伊藤充臣
マレーシアの州・都市物語36
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マレーシアの州・都市物語36

伊藤充臣

ミリ(サラワク州)
 ブルネイとの国境近くにある石油の町。州都クチンから北東に約800キロのところにあり、州内第2の都市。町から南に80キロ以上行ったところには東南アジア最古の頭蓋骨が見つかったニア洞窟がある。古代から中世までの時期についてはよくわかっていないが、小さな漁村だったようだ。このあたりでは古来から石油を手で掘っていた人がいたようで、11世紀には樟脳や石油が輸入されるとの記載が中国の古書にある。
 この町が正式にできたのは1910年。オランダの石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルが試掘し、その後に油田を発見したことから町となって発展した。それまでサラワク北部の中心地はブルネイ国境のマルディだったが、1929年にミリに中心地が移った。
 第2次世界大戦直後には日本軍の占領前に英国側が石油施設の大半を破壊。大戦時に町は連合軍にたびたび空爆された。
 戦後は再び石油の町として復活。1974年に国営石油ペトロナスが設立されたことに伴い、シェルと共同探査をするようになった。1989年と2011年には新たに内陸部で油田が発見されている。
 ミリはユネスコ世界遺産の一つであるグヌン・ムル国立公園の入口になっているほか、4つの国立公園の通過地点でもあり、エコツーリズムが盛ん。

基礎情報
面積:997.43平方キロメートル
人口:30万543人
民族別人口
イバン族:             8万8385人
華人:                     8万945人
マレー人:             5万4688人
ビダユ族:                   3865人
ムラナウ族:               9277人
その他少数民族:  3万2553人
インド人:                   1217人
その他:                       1687人
外国人:                 2万7926人
(2010年国勢調査)


ビントゥル(サラワク州)
    
ビントゥルはミリとシブの間にある町で、州都クチンから610キロのところにある。16世紀のポルトガルの地図に川が記載されている。Bintuluの名称はイバン語の「Mentu Ulau」(首狩り)がなまってできた名称。イバン族は狩った首を町を走るクメナ川に投げ込んでいたことが由来。このあたりは小さな集落だったが、19世紀のブルック時代の1861年頃に木造の砦を作ったのが町としての始まり。1867年には21人の選出された評議会が作られ、マレーシアで最古の議会が作られた。 
    1930年代に空港が英国側により作られたが、日本軍の占領時は英国側が空港を空爆した。戦時中はボルネオ守備軍司令官だった前田利為がクチンからラブアン島に向かう途中のビントゥル沖で飛行機が墜落し、死亡した。 
    戦後は木材や漁業、農業が主な産業として復興され、人口も5000人ほど。1969年にミリとの間で初めて舗装道路が敷設された。それまでは空路か海路からでしか町には入れなかった。70年代までミリとのバスの運賃として野菜や鶏などで支払う人もいた。この頃までは糧を得るため狩猟も行われていた。道路敷設後は周辺にパーム油農園の建設も始まった。 
    1969年にはビントゥル沖で天然ガスの油田が発見された。以後、液化天然ガス(LNG)処理施設が建設されていった。マレーシア国内のLNG生産量の45%がビントゥルで採れ、うち62%が日本に輸出されている。現在は石油ガス分野で町の経済は潤う。


基礎情報
面積:1万2515平方キロメートル
人口:18万9146人
民族別人口
イバン族:           7万5141人
華人:                   3万2078人
マレー人:             2万380人
ムラナウ族:       1万7528人
ビダユ族:                 2292人
その他少数民族:1万1785人
インド人:                   444人
その他:                       744人
外国人:               2万8754人
(2010年国勢調査)


シブ(サラワク州)
    シブはクチンとビントゥルとの中間にある都市。1862年にジェームズ・ブルックがダヤク族からの防衛のために砦を建設したのが町の起こりとされる。中国人は19世紀中葉には客家人や潮州人が少数ながらいたとみられているが、本格的に入植が始まったのは20世紀に入ってから。中国・福建省の改革派でキリスト教徒でもあった黄乃裳らが移住先として20世紀初めにシブに移住。その数は合計1000人ほどになった。現在の町の東部に入植し、農業を営んだ。病院や学校、教会などもこの頃にできた。現在のシブは人口の半数以上が華人が占めるが、このときの子孫が多い。
 また、シブには中国の国民党も展開し、その後中国共産党支持派と衝突。1955年ごろまで両党支持者の抗争が繰り返された。サラワク州がマレーシア連邦に参加した1963年以降も共産党の活動は続いた。
 イバン族などの少数民族も町周辺には多く、ラジャン川沿いには今でも彼らが住む「ロング・ハウス」が見られる。町は木材や造船の経済活動が盛ん。2022年11月には市制が導入される見通し。

基礎情報
面積:129.5平方キロメートル
人口 24万7995人
民族別人口
華人:               11万6958人
イバン族:         6万9711人
マレー人          2万4937人
ムラナウ族:     1万4612人
ビダユ族:              1813人
その他少数民族:   3453人
インド人:                749人
その他:                  1213人
外国人:            1万4549人
(2010年国勢調査)

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伊藤充臣
マレーシア在住17年目。語学、クラシック音楽、旅行、東南アジア史、筋トレに興味あり。マラヤ大学で歴史の博士号を取得。ほぼ独学でアジアの5言語を習得。まだまだやりたいことがたくさんある。