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何も起こらない物語



数ヶ月前から
たぶん
夏の終わり頃から だろうか

毎朝のように出会う人がいて…

まず
おじさんの生態に少し触れると
おじさんは 犬を飼っている。
朝の散歩は 概ね AM6時半だ
だらだら支度をし
眠い眠いと言いながら
ぬぼーっと出かけるのである。
犬は実に規則正しく
排泄の時間も それほど狂うことがない。
つまりは 主が休みだろうと
主の体調が悪かろうと
同じ時間に起き 散歩に連れて行けと
催促をするのだ。

さて
話を戻すと
夏の終わり頃
いつものように
散歩に出かけると
向こう側から
颯爽と歩く女性と
これまた颯爽と歩く犬
少し小柄な 髪はショート
化粧っ気はないが 清潔感のある女性で
歳の頃は 30代後半といったところだろうか
すっと 真っ直ぐに背筋を伸ばし
スピードは一定を保ち
早からず遅からず
脇目も振らず歩いている。

The犬の散歩

の 手本のようだ
と思った。

犬は トライカラーのブルーマールと
思われる ボーダーコリー
変わった毛色が目をひく
毛並みも体型もとても綺麗で
こちらも犬に言っていい言葉かわからないが
清潔感がある。

ちなみに
おじさんちの犬は
手足も短く鼻も短い
アレ
である。

およそ 同じ 犬族とは思えないが
種別としては 犬に違いはない。

初めて出会った時は
会釈程度に
犬同士も近寄らすことなく通り過ぎた
と記憶している。
女性は表情ひとつ変えることなく
去っていった。
まあ 朝の散歩道には よくある光景である。

それから
週に2~3回は見かけるようになる。
こちらの都合で散歩コースが変わるから
なのかもしれないが
毎朝会うわけではなかった。

都合というのは
こちらの散歩の主目的が
排泄 であり
排泄場所は
ご近所に いきつけが 3箇所ほど存在する。

🐶「今日は こっちで💩するー!」

と 引っぱられるままに 飼い主は
ついて行くだけなのだ。
とはいえ
どこでもいいわけではないらしく
比較的 決まった場所に誘われる。
(そう躾た 節もある)
あちこちでされるのは
民家も多いので少々気が引けるのだ。

さて
そんな会釈な日々
から
徐々に おはようございます
に変わり
こちらが後ろ向きで気がついていなくとも

おはようございます

と 挨拶をくれるようになっていった。

表情も こちらを見つけると
少し笑みがこぼれ
犬達の距離もそれに伴い
近づいていった。

少し鼻を近づける

少しおしりの匂いを嗅ぐ

そして

ありがとうございました

と 別れる日々が
数日続いた。

11月に入り
朝が辛くなってきたが
犬は規則正しい
おじさんは 眠い寒い
と 文句を言いながら
一段と ぬぼーっとしながら
朝からローテンションなまま出かける。



不思議と 行きたくない
には ならない。

そう

あの 彼女に 今日も会えるかもしれない

が 原動力
(我ながら…)

まだ お互いの飼い犬の名前すら知らない
たまに朝会うだけの近所の人
でしかないのだが
紛れもなく 原動力であった。

今度会ったら 名前聞いてみようかな

そんなことを毎日思って
しかしながら
いざ 目の前にすると
言葉は僕を裏切り
口からは何も発せられぬままに
ひとしきり挨拶を済ませ

ありがとうございました

と 彼女は去っていくのだ。

もどかしい…
極度の人見知りな自分が 嫌になる。

そんな浮き沈みを繰り返した

ある日
珍しくあちらの犬から
モーションがあり 少し犬同士が遊んだ。
ほんの一瞬だったけど楽しそうだった

元気ですね

と言ったら

「ふふ 今 起きたばかりなのにね」

と 彼女は笑った
そして いつものように

ありがとうございました

と 別れた。
初めて挨拶以外の言葉が生まれた瞬間だった。

しばらく会わない日が続いて
タイミングが合わないなあ
なんて思いつつ
散歩をしていたら
道路を挟んで
あちら側から彼女と犬
車の通りも まあまああり
渡ってまで挨拶するのもなんだな
と思い
小さく

おはようございます

あちらも
小さく

おはようございます

と いつもの笑顔
すると 彼女の犬がうちの犬を見て

くぅん くぅん

と 寂しげに鳴いた。

少し遊んで気に入ってくれたのかな
よかったね と 犬をひとなでして
その日は別れた。

今朝は一段と寒く
犬すら やや乗り気ではない
といった感じで
やる気ゼロ
ではあるものの
出すものは出したいので
足早にいつもの場所Aに向かった。

坂道の中ほどが
ポジションらしい
いつも通り 壁をいったん見上げてから
何度か座り直し
それは さながら
相撲のたちあいのように
これだ! の きっかけがあるかのようだ
まあ 僕には わからない。

スッキリして落ち着いた犬と
それを処理する おじさんに
坂の下からゆっくり近づく人影

彼女だった。

彼女に引かれた犬は
また

くぅんくぅんと声を出しながら
坂を登ってくる。

あ おはようございます

おはようございます

挨拶を交わし
犬達は 少し はしゃぎ回る

こちらは中型犬と 大きなおじさんで
ぶれることなく制御出来るが
あちらは
女性に大型犬であり
振り回される感はある。

あまり長い時間振り回されるのは
よくないと思い こちらが引いて
2頭をわけた。

刹那

「あの いく…何歳ですか?」

彼女から聞かれた。

2歳半になります いくつですか?

質問を返した。

「1歳半なんです」

矢継ぎ早に

お名前は?(やっと言えた)

「サラです お名前は?」

あめ です。
と答えた。
ドキドキしている。
彼女もこころなしか 顔が赤らんで見えた

あ ありがとうございました

と 今日も別れようとしたら

「またね あめちゃん」
と笑顔で手を振ってくれて
また いつもの歩調で去っていった。

もしかしたら
彼女も ずっと 名前聞いたり
話したかったのかな
彼女も 人見知りなのかもしれないな

そんなことを思いながら
ドキドキを 隠したまま
今日の散歩を終えた。

何も起こらない
日々の中の 出来事。

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