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「見守る」のむずかしさ

おはようございます。

先日種を蒔いたガーデンレタスが
無事に芽を出してくれました。

ガーデンレタスの芽

育てやすい、発芽しやすいと聞いてはいたものの
やっぱり心配してしまう。

「芽が出るかな」
「寒くないかな」
「お水足りてるかな」

心配しても分からないのにあれこれ気になります。

けれど杞憂でした。
こんなにも綺麗な緑色で出てきてくれました。

あ〜、嬉しい。出てきてくれてありがとう。




11月5日、King&Princeについて大きなニュースがありました。

ささやかながら応援しているので、大きな驚きを感じた1人です。

このお話はとっても複雑で、繊細で、
なんとも言葉に表せません。

ですが、少しだけ。 
少しだけ言ってみると、

あの日を迎えるまで。
あの時間を迎えるまで。
自分の言葉で発するまで。
そして、そのあと。

どれだけ苦しい時間を過ごしていたんだろう、と思うのです。




自分は人に本音を話すことが少ない方です。

表面ではポジティブを演じてしまい、本質であるネガティブは隠します。

ネガティブを出すことで
どう思われるのか気になってしまうんですね。

それでも、夫や限られた友人たちには
少しずつ話せている気がするけれど……う〜んという感じです。

というのも、自分の本音、それも心の深い深いところにある本音を
人に話すのは結構苦しいことだと思っていて。

だから、彼らのコメントについて、個人的には
「たどたどしい」
「言わされている」
と思うことはできなかったです。

深い深い本音だからこそ、言葉を選んでしまう。
だから言葉に詰まってしまうこともあるのでは?と思うのです。

本当のことほど秘めたくなる。
周りの人たちのことが大切だから、傷つけたくないから。

そんなことを、感じた次第です。


読んでくださりありがとうございます。
またよろしくお願いします。


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