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11. プレゼントの達人

 アニは贈り物が好きだ。
 留置所から釈放されてすぐに、隣町のショッピングモールで購入した菓子折りを持参し、本人は全く交流のない近所の知人宅を訪問したことには驚いたが、付き合っていくうちに、それがアニのコミュニケーション手段なのだと分かった。

 私の7歳と4歳の姪には、テレビで人気のキャラクターが描かれたサコッシュやスリッパを持参し、それもそれぞれが好きな色をベースにしたデザインを選んでいるため、アニのプレゼントにはいつも大歓声があがる。
 スリッパが大人用であることは、アニらしい間違いなのだが、姉妹は踵が大きく余ったスリッパを満足そうに履き、使い終わるとお出かけバックに大切にしまっていた。
 1歳を迎えた甥の誕生日プレゼントをお願いしたところ、雑誌型の乗り物図鑑を買ってきた。甥が乗り物に興味を持ち始めていたことを伝えていなかったにも関わらず、絶妙なプレゼント選びは我々を驚かせた。以来、弟宅を訪ねると乗り物図鑑のページを小さな指で真剣にめくっている甥の姿を目にする。

 それとは対照的に、私はアニからのプレゼントに困惑することが多い。女性との関わりが極端に少ないアニは、成人女性と少女趣味を混同する致命的な間違いを元に、ピンクを中心としたパステルカラーのキャラクターグッズや菓子の数々を、不惑をとうに越えている義妹に持ってくる。

 ある年の梅雨、我が家を訪れたアニが、ややかしこまった様子でいくつかの袋を差し出してきた。聞くと、1ヶ月ほど先に控える私の誕生日の前祝い的な品物だという。リュックサックに押し込んだ際についたと思われる皺だらけの袋を開けてみると、姪たちにプレゼントしたものと同じキャラクターのDVDと4体のソフビ人形、義実家のある町で人気の焼肉店の焼肉のタレ3種。そして、妖精や動物のキャラクターがあしらわれたピンク色の祝儀袋が入っていた。

 脳障害のため、お金の管理ができないアニには、日用品や電車賃などの1ヶ月分の生活費を1週間ごとに小分けにして渡している。細心の注意を払って預けたつもりだった数万円の医療費が、数週間後には跡形もなく使い切られていた苦い経験を踏まえてのことからである。僅かばかりの生活費は、どんなにやりくりをしてもたいした余剰にはならない。

 渡された祝儀袋には、表に金の箔押しで「おたんじょう日おめでとう」の文字が認められた。アニの意図が分からないまま、恐る恐る開封すると、筆圧の強い角張った特徴的な筆跡で、前述したタレを売る焼肉店の名前と、そこでの食事代は自分の預金口座から使って欲しい、という旨が書かれた空の内袋が出てきた。
 そして、祝儀袋を前に驚愕するこちらの様子には一切構わず、アニは矢継ぎ早に誕生日には炊飯器を贈ると告げてきた。他者への関心がほとんどないアニにしては珍しく、我が家に炊飯器が無いことには気がついたのだが、炊飯は土鍋によるものでその方法を自ら選択をしていることは説明しても理解できない様子であった。念のため、テレビも電気ポットも同様の理由で置いていないことを伝えた。

筆蝕の中には、これから生まれる詩や小説の語彙、文体、筋書が未然形で孕まれている。

石川九楊『悪筆論』

 いつもの週末と変わらず、我が家で夕食をとったアニが帰ったあと、しばし呆然とした。幼い頃、両親の誕生日に手製の「肩たたき券」や「お手伝い券」を贈った記憶が蘇った。折り紙やリボンを駆使してこしらえた、子どもの手による微笑ましいものとはひと味違う、この祝儀袋形の食事券は無垢なアイディアと諧謔が高次で融合した、アニそのものを凝縮したもののように思われた。
 視聴できないDVDと存在を知らないアニメのソフビ人形、行使することはなかった「お食事券」は今も台所の本棚に並べて飾っている。

 一抹の不安を抱えながら迎えたその年の誕生日、兄弟の連名で贈られた『牧野信一全集』は、夫による選択だったことは言うまでもない。 


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