理論派に読んでほしい「パターンマッチング」の考え方

 いきなりですが、貴方は自分の考え方を「論理的に考える」理論派だと思いますか?それとも感覚派だと思いますか?

 カテゴリで二分することに意味があるかはさておき、これからする話は「論理的に考える」理論派タイプの人に読んでもらいたい、「パターンマッチング」の考え方についてのお話です。

 なお、私はごりごりの理論派で、理論派に向けてのお話ですので、そうでない方には分かりづらい内容になる可能性があります。(一般的にわかりやすいとされるような書き方にしようとはしてません。という言い訳。)

理論派って何なの

 本題に入る前に、理論派の定義をしておきます。私が考える理論派とは、論理的にものごとを考える人のことです。論理的に考えるとは、ツリー型で考えるといっても差し支えないです。例えばAならばBである、BならばCかDである……といったように、事象を連なった関係にして答えを導いていくような形です。他の情報から関係を見出し、新しい答えを繋げることもできます。

 所謂理系の方は、様々なところでこの方式の考え方を叩き込まれるので、それに慣らされている可能性は高いと思いますが、全員が普段からそうであるとも言い切れないですし、文系の方に関してもまた然りです。その為、理系や文系という括りではなく、あくまでそういった考え方に馴染みが深い、そういった考え方をよくする、といった人をここでは理論派とします。また、先天的かどうかは全く考慮しません(論理的思考は後天的に習得できます)。

理論派ってどうなの

 今回のお話は、理論派の方に「パターンマッチング」という考え方を知って欲しいというのが主旨なのですが、じゃあ「パターンマッチング」は理論派と逆、つまり感覚派の考え方はこうだ!と言いたいかというとそうではありません。理論派とか感覚派とか関係なく、こういう考え方をする人がいますよということを言いたいのです。

 さて、サブタイトルの「どうなの」の話をします。どう、とは抽象的な言葉ですが、まず第一に人数が少ないです。先程理系では論理的な思考を教えられると書きましたが、日本の大学での文系と理系の人数比率は7:3だそうです。進学していない方を考慮するともう少し開きがあるかもしれません。(単純化する為にあえて文理のデータを使っていますが、文理云々は主題ではありません。文系にも理論的な思考をする方もいると思います。)

 自分がマイノリティだと自覚するのは大切なことです。人数が少ないということは、生きづらいということにも繋がります。理論派の皆さんは「なぜこの人はもっとわかりやすく話さないのか?」と憤ったり、「懇切丁寧に説明しているのになぜかわかってもらえない」「話が難しい、わかりづらいと言われた」という経験が少なからずあるのではないでしょうか。もちろん話し方の上手い下手やテクニックも関係していますが、逆に「わかりやすい」と言われたこともあるし、自分と同じような説明は自分にはよく理解できる(※)という人も多いのではないでしょうか。そういう人たちが根本的に知らないことのひとつに、「パターンマッチング」の考え方があるというお話です。
(※これ、実は当たり前のようで当たり前ではないんですよ!)

「パターンマッチング」の考え方って?

 もったいぶっていますが、名前の通りの考え方です。例えば先程の例について、理論派が「AだからB、BということはCかD」と考えるところを、パターンマッチングで考える方は「AだからCかD」になるのです。Bという間を経由することなく、Aという事象に対してはCかDの結論があるということを覚えており、マッチングさせて結論を見出しているのです。AがB、BがCかDという仕組みとは関係なく、要は暗記の連続によって結論を導いているのです。

 ここで勘違いしてはいけないのですが、この考え方は決して論理的思考と比較して優劣がある訳ではないということです。この考え方でずっとやってきている人の中には、マッチングの精度が非常に高く速い人もいます。その人のマッチングデータはかなり細かく大量に格納されており、僅かな差から正確な結論を導き出すことができます。

 これは余談ですが、とあるアクションゲームの開発で、人体の動きを解析し、計算式を作り、この動きの時はこの式でデータを絞り込み、次の入力がこの場合に次の動きは……と非常に作り込んでいたチームがありました。ただ、どうしても計算に時間がかかってしまうことがネックでした。そこで、一旦今までの計算式や理論を取っ払って、全ての動きを強引にマッチングにかけ、この動きの後にくる動作はこれかこれ、のようにデータ照合のみで絞り込んでいく形に変えたところ、より滑らかな自然な動きを少ない計算量で実現することができたそうです。

 上記は極端な例ですが、パターンマッチングは精度が上がると、論理的思考ではたどり着くことが難しい結論にすら瞬時に到達する可能性があります。ただ問題があるとすると、その過程を言語化することが難しく、本人以外の再現性が低いという点があります(後追いでなら論理的に説明できる方も割といますが)。また、未経験のことを成功させるのが苦手という人も多いです(類似データとのマッチングではどうしても精度が落ちる為です。が、その精度がめちゃくちゃ高い人もいるので、絶対ではありません)。

 理論派の人もこの考え方を使っている分野としてスポーツがあります。スポーツをする時、相手がこの角度この体勢でやってきた時、足の角度を45度にすれば0.3秒後に80%の力が働いて……と考えてい動いている人は少ないですよね。状況に応じて、間を考えることなく、瞬時に適している(と判断した内容に沿うように)身体を動かしていますよね。思考と運動では積み上げ方が違うので異なる部分はありますが、感覚は似ているかと思います。

だから何?

 暗記型の考え方をする人がいたら何なのか、と思われるかもしれませんが、この差異は多くのギャップを生みます。とりわけ「パターンマッチング」において、間の情報はノイズになり得ることを理解していなければ、少なくともこちらから歩み寄ることはできないでしょう。なぜノイズになるのかというと、間の情報はマッチングさせることにおいては必要のない情報になり得るからです。要は邪魔なのです。

 もう少し詳しく説明すると、理論派の方が懇切丁寧に、できるだけわかりやすく事象を分解し、「AがBであることはわかりますよね。BはCかDなのもわかりますね。つまり、AはCかDなんです」と説明をしたところで、理解は得られにくいということなのです。パターンマッチングで考える人にとっては「AはCかD」だけわかっていればよいので、他の付随する情報は全て「邪魔な情報」であり、貴方は「よくわからない説明をする人」と思われてしまうのです。仕組みを知らないよりは知っていた方が良いでしょ?と思うかもしれませんが、それは貴方が理論派だからです。マッチング思考の方にとっては、知らない方が良いということがあるのです。余計なことは考えない方がいいし、その方がそれだけに集中できるからです。

 では、一つの結論だけ与えれば良いかというとそうではありません。彼・彼女らは同様の事例や類似の事例を必要とすることが多いです。機械学習等を行っている方はわかりやすいかもしれませんが、多量のデータからマッチングルールを探し出している為、多くの「事例」を求める傾向にあります。

 よく、商品の説明においては男性にはスペックを、女性には使用感をアピールすると良い、と言われますが、これも大体この考え方で説明できます。(話を単純化する為にあえて男女で分けますが、性差に関しては本題ではありません。単に男性は理系比率が高く、比較的論理的思考を使う頻度が高いせいかと思います。) 男性はスペックから自分の使用感を導くことができるが、他人の使用感を聞いても自分もそうだと結論づけられないので、スペックを知りたがります。一方で女性は、スペックからは使用感が導けないので、他人の使用感を多く知りたがります。他人の使用感から自分の使用感を想像できるので、スペックは必要ないということです。

影響範囲は広い

 なるほどそういう考え方があるのね、ということはわかってもらえたと思って続きを書きますが、この考え方の差による影響範囲は殊の外大きく、行動にも大きな差が出てきます

 理論派はその思考の性質上、仕組みを知りたがり、仕組みさえ理解すれば後は芋づる式にどんどんと理解を深めていける為、情報収集や事前学習(あるいは振り返り)を重んじる傾向があると思います。ではパターンマッチングで理解する方はどうかというと、経験が最も重要と思っている人が多いようです。この差異は本当に大きくて、理論派がちょっとやり方を考えさせてくれ、と言っている間にも、マッチング派はいいからもう一回やってみようよ、と思っているのです。

 学習方法自体にも違いがあり、座学をやってから実践する授業形式と、初めから実践しながら覚えるチュートリアル形式かのどちらを好むか(というより理解の速度)は変わるでしょう。また、理論派は仕組みが頭に入りやすい形を好むので、動きや仕組みがひと目でわかる図や、仕組みを丁寧に解説されているものを好みます。文字の説明でも理解さえできればすらすら読んでいけるのも特徴です。逆にマッチング派は事前学習においても、実践している動画を何度も見ることを好みます。擬似的に経験を積めるからです。もちろん、全員がそうではないですが、そういう傾向はあると思います。(昨今の動画学習の広まりはこういう部分が少なからずあると考えています。私は動画の学習はそれほど好きではない典型的なタイプです……)

 私の話で恐縮ですが、私は以前務めていた会社の上司と反りが合わないと感じていました。その上司は「とにかくもっと色々やってみなさい。君は経験する数が少なすぎる。もっと失敗や成功を経験して学習しなさい。」とよく言っていました。私は「どうやったら成功するか、失敗しない為にはどうしたら良かったのかをしっかり考えたい。考えれば出せる答えをあえて失敗して経験する意味はないし効率が悪い」と思っていました。なので上司には「私はこう考えてこうすれば成功すると考えています。実践では、もしこうならこうして…」といくら事前に考えたことを丁寧に説明していましたが、「経験した方が早いし、やってもいないことを聞いても意味がない」としか返ってきませんでした。当時の私は、こんなにひとつひとつ丁寧に説明してるのに何故わかってもらえないんだろう?やる前に考えることがどうして意味ないの?と思っていましたが、これこそ考え方の違いによる典型的な差異だったのでは、と思っています。そこを理解しないままいくら"自分が思う"丁寧なアプローチをしても、相手から理解を得るのは難しいです。

 もし貴方が部下や後輩を持つ身であるなら、どういう学習方法が適しているのか考えてあげることは、もしかすると教える内容よりも大事かもしれません。自覚がない場合もあるので、見出してあげることも必要になってくるかもしれません。

判別は難しい

 ただ実際問題として、相手が論理的に考えているかどうかはかなり判別しづらいと思います。なぜならパターンマッチングでも同じ結論を出せる場合も多いからです。突飛な結びつけをするようならすぐにわかりますが、マッチングが細かい人の思考はツリー型とかなり近いので見分けがつきにくいです。もちろんそういう人は理論派の説明もかなり理解してくれると思いますが、そんなに説明しなくてもいいのになあと思われている可能性はあります。また、本人は論理的に考えているつもりでも、ごりごりの理論派から見たら全然そんなことない、みたいなこともあるので厄介です。

 ある程度他の情報を排除する為にあえて理論派とマッチング派で二分されるような書き方をしましたが、実際にはハイブリットタイプもいるし、本当に何も考えていないような感覚派まっしぐらな方もいます。

 なので、正確に判別してこのタイプにはこうしましょう!というような画一的な方法が取れないことも覚えておいた方がよいかと思います。「もしかして違うやり方の方がこの人は理解しやすいのかも?」と考えてあげることがお互いの利益に繋がると思います。

 説明やプレゼンの上手な人は、その辺りを上手く汲み取り、相手が理解しやすい話し方を選んでいくことができています。仕組みの話はappendixに回して説明するかどうかは当日決めるとか、複数事例を書いておいて相手の反応を見てどこまで話すか決めるとか……。難易度は高いですが、暖簾に腕押しだなと感じたら、試してみても良いかもしれません。

伝えたかったこと

 大きくは2つです。

・貴方がわかりやすい説明は、別の人には不要な情報だらけかもしれない

・考え方が違う場合、異なるアプローチが必要かもしれない

 人は自分が理解しやすい説明を行いがちです。説明が伝わらない時に必要なのは、丁寧な細分化や分析ではなく、結論までのわかりやすさや事例の紹介などかもしれないということが伝えたかったことです。

 理論派の皆さんは一度理解すれば大いに応用させることができると思いますので、この文章が少しは何かの役に立てば幸いです。


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