、アイコン画像などを設定できるというものなんですが、二つの「アーカイブを作る」ワークショップで一般の人に使ってもらったところ、これがものすごく盛り上がったんです。

アメリカで開催したワークショップには「アーキビスト」と呼ばれるアーカイブを作る専門家も多く参加していました。ここで好感触を得た僕らは「最後に公開するところまで自分たちでできるというのは相当なインパクトなのかも。これはビジネスになるのでは」と考えるようになりました。

——集めた情報を「自分で公開できる」ことに価値があったと。

そこで当初予定していた修士論文のテーマを変更し、冒頭でも触れたように、専門知識を持たない人でもデジタルアーカイブを作れるようなシステムはどういったものなのかを論じることにしました。

論文では東日本大震災などの公的な資料に近い性質のアーカイブを参照し、「こうしたアーカイブには作ったきりデータが更新されず、どんどん古くなってしまう課題がある」と問題提起した上で、「進化し続けるためにはこういうシステム構造がいいのでは」という一応のソリューションを提示しました。

ただ、修士論文で速度やパフォーマンスにまで配慮した、最も理想的な解決策まで示すのはさすがに難しい。なので、それを実用に耐え得るしっかりした形でやろうというのが、APLLO DBプロジェクトということになります。

ちなみに『APLLO DB』『Re:Earth』という二つのプロダクトは裏表の関係にあります。僕が試験的に作ったシステムのうち、「データを誰でも簡単に登録できる」という部分を担うのが『APLLO DB』、登録したデータを「自分の思うような形で表示できる」という部分が発展してできたのが『Re:Earth』という言い方ができるかと思います。


プラグイン機能でノーコード性が飛躍的に向上

——『Re:Earth』は2021年7月、国交省のスマートシティ政策の基盤技術に採用されています。「誰でもデジタルアーカイブを作れる」ことが、新たな展開にどうつながっていったのでしょうか。

僕らは当初、『Re:Earth』を「誰でもデジタルアーカイブが作れるサービス」として打ち出していました。けれどもそれだけでは市場規模が小さすぎるということで、しばらくして、アーカイブに留まらない活用の仕方を模索し始めました。

その中で浮上したのが、空間に関するあらゆるデータを組み合わせ、そこから新しい知見を生み出したり、計算したりという用途。いわゆるGIS(地理情報システム)と呼ばれる分野でした。

既存のGISアプリケーションはデスクトップにインストールして使うものがほとんどでしたから、Webアプリケーションである『Re:Earth』は、その中でユニークなポジションを取れるかもしれない。そんなことを考えていたまさにそのタイミングで、国交省の内山さん(内山裕弥氏。元国土交通省都市局都市政策課 課長補佐)の目に留まったんです。

内山さんは、日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU」を推進する立場にあります。

データ活用の重要性はいまや広く認知され、データの整備も進んできていますが、それを表示するためのシステム・アプリケーションに決定版と言えるようなものはまだ登場していません。そのため、各自治体がそれぞれの予算で似たようなシステムを作る「サイロ化」の問題が発生していました。この問題を解決する統一システムとして国交省が推進しているのが「PLATEAU VIEW」です。

ただ、既存の「PLATEAU VIEW」は、データを加えたり、それぞれの用途に合わせてUIをカスタマイズしたりする難易度が高く、その度にエンジニアやデザイナーの力を借りる必要があるという問題点がありました。そこで白羽の矢が立ったのが『Re:Earth』です。『Re:Earth』であれば、ユーザー自身がノーコードでデータをアップロードすることができます。

——「誰でも使える」ことがこういう形で活きてくるわけですね。

決め手になったのは、先立つ2021年の春ごろに「プラグイン機能」を実装していたことでした。

先ほども触れたように、アーカイブやプロジェクトごとに最適なUIは違います。その一個一個を僕らが開発するのでは、とてもではないですが、効率が悪すぎる。この問題を解決するために頑張って開発したのがプラグイン機能です。

この機能を使えば、HTMLやJavaScriptさえわかる人なら、自由にUIを追加できます。例えばこの「歩行者モード」という機能も僕らではなく、第三者がプラグイン機能を使って開発したUIです。

加えて『Re:Earth』はレイアウトもかなり自由に変えられるので、プラグイン機能と掛け合わせることにより、さまざまなアプリケーションをノーコードで作ることが可能になりました。その結果、国交省のプロジェクトで採用されることが決まり、そこから急激に引き合いが増えて、ビジネスとしても状況が好転していきました。

——井上さんたちが開発しなくても『Re:Earth』で実現できることが増えていくという意味では、エンジニア不足の問題の一つの解決策にもなり得ますね。

おっしゃる通りです。実際に最近は、外部の会社に委託してプラグインをたくさん作ってもらう、といったことも始めています。

先日は、誰かが作ったプラグインをユーザーがインストールして自由に活用できる「マーケットプレイス」もリリースしました。こうした施策の積み重ねにより、みんなで『Re:Earth』を育てるというエコシステムのようなものに発展していければと考えています。

ちなみにこのプラグイン機能の開発にあたっては、技術的にもビジネスモデル的にも、オンラインデザインツールの『Figma』をかなり参考にさせてもらいました。それまでデスクトップで行うものだったデザインをブラウザ上でできるようにした『Figma』は画期的なプロダクト。僕らがやっているのは、同様のことをGISの世界で行うようなもの、とも言えますね。


僕らが作っているのは公共財、インフラだ

——ソースコードを公開していたり、シリア人難民をエンジニアとして採用していたりと、Eukaryaは開発体制も特徴的です。

開発体制と呼べるような体制が整ってきたのは、実は最近のことでして。Eukaryaはもともと3人で創業した会社ですが、そこから2年ほどはほぼ僕一人、たまにヘルプがもう一人いるだけという状態で細々と開発していました。

その後、エンジニアとデザイナーを一人ずつ加え、画面デザインの変更や細かい機能の開発をお願いするようになりましたが、その間も僕は一人でプラグイン機能の開発を進めていました。

当時はまだビジネスとしても小規模だったので、なんとか成り立っていたのですが。昨年7月、国交省と共同でプレスリリースを打ったのを境に問い合わせが殺到するようになり、仕事が急激に増えたことで採用を本格化。今ではエンジニア20人、3チーム体制で開発を行うに至っています。

エンジニア採用は最初はリファラルで行っていました。けれども当然ですが、それでは限界がある。さて、どうやって増やそうかと考えていたところで、シリアとの縁ができまして。

——唐突ですが、どういったご縁だったのでしょう。

田村の知り合いに、シリアを始めとする中東地域の難民に仕事を提供することをやっている人がいたんです。聞くと、シリアの難民の中には、エンジニアスキルを持つ人もいるといいます。そこで、田村がレバノンに出張した際にトルコに立ち寄り、シリア出身の難民の方と直接話をさせてもらいました。そこから間もなくして採用した彼が、弊社の社員エンジニア第一号です。

ソースコードを公開することにしたもともとのきっかけも、彼の存在が関係しています。

——どういうことですか。

シリアとオンラインでつなぎ、しばらくは問題なく仕事ができていたのですが、アメリカの経済制裁により、GitHubが輸出規制の対象になって。ある日突然、プライベートリポジトリが閲覧できなくなったんです。

抜け道がないわけではないんですが、何か悪いことをしたわけでもない彼らが、国の都合でこうした仕打ちを受けるのは、そもそもおかしいじゃないですか。それで「だったらいっそ『Re:Earth』をオープンソース化すればいいんじゃないか」という話になって。パブリックリポジトリであれば、輸出規制の対象には入らないですから。

そこから、コア部分をオープンソースにしている会社のビジネスモデルを調査し、これはいけそうだということで、約1年半前にオープンソース化しました。

オープンソースにすることのメリットは、当たり前ですが、まずはシリアにいる彼らと一緒に仕事ができることがあります。その後も向こうで採用を続け、5人のシリア人エンジニアとの仕事を経験しました。

——シリアの方と一緒に仕事をすることで、何か発見がありましたか。

まずは率直に「難民と呼ばれる環境にいながら、こんなに技術力が高いのか」と驚かされました。弊社はかなりモダンな技術を採用しているのですが、彼らはそうした先端技術も問題なく扱えますし、性格もいたって真面目。時差もそれほどないですし、要件の細かいニュアンスを英語で伝える難しさはありますが、それ以外にハードルは感じないです。

現在はほかに中国、カナダ、インドなど、さまざまな国の人々が開発に参加しています。今後もさまざまな文化圏の人を採用していきたいと考えています。

多様な人がいると、それだけで自然と、お互いを尊重しようという空気が生まれるのを実感しています。例えば弊社の共通語は英語ですが、英語が第一言語なのはカナダ出身の一人だけ。だからお互いに足りないところがあるのは当たり前で、「そこは補い合おう」となるから、非常に仕事がしやすいんです。

——オープンソースにしたことにより、そういう恩恵も享受できていると。一方で、多くの企業がオープンソース化しないのにも理由があるはずですが、デメリットについてはどう考えていますか。

オープンソースにすることで、当然ながらサービスを盗用されるリスクは高まります。そこは特許を取得するなどの対策を考えてはいます。

ただ、あえてオープンソースにしたのは、そうしたリスクを恐れるよりも、作りたい世界に忠実であることを優先したということです。知財の本質は先行者利益の保護。ですが、その先行者利益を手放しても構わないと思っているんです。

なぜなら「僕らが作っているのは公共財、インフラである」という意識があるからです。インフラがしっかりと整備されることで、そこからさまざまな新しいサービスが生まれていく。僕らが目指すのはそういう世界です。

「この土地は僕らのものだ」と主張してばかりいては、そこにある水資源は限られた人にしか使えないことになってしまう。そうではなく、公共財としての水資源はみんなで平等で使いましょう、ということ。そのための水道管を整備する感覚で、僕らは『Re:Earth』を作っているんです。

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