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ルール違反の心理学

この記事は2024/01/19に配信を行なったメルマガの転載です。


みなさん、こんにちは。
株式会社エスノグラファーの神谷俊です。

とくに寒い日が続きますね。私は体質的に寒くなると涙が出やすいもので、ここ最近は毎日結構な量の涙をだくだくと流しながら出社をしています。

皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回のメルマガのテーマは、「ルール違反への対処」です。

社会において、ルールや規範が破られてしまう事態は一定割合で発生するものです。このような逸脱行為が発生した際に、我々はどのように反応すべきなのでしょうか。

今回は、社会心理学の観点から「ルール違反」に対する人間の反応を探り、管理者が持つべき視点について考察していきます。


駐輪場のマナー違反

まず、私の経験からひとつの失敗談を紹介しましょう。

私はマンションの管理組合で理事長を務めています。
面倒ごとも多いですが、人間観察ができるので半分は道楽でやっています。

管理組合の理事長というのは、日常的にさまざまな問題への対処が求められます。住民からの苦情や報告に応じて、注意喚起を行うことなどもあります。

ある時、駐輪場のマナーに関する苦情が寄せられました。「自転車が雑に置かれ、他の住民が自転車を取り出しにくい」との投書が管理室に届いたのです。

この時は、私も少し甘く見ていたところがあって「マンション内にも子供が増えたし、自転車利用者も増加していたために、一時的な乱れだろう」と高を括っていました。

管理組合として一通りの注意喚起を行いました。
初めはこの注意喚起が効果的だったように思われました。

駐輪場のマナーは改善され、住民からの苦情も減少したからです。

ところが、ある時点から注意喚起をしても、駐輪場のマナーが改善されなくなってきたのです。改善されないだけでなく、事態はさらに悪化してしまったようで複数名の方から毎月投書を頂くようになりました。

注意喚起をして、事態が悪化していく状況です。


逸脱数が増えると、問題意識は薄れる

さて、どうしてこのような状況が起こるのか?

この現象に、思い当たる研究事例がありました。以下の2つの概念に関する研究です。

【命令的規範(Injunctive Norms)】:ルールや規律によって支持されている規範(例:駐輪場の自転車は、キレイに止めましょう!)

【記述的規範(Descriptive Norm)】:周囲の人の行為によって、正しさや適切さが定義されている規範(例:皆が乱雑に自転車を置いているなら、自分も良いだろう)

社会心理学では、規範に対する人間の意識を検証する実験が多数行われていますが、多くの実験で【記述的規範(Descriptive Norm)】の影響力の強さが報告されています。

ルールや法律よりも、周囲の行動に私たちは流されやすいということですね。

誰かがやっていて問題なさそうなら、それがルールに反していてもやってしまう……

人間には、そういう習性があるようです。


またこの習性の面白いポイントは、私たちは安易に流されるわけではなく、きちんと状況を見極めたうえで「計算」して流されているところです。

Kallgren & Reno(1991)の実験では、その「計算」がよく見て取れます。

この実験は、道路に”ポイ捨て”されたゴミを配置し、その数を増やしながら、ポイ捨てをしてしまう歩行者の数を観察する…という内容で、

「人はどのような時に(命令的規範への意識が緩み)ポイ捨てをしやすくなるのか?(記述的規範を支持し始めるのか)」について実験をしています。

実験結果は「道端にポイ捨てされている数が多くなるほど、歩行者がポイ捨てをする確率が増える」という当然の結論ですが、注目すべき点はポイ捨て行為が増加し始める初期過程です(以下参照)。


[転載]Cialdini, R. B., Kallgren, C. A., & Reno, R. R. (1991). A focus theory of normative conduct: A theoretical refinement and reevaluation of the role of norms in human behavior. In Advances in experimental social psychology (Vol. 24, pp. 201-234). Academic Press.

縦軸が「ポイ捨て確率」で、横軸が予め配置された「ポイ捨てゴミの数」です。

注目頂きたいのは「ポイ捨てが全くない状態(ポイ捨て0名)」よりも

「ポイ捨てが少しだけある状態(ポイ捨て1名)」の方が、ポイ捨てしなくなる点。

また、ポイ捨てが一定数(2以上)を超えると、ポイ捨てする人が増加し始め、ある水準(4以上)で急増している点です。

完全にクリーンな状態よりも、1つだけゴミが落ちていた方が「ポイ捨てしちゃダメだよ」という規範意識が高まりやすく、2つくらい落ちていると心が揺れ始める。

ゴミが4つになると、記述的規範が効力を発揮し「まぁいっか」が助長されるのでしょう。

逸脱発生時の対応

先述の駐輪場の事例においても、住民たちには同様の心理が働いたのかもしれません。

最初のうちは、一部の住民のマナー違反を知り、「気をつけよう」という意識が働くものの、あまりに継続的に違反が続き、少なくない住民がマナー違反をしていることが知れ渡ると、気をつけようという意識が緩んでくる。そのために、いくら注意喚起をしても効果が生まれなくなってしまったのかと考察しています。

これを踏まえると、組織やコミュニティのなかでルール違反が発生した際は、初期対応がかなり重要であると言えるでしょう。

ルール違反や逸脱が少数でも発生したのであれば、原因を特定し、それ以上増えないように策を講じる必要があります。

仮に、そのような根本的な問題解決が難しい場合は、注意のタイミングや頻度、指摘するポイントなどを戦略的に調整し、コミュニティ・メンバーの「ルール違反の発生は、それほど多くはない(少数派だ)」という認識をキープするための工夫も必要なのでしょう。

たくさん注意喚起をするほど、「みんながやっている=自分もやって問題ない」という緩みが醸成されるリスクが高まるからです。

ルール違反が発生したときは、ルールを振りかざすだけでは、効果的に運用することは難しいのかもしれません。人間の心理を考えながら、対処することが大切だと言えるでしょう。


今回は以上です。

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