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掌編小説(雑誌掲載作品)『夜光泉』

「この島、夜光虫やこうちゅうがいるんですって。見に行きませんか」
 そう言い出したのは、北海道から来たという女子大生のアミだった。断ろうとしたが、その前にあきらが「いいね」と返事をしてしまった。
 宿の中庭で、たまたま同宿した客たちで始めた宴会は、夜半を過ぎ酒も尽きて、解散の頃合いだった。わたしは早く部屋に戻って二人きりになりたいのに、彰はいつもこうだ。若い女に色目を使われると、恋人のことなど忘れてしまう。むっとして黙っていると、
「俺も行くわ」
 先ほどまでいびきをかいていた小太りの男が、ベンチからのっそりと起き上がった。
「なんだよ林くん、邪魔をする気か」
 ふざける彰に頭にきて、わたしだって行くよと言うと、
「みんなで行きましょう、ね」
 と、アミが彰に笑いかけた。気分が悪い。

 ぞろぞろと、海岸に向かう道に出る。リゾート開発の手を逃れた小さな離島の夜は、闇が深く足下もおぼつかない。
「今さらやけど、夜光虫って何やねん」
 大阪から来た林が言った。左から汗臭い匂いがすると思ったが、やはりこの男だった。
「プランクトンだよ。海や砂浜で光るんだ」
 右のほうから、彰が答える。
「さすが、物知りですねえ」
 アミの声は、すぐ右隣から聞こえた。中に女たちを挟んで守っているつもりだろうが、ならば彰と林の位置が逆ではないか。彰もひどいが、アミも林も気がきかない。
「それって、人の死体から出る光とちゃうのん」
「やめてよ、林さん」
 アミが甘えた声を出す。
「だってこの島、自殺の名所があるやんか。この間もOLが、その崖から」
「いやいや、やめてえ」
 まったく、わざとらしい。
「それは人魂ひとだまのリンのことだろう。発光プランクトンとは違うよ」
「やっぱり、物知りですねえ」
 アミが彰に、同じ言葉を繰り返す。

 湿った潮風が強くなり、海岸沿いの堤防に出た。それを越えて浜に下りる。しかしそこは、打ち寄せる波音が響き渡るだけの、さらに濃い闇の世界だった。
「あれえ、何も光ってないじゃーん」
 アミがねるように言う。波打ち際まで来たのか、足下の砂が重くなった。そのとき、
「ちょっと見てて」
 彰が言うとすぐ、エメラルドグリーンの光の塊が、二列になって点々と間隔を空けながら、一直線に伸びていった。彼が砂の上を駆けて行った足跡だ。光は点いた順に、じわじわと消えていく。
「すごい!」
 アミが歓声を上げ、彰が光の足跡を作りながら戻ってきた。
「発光プランクトンは、刺激で光るんだ」
「さすが、物知り。わたしもやるぅ!」
 アミが声を弾ませて言ったかと思うと、
「よし、行こう」
 彰が答え、四列の光の足跡が伸びていった。不意をつかれ、わたしは走りだせなかった。光の点の連なりは、手を繋いでいるかのようにくっついて行き、そして戻ってきた。
「わあ楽しい。もう一回行くぅ」
「俺はもうだめ。酔いが回ってきた」
「よっしゃ、俺がいくでえ」
 きゃあ、とアミの嬌声が聞こえて、再び四列の光が走っていった。
 隣で息を荒げている彰に、さすがに文句を言ってやろうと口を開きかけると、
「おーい」
「こっちおいでよー」
 闇の向こうから、二人が呼ぶ。
「おう」
 彰が答えたので、今度こそは一緒にと手を差し出すが、彼は一人、点々と足跡を光らせて先に行ってしまった。ひどいと心でなじりながら、あとを追う。彼が残していく光に追いすがるように追う。そして、あとわずかで追いつくというところで、重い砂に足を取られ、倒れこんでしまった。
「タケシさん、うしろのそれ、何?」
 アミ声が、頭上から聞こえた。

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