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ショート^2:冷やし中華

アスファルトに反射する真夏の日差しと、自動車の騒音をも掻き消す蝉達の合唱がこれでもかと真夏を演出する。さっき駅前のディスプレイ公告には12時現在の気温が38度とあったが、体感はとっくに40度を超えている。

「あった、、、。」

汗だくで足を止めたのは、なんてことはない街の中華料理屋の店先だ。紫外線で色が抜け落ちた食品サンプルのチャーハンとラーメンが入ったガラスケースには、生ビール600円の張り紙がべたべたと張られている。一杯引っかけていきたいが、このあと客先で重要な商談なのだ。

汚れた暖簾を左手で払って、右手で建付けの悪そうなガラスの引き戸をあけて店内に一歩入ると、薄暗い店内はさすがに外気よりは涼しかったが、期待した程、エアコンは頑張っていないようだ。気を取り直して、店内を見回すと左手奥の壁にそれは張られていた。そうそう、これを求めてきたんだよ。

「冷やし中華、・・・・・」

涼しさを過度に演出する白地に青い縁取りのポスターに、夏の救世主ともいえる「それ」は毎年恒例のカムバック宣言をしているはずだ。薄暗い店内に目が慣れると、ポスターの文字が、よりはっきりと見えるようになった。

「冷やし中華、初めて見ました」

俺はそっと振り返ると、入ってきた時と同じ右手でガラス戸を開け、静かに店を出て行った。

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