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「種を蒔いたら」               えとふみギャラリー No.8

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                                                                          (↑スケッチ画 ボールペン)

4年前の事、頂いた甘夏ミカンがとても美味しく、しかも立派な種だったのでベランダの植木鉢に蒔いてみた。20粒ほどだったと思うが皆、元気に芽を出した。

どう育てるか分からないまま、取り敢えず10㎝間隔で大きな鉢に植え替えた。2年も経つと緑の葉も地厚になり、茎もしっかりしてきた。心配だったのは、柑橘類の木には蝶類が産卵に寄ってくる事。
陽気がよくなると水やりの度に眼を凝らして、葉についた黒っぽい小さな幼虫を箸で摘んでは駆除する。それをしないと葉はみんな食べられてしまうのだ。

ある日、いつものように水やりの後、駆除のための箸を持ってよく見たら、何と、大きな緑の幼虫が堂々と葉を食べているのに出くわし、一瞬ドキッとした。そうか、小さな黒い一匹の幼虫が葉の重なった所にいて、私に見つからずにむくむくと成長したのだろう。

それは私も良く知っている立派なアゲハチョウの幼虫で、さてこれはどうしたものかと惑い、結局一匹ならいいかと見逃すことにした。この子があの綺麗なアゲハチョウになるのだし、またその仲間たちを情け容赦なく駆除した罪滅ぼしにもなるかなと思ったからだ。

しかしこの幼虫は、柔らかそうな葉を遠慮なく一日中食べている。背丈30㎝弱のこの若木たちは大丈夫だろうか。被害が小さいうちに蛹になり、大空に飛んでいって欲しいと思っていたら、ある日、幼虫は姿を消した。たぶん人目に付かないところで蛹となり、じっとアゲハチョウ大変身へのステップに進んだのだろうと思う。

こうして数年、夏ミカンの若木たちは幼虫駆除係のお陰で危険な夏を無事にやり過ごしていたが、今年は思わぬ現場に遭遇した。

ベランダで洗濯物を干していたらアゲハチョウが飛んできて、ベランダのはじに置かれているミカンの柔らかな枝先の葉に止まった。なるほど、こうやってアゲハチョウが卵を産みにやってきて、幼虫駆除の仕事を作ってくれているのかと改めて納得。

もしかしたら産卵の様子が見れるかもと、ワクワクしながらじっと動かずにいた。アゲハチョウは、ひらひらと一枚の葉の表に止まり、6本の足で葉につかまって体をそらせてポトリ、1ミリ強位の卵を一つ産んだ。私と蝶との間隔は1メール位だ。私に警戒していたからかどうかは分からないが、1個産むと飛び去り、ひらひらとまた戻ってきて別の葉に産む。後で見ると2~3枚の葉に卵が数個付いていた。

以前、椿の葉の裏に毒蛾の卵がびっしり産みつけられたのを見たことがあるが、それから見るとアゲハチョウの優雅な産卵風景と小さな薄黄色の卵は、実に美しかった。

そういえば思い出した。私が小学生の頃、まだ周辺には田んぼや畑があり、そこが子どもの遊び場だったので、学校の教室の後ろの棚には、皆が採ってきたカエルやドジョウやらが入った大きなガラスの容器が置かれていた。教室内には子供の他にいろいろな生き物が普通にいたのだ。
ある日、授業中に「先生、背中が割れてきた!」というクラスの男子の声に授業は中断、皆がガラスの容器の前に集まってきて、これから起きることをじっと見守る。蛹の背は大きく割れて、まだ羽を折りたたまれた形でアゲハチョウが出てきた。枝に止まり、ゆっくり大きな羽を広げた。自然界では当たり前に起きていることだが、こうして目の当たりにしたことはどの子にとっても衝撃的だったと思う。現に私にとっても60数年位前の出来事だが、鮮やかに蘇ってくる。授業が終わって帰り際に、私は給食室のおじさんに頼んでお砂糖を分けてもらい、水に溶かして脱脂綿に含ませたものを、チョウのそばに置いてあげた。それをチョウが吸ったかどうかはわからない。

こうしてたまたま夏ミカンの種を蒔いた事から、アゲハチョウの産卵を間近で見る事ができ、そして古い記憶の引き出しからポロンと子供の頃に見た羽化の場面が蘇った。

まだまだ、これからもちょっと胸をときめかすような面白いことがありそうな気がしてきた。

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