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5強にビビる。

 2月13日、3月20日の土曜日、仙台ではじめての震度5を経験しました。下記はそのビビリっぷりの記録である。要約しますと、備えあれば憂いもあるけど備えないよりずっと良し!結論は「備えよ」です。ではどうぞ。

2月。

 夜11時すぎ。茶の間のソファで地面にたたき起こされた。紙相撲の力士のごとくトントンさせられるように夫のいる寝室まで、よよよよと移動して丸まった。
 ワタシは昔から地震に弱い。震度1でも気づく時は気づいて(誰でもそうか)反応する。何なら予知気味にクラクラめまいがするナマズ体質。忍者屋敷の斜めった部屋で、壁に何度も激突し続けるほど三半規管が不器用。その上、臆病者ときていてプレートの上、断層近くでの暮らしは向いていない。
 そんな震度5強を体験した夜、緊張をほぐすためにこんな日記をsnsに書いた。
変なところも原文ママ。

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ドキドキして眠れないのでいっそ仕事しようかと思ったんだけど
そこまで集中もできないので、落ち着くためにメモしていきます。
原稿書かなきゃ〜と思いつつリビングでうたた寝してたら揺れ。
警報には気づかず。鳴ったのか?
奇声をあげて寝室で合流。すんごい揺れてるし長い。
地震慣れしている関東人夫も心なしかいつもより引きつった顔を
しているじゃないか。

やっと立てるようになったのでヨロヨロと各部屋を確認。
TBS安住さんヘルメットしてるのを見てワタシもヘルメットを手元へ。
少ししてNHKにかえる。ここは5強だと。
人生最大震度。
てかこれ以上って怖すぎる。
家具の倒壊はなし。
小さい棚とか書類とか、倒れるよね〜というところは倒れていた。
ガラスの破損はなし。
玄関で今日飾ったばかりのドライになった南天の実が落ちて散乱。
もともとヒビ入ってた玄関の壁のコンクリが少し落ちててコワ!
磁器のカエルが落下してたのに無事!強い子。
靴下をはく。ガスストーブの元栓とめる。鍋とやかんに水をためる。
しばらくすると水道水が赤茶色になった。湯船にも水をはったが
サビみたいなのが沈んでいてやれやれ。飲料の保存水は2リットル×6ある。

散乱したところを片付けつつ、危なそうなものを下ろす。
ブラックアウトなくてよかった〜。夫職場へ(菓子パン持っていき!と渡す)。
眠れそうもないので、避難はしないけど念のために下着とかの服を
まとめる。キャンプ道具からランタンなど出して充電祭り。
とりあえず頑丈そうなデスク下をあけて、もぐれるようにする。
あたりを確認しつつ、とりあえずあったら安心なものを
リビングのテーブルに集める。玄関においてたスリッポンをリビングに持ってきた。
といろいろやりながらスマホ片手に返信(親たちにはすぐこちらからメール)。
停電していなければ、こういった返信で心落ち着く。
外を見ると電気はついている。外に出ている人はいなさそうだから
ここにいていいんだな。いつもはうるさい上の住人の音にホッとする。
今もそうだけどヘリがぐるぐるまわってる。しばらく救急車の音がしてたけど
今はおさまってるみたい。
いちおう避難所確認。これ夜道ひとりで移動するのこわいなー。
などと考えながら気が付くと、首と肩にすごい力が入っていたので深呼吸。
なぜかホットフラッシュ。ドキドキするときの漢方薬を飲んでおく。
トイレ近いな〜。
あー、原稿サクサク書いておけばよかった。
あちこちライトつけっぱなし(ココニイマスヨのサインも兼ねて)、
リビングだけライトを消して、掛け布団と枕を持ってきて
とりあえず今日はソファで寝ます。
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地震のあとのワタクシ。しかみ像

 この日は結局3時すぎに眠りについた。ニュースを聞くとドキドキするが消すのも不安。なのでテレビでNHKをかけてボリュームをしぼり、枕元にはipadでラジコのガヤガヤした放送を。こういう怖い夜って電気もつけっぱなしにするし、
電力使ってしまうな。エコは二の次になる。
 朝目覚めてカーテンを開ける。余震に時間は関係ないだろうけれど、やはり朝がくれば安心する。
 食器棚を見ると!お気に入りグラスが棚から落ちかけている。扉を開けば落下するしどうすべ?と隙間からヒモを入れてそーっと持ち上げ作戦も虚しく下の段に落下!琉球ガラス強い子!落ちても無傷。

 それから数日は夜になると不安になり、部屋を移動するとき、トイレに行くとき、ポケットにはヘッドライトとスマホ、なんならヘルメットも一緒に移動していた。配信のドラマなどを見るときもどこかで消音にしてリアルタイムの番組をつけていた。ラジオもタイムフリーよりリアルタイムで流れている放送を聞いた。さすがに一週間たつとだいぶん落ち着いてきたが、鍋には水をタプタプにしていたし、余震があれば震度1でも臆病タヌキのように不安な顔になっていた。きっと恐怖スイッチが入ってしまったんだろう。

3月。

 余震に注意と言われていても、気持ちとしては日常に戻したい。倒れたり落ちたりしそうなものは危ないところに置かず、大丈夫そうなもの、日々使うものは元に戻し、臆病タヌキは警戒タヌキとなって気持ちも落ち着いた。
 ところが、3月頭にものすごい腹痛が。おそらく地震からのストレスと年度末ストレスのダブルパンチ。まあ、この話もなかなか長文エピソードなのでまた今度。簡単にまとめると、内臓より筋肉のこわばりだった「リラックスせよ」という話なんだけど。
 そんなこんなで、たまに余震があって「いやだねえ。でも小さいから大丈夫」なんてことが数回。中には「ゆれた?わわゆれた!」のような波を打つようなパターンもあってビビる。


 そして先週の土曜、5弱の揺れが。夕方6時過ぎ、今度はスマホの警報が先にビビらせてくれ、あわわきたきた、あわわわわ、とヘルメットを取りに行きつつ、ストーブを消し、いちばん揺れそうな棚を手で押さえつつ様子見。前回より短かった(ように感じた)こともあり、慣れとは思いたくないけれど、前回より冷静に行動できた気がする(なにより倒れたり落ちたりしたものがなく、強さと長さの差を感じた)。赤サビの記憶があるので、とにかく水をくむ、ためる。そして充電。今回も夫は早々に出勤(徒歩往復と階段のぼりで相当な運動になったそうだ)。日中のお出かけで買った仙台味噌のおにぎりと定義山のおまんじゅうを夕食がわりに持ってって!と。同時に津波注意報のサウンドも鳴りまくったので少し慌てる。どうかみなさんご無事で。各所に無事連絡を入れ、さいわい生活に支障が無かったので友人からの連絡にホッとできた(ブラックアウトのときは、返事したいけれど充電が気になってドキドキしてしまったので)。
 前回と違い、怖いし緊張はしたけれど、体のためにも深呼吸とストレッチを意識した。ライフラインに問題はないが、万が一を考えて手元にランタンや着替えなどを用意。ぜんぜんおなかすかないなあ。でも、少し食べたら仙台味噌味がおいしくて夕食をとることができた。あとあったかいものも飲んだ。注意報も解除されて安心。
 なるべくお湯を切らさないようにして、東京の友人の勧めでごはんを炊いて塩結びを作る。夫も帰宅。やることをやったら眠気が急にきた。前回は眠れなかったけど、時間が早かったせいか夜10時には就寝。翌朝の日曜日、今回は「さわやか自然百景」も放送され(2月のときは放送されず。生き物を見てリラックスしたかったが仕方ない)、塩結びにタラコを入れて朝ごはんに。
 やだあ!水タンクの閉め方がゆるくてキッチンに水たまりがっ。不注意水漏れ。あと、きのうは天井からの水漏れも発生。上階の方に問題はなさそうだったので、配管の問題か?しばらく様子を見るしかないようで、これ以上の水難の相が出ませんように(とか言いつつ、レンジで汁物あふれさせた)。

 まだ注意してと言われているけれど、ここはもう備えるしかない。今回の体験で、札幌のブラックアウトほどの支障はなかったはずなのに、精神的なショックの大きさを体感した。なんというかショックがズドンとお腹にぶつかってくる感じ。キャッチャーミットで「こわい!」を受け止めてしまったような。10年前、大揺れだった地域のみなさんのショックの一部がやっと理解できたのかもしれない(ほんの一部だと思うけれど)。当時の私が体験したのは震度4。それでも相当こわかったが、2月の揺れは別物だった(ブラックアウトの時は寝ぼけてて恐怖の間もなかった)。あのショックのあとに避難して、余震に震えていたのかと思うと言葉も出ない。
 日本列島、どこでも備えが必要。今の我が家も完璧かというとそうでもないが、それでもキャンプ用品兼用で揃えつつある。ちなみに最初の地震のあとに防災リュックを注文。2回目の地震の翌日に届き、ちょっと配送の方から受け取るときに気恥ずかしかった。いや、いいんだけど。昨日の今日でなんだかねえ。
 あとはもう、大鯰氏はじめ、揺れに関わる方々にはどうかどうか、なるべく小さく、なるべく無難におさまるようにお願いします。

#いま私にできること #イラスト #コラム #備え #地震の日記


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