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そして、今日も埼京線に乗る

密閉型のイヤホンを公共の場では使わない。
年を取るにつれて、締め付けがないものが好みになったのもそうだが、他に理由がある。

危機管理だ。

電線に鳥がとまっていたら、そこを避ける。
街中では、看板が落ちてこないか注意する。
電車内では、辺りを見渡す。
一時停止は、歩いている時でも守る。

心配性なのかもしれない。
そういう習慣にしておく。

危険人物はどこにいるか分からない。電車内や歩道で耳が塞がれていると、気がつけず、逃げるのに遅れてしまう。それって、リスクが高いのではないだろうか。

汗臭いおじさん

人は見た目が9割。

とは言いたくないが、偏見が無意識下に働いてしまう。ぽっちゃり体型、無精髭、汗の酸っぱい臭い、加えてタバコの臭いがする人が途中で乗ってきた。

眉間に皺を寄せなながらチラ見すると、スマホをおへその位置で見ており、首がこれでもかと曲がっている。

苦手と判断し、ドアの隅に移動し距離をとった。その時、電車が揺れおじさんが、ぶつかってきた。

「あっ、すみません。」

おじさんは、申し訳なさそうにそう言った。
すると、私の中で「汗とタバコ臭いおじさん」から「汗とタバコ臭い、けど、礼儀正しいおじさん」に印象が変わった。

不思議なことに、タバコの臭いの嫌悪感が薄まったように感じた。

認識の違いだけで、
臭いの感じ方も変わるんだ。

ちょっと危険そう

目つきが鋭く、柄シャツをタックインして、縁無しのメガネ、マスクを顎に引っかけている。第一印象で危なそうだ……態度も大きめで、吊り革に全体重を預けるような体勢だった。

が、よく見ると、薬指に指輪が光っていた。それに気がつくと同時に、結婚している人間なんだと思い、すっかり安心してしまった。

まあ、結婚していたとしても
ヤバい人間はいなくもないけれど。

女の戦い

渋谷で乗ってきたギャル。朝帰りなのか、座ってすぐに、こっくりと頭を揺らしている。新宿からギャルの隣に若い男女が座る。女性が角の席、男性がギャルの隣。

加速と減速を繰り返す電車。そのエネルギーを携えたギャルの頭が男性の肩にこつんとぶつかる……男性は気にするそぶりもなく、寝ようとしていたところ、スマホをいじっていた女性がそれに気がつく。

なんだか、面白そうな予感がする。
ちょうど反対側に座っていた私は、
そっとメモを取り出す。

彼に、もたれかかっていたからだろう。彼女は
彼の肩とギャルの頭の間に、さっと左手を滑り込ませ、クッションの役割をさせていた。まるで、割り込まないでくれと、制するかのような、勢いのある体勢だ。

しかし、寝落してしまっているのか、
こっくり、こっくりと揺れつづけている。

たまらず彼女は席を立ち上がり、ギャルの隣に座る。やはり嫉妬か……と席替えがをしたにも関わらず、目を覚ます気配がない。

年齢は同じくらいだろうか、属性が違う2人の女性のバトルから目を離せない。

女性のスマホを持つ左手には指輪。あっ、結婚してるのか。そう思うと、何度も肩で頭を押しのけてまで、反発するものなのだろうか。と、疑問に思ってしまった。

そこから20分。ギャルのこっくりと、
彼女の押し返しの攻防は止まないが、
起きる気配すらみせない。

彼の方はというと、無関心を決め込んで寝てしまっている。どうしてだろう?明らかに彼女が困っているのに

……確かに、車内は空調が効いており、かなり湿度が高くじめっとしていて、ちょうど眠くなる温度ではあったけど、その温度差なんなん?

彼女は立ちかけたり、座り直したりするが、ギャルは気絶してるのか、すみませんなどの反応もなく、目を覚まさない。

彼女のスマホを触る手つきと、押し返す動作、でイラついているのが分かる。彼女は、座席に浅く座り直した。たまらず、ギャルは支えるものがなくなり、彼女の背中側に斜めに倒れ込むが、起きない……。

その時、私と彼女は目が合い、
たまらず笑ってしまった……
彼女の方も苦笑い。

なんなん、この空間。

お察ししますと言わんばかりの顔で、
返しつつ、メモを走らせた。

私は目的地に着いてしまった。まだ、目を覚まさないギャルに後ろ髪をひかれつつ電車を降りた。

*

隣に座った方がめちゃくちゃ眠そうで、寄りかかってきた時、相手を押し返す・声をかける・肩をトントンと叩く・そのままにしておくなど、いろんな選択がある中で、反発バトル選んだようだ。

見知らぬ他者に優しくできるのは、心の余裕かそれとも、信頼関係か。私は束の間の休息を与えてあげられるだけの、心の余裕が欲しいなと思ったのだった。

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