きりかぶだけが残ってる

驚いている自分に、自分が1番驚いている週でした。

なんだか最近は怒涛のようでした。
たいしてひとつひとつが大きく進展したわけではないのですが、仕事のこと、友達のこと、好きな本のこと、場所のこと……などなど、ふだんはあまり意識していないけれど、多方面で起こったひとつひとつに動揺している、そんな一週間でした。

ふだんは気にも止めないことが、ある日突然一変して、そのときになってはじめて、「ああ、こんなに大切だと思っていたんだ」と思い知らされるようです。

そのことを知らされないでいたことに悲しさを覚えましたし、そもそも情報を得ることに鈍感になっていた自分に怒りも感じていました。

大切だと思うことはつねに心にとめて、後悔のないように、とはことばではよく聞きますが、ああ、まさにこういうことなんだな、と、体験してはじめてわかることに歯がゆさを覚えています。

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近所の公園の桜の木が切り倒されました。
どうやら樹齢だか管理の悪さだかの問題で、前々から「そろそろ」とか「あぶないね」とささやかれていたようです。
わたしはいち近所のにんげんなのになんにも知らないで、毎年まいとし「咲いたな〜」とか「きれいだな〜」なんてのんきに眺めているばかりでした。
そうして桜の木がきれいさっぱりなくなってしまったところを通りかかって、しばらく動けなくなって、ああ、なくなったことをしって打ちのめされるくらいに大切に思っていたんだ、とあらためて思い知らされるようでした。

春は枝先を見上げて開花を待ちわびていたこと、夏には蝉の大合唱を聞きながら暑さをしのいで、秋には葉っぱの掃き掃除に走りまわっていたこと、冬には枝を拾ってあつめて地面に絵を描いて遊んでいたこと

たしかにここに、桜の木があったこと。
わすれたくないな、わすれたくないなと思っている自分がまたここにいることを、ちゃんと残しておこうと思ったのでした。

いつも以上にめちゃくちゃですみません。
でも、これをちゃんと書かないと、たぶん次にくるいろんなかたちの別離にも、あーあ、とかそうなんだ、とかわかったような顔をして通り過ぎてしまうんじゃないかなと思ってしかたなかったのです。

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