異世界へ召喚された女子高生の話-77-
▼剣を持つ者の覚悟
ソナは再び手にしたサンザシの花を美咲に軽く当て、彼女のバドミントンウェアを元のメイクイーンの衣装へと変えた。
この世界で生足を晒すのは適切ではない。
しかし、衣装に染みついた血痕は、ミミングのように消えることはなかった。
二人は城内に連れられ、広間の壁際にある長椅子に腰を下ろしていた。
美咲はミミングを握っていた右手を左手で覆い、その上に頭を乗せて塞ぎ込んでいる。
まだ震えが止まらない。
ソナは心配しながらも
「子供に刃物を持たせるべきではなかったな。」
と呆れた表情で立ち尽くしていた。
そこへ興奮した騎士たちが駆け寄ってきた。
「見ましたよ! 凄い早業でした。あのクラウスを、ものの数秒で黙らせるなんて、信じられない奇跡だ!」
他にも数人が
「やはり鉱山での話は本当だったんですね。」
「近頃、話題の黒髪の勇者が魔物討伐する話なんて、目じゃないですよね。」
「クラウスの奴の剣を封じた、伸びる御御足が素晴らしい。」
と、口々に称賛の言葉を投げかける。
しかし、美咲は押し黙ったままだった。
騎士たちは、見事な勝利を収めた彼女が何故、悲しそうなのか理解できずにいた。
ソナはそっと主人を気遣い、騎士たちに向かって言った。
「我が主人は、剣で人を傷つけたのが初めてで、大変ショックを受けております。どうかお引き取りを願えませんか。」
その言葉に、騎士たちは気まずそうに顔を見合わせ、静かにその場を離れていった。
サイラスは離れた場所から二人の様子を見守っていたが、どうすべきか判断に迷っていた。
来る時に…
「お帰りは明日になります。心配はいりません。責任を持ってお送りしますよ。」
と約束しておきながら、心に傷を負った少女をこの後、主人の元へ連れて行かねばならない。
ーーー胸が痛む。
しかし、何とか声をかけねばと決心し、二人の元へ歩み寄った。
「ソナと言ったかな? 主人のケイリー殿のお加減はどうかな?」
サイラスが声をかけると、ソナは鋭い目つきで彼を睨みつけ、低い声で言い放った。
「貴様ァ、よォくも、のォうのうと顔を見せられるなァ…」
その老婆のような貫禄ある声色に、サイラスは思わずたじろいだ。
「な、何者だ…?」
サイラスの問いかけを無視して、ソナは続けた。
「人を斬ったのは初めてでな。ショックで落ち込んでおる。人殺しの先達として、何かアドバイスでもしてやってくれんかの?」
そう言って、ソナは立ち上がり、美咲の隣の席をサイラスに譲った。
ソナという下女の不可解さに戸惑いつつも、サイラスは取り急ぎ美咲に声をかけることにした。
「ふ〜っ、少しだけ耳をお貸し願いたい。う、んん…私も、初めて、人を斬った時は、ショックでしたよ。ケイリー殿のように、誰の言葉も遠くに感じて、一週間は何も手につきませんでした。」
美咲は頭を膝に乗せたまま、絞り出すように囁いた。
「…一週間経った時、何を考えたんですか…?」
サイラスは少し考えてから答えた。
「うーん、自分の判断を信じるしかないってことかな…」
「…信じる? 自分の判断を、ですか…?」
「そう、その時の自分の判断だ。私は一隊員として戦地で人を斬ったが、その行動で仲間や領民を救ったんだと考えるようにしたんですよ。」
「…やっぱり、男の人は強いんですね。私は…ダメ…」
「ケイリー殿の場合は少し違いますが、剣を使うということは、相手を傷つけてでも、何かを得ようと思っての行動のはずです。その判断を信じてはどうですか?」
「…今回の私の判断って、何…?」
「それは自己防衛。自然なことじゃないですか? 誰でも…、それこそ犬や猫でも持っている本能です。クラウスは手にちょっと怪我をしただけですよ。あんなの、騎士にとっては勲章みたいなものです。あなたの早業でできた傷だと、明日にでも自慢して回っていますよ、きっとね。」
サイラスは優しく微笑んで励ました。
その言葉に、美咲はゆっくりと顔を上げ、涙ぐんだ瞳でサイラスを見つめた。
そして、思わず彼の胸に飛び込み、嗚咽を漏らした。
「これは、剣を持つ者の覚悟です。覚えておいてください。自分の身を守ることは正しい。仲間や、理想を守ることも正しい。ぜひ、これからも何かを守るために、その剣を振るってください。」
サイラスは美咲を優しく抱きしめ、その頭を撫でて不安を取り除こうと努めた。
美咲は鎖帷子の冷たい感触に頬を押し当て
「しっかりしなきゃ、覚悟を決めなきゃ…」と、自分に言い聞かせた。
少し離れた場所で、ソナはその様子を見守りながら、想定通りに事が進んだことにほくそ笑んでいた。
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