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第三章「花と水の都」

第一節

あおしろかべえる、多種多様たしゅたよう植物しょくぶつ

みやこいたるところからこえてくる、みずのせせらぎ。

車輪しゃりんおと楽器がっきかなでる軽快けいかいなリズムにせて、いろとりどりのはなびら。

すうすうと衣装いしょうをなびかせながら、花車だしうえわらいをするぼく。

衣装いしょう隙間すきまから地肌じはだかぜたるたび、"なぜこんなことに?"という疑問ぎもんが、しょうこりもなくかぶけれど。
あいにく、そのこたえは とっくにているものなのだ。

***

「ちょっとってかない?あたしたちの故郷こきょうに」
いしみなとってからおおよそ二ヶ月にかげつみちすがらとくになにか問題もんだいきることもなく、ぼくたちはきた聖地せいちレインティアへつづ街道かいどうすすんでいた。
その朝食ちょうしょくっているときに、イザベラがおもしたようにさきのことばをくちにした。

「ちょうど、ねん一度いちど花水祭ロザミスティナル時期じきなのよね。ここからならレインティアへのみちからはずれることもないし、物資ぶっし補給ほきゅうにも丁度ちょうどいとおもうわ」
「うむ、たしかにそろそろ食糧しょくりょうみずこころ許無もとなってくる頃合ころあいかのう…まつりとらば、さけたぐい中中なかなかものはいりそうじゃしな」おまつりのおさけおもいをはせるようにアルファがうなずく。アルファは けっこうおさけむ。べろべろにっぱらった姿すがたたことがないけれど、ほろいのときはいつにもしてよくわらう。

「じゃあまりね。おさけうと、特産品とくさんひんとしては花香酒ロザペリーナめずらしいかしら。おも祭事用さいじよう百彩花ロゼドクルールから、かおりがつよすぎてパレードに使つかえないして蒸留酒じょうりゅうしゅんだものなのだけれど」
おうはなさけか!リィレのところ果実酒かじつしゅつづ洒落しゃれておるのう〜」とてもうれしそうにするアルファをみて、
「アルファは本当ほんとうさけきよね…その果実酒かじつしゅだって、みなとまえにちゃっかりめていたし」とグレイスはすこしだけあきれたよううえいたあと、「あとはそうね、リィレにもたのしめるものをげるなら」と、花餅はなもちという、はなかおりをんだ"おもち"というもののことをおしえてくれる。ほんのりあま味付あじつけで、ハーニャの大好物だいこうぶつでもあるのだそうだ。

ハーニャのほうをみると、かお表情ひょうじょうわらないけれど、尻尾しっぽがわずかにくねくねしている。うれしいんだろうな、花餅はなもち…。
彼女かのじょは ほとんどしゃべらないし、わらったりいたりという場面ばめんもこの二ヶ月にかげつでは一度いちどたことがない。
それでもれてくると、けっこう感情かんじょうは わかるというか、尻尾しっぽみみうごきはゆたかだ。
朝食ちょうしょくべている最中さいちゅうなので別段べつだんなかいていないけれど、またあたらしいもの文化ぶんかにふれることができるとおもうと、ハーニャとおなじようにこころがはずんだ。

***

「ようこそ、はなみずみやこグレイスへ」
イザベラがもんをくぐるなり、かえってながしお辞儀じぎをしてみせる。
あおしろ基調きちょうとした街並まちなみはとてもさわやかで、そのさわやかさをてるようにはな水路すいろみやこいろどる。

都中みやこじゅうはなだらけのわりにはにおいがうすいのう」左右さゆう見回みまわしたあとに意外いがいそうにくびをかしげるアルファに、
「このみやこはクーガーとクーシーが住民じゅうみん大半たいはんめてるのよ。あたしたちクーガーもそれなりににおいには敏感びんかんだけれど、クーシーは他種族たしゅぞくくらべて段違だんちがいに嗅覚きゅうかく発達はったつしているわ。だから生活せいかつ不都合ふつごうないよう、周囲しゅういけができる程度ていどには品種改良ひんしゅかいりょうはなにおいをおさえてあるってわけ」とイザベラが解説かいせつをしてくれた。
発達はったつしているからといって よりにおいをつよかんじるわけではないけれど、つよすぎるにおいは感覚かんかくをにぶらせるのだそうだ。

相成あいなほどれでかおりのつよいものが土産用みやげようさけにされるわけじゃな」
「どれだけ改良かいりょうかさねても、個体差こたいさ完全かんぜんには制御せいぎょできないわ。でも、あぶれたたちにもかがやみちはある。クーガーとクーシーのあゆりの歴史れきしがあるからこそ、このみやこには色々いろいろこと単純たんじゅんにはてない文化ぶんかがある。花香酒ロザペリーナは そんなみやこほこりをめた一品いっぴんでもあるのよ」
彼女かのじょにしてはめずらしく、自慢じまんげにしっぽをてる。
このみやこ本当ほんとうにすきなんだな、というのが とてもつたわってきて。
ぼくも不思議ふしぎと、いっしょにほこらしい気持きもちになる。

それにしても、クーガーとクーシーは ほとんどちがいがない種族しゅぞくだとおそわっていたので、あゆみよりの歴史れきしというのには、ぼくはすこしおどろいた。

ぼくのしまには同祖どうそのアウリンしかんでいないので、文化ぶんかあゆりというのがどれほど大変たいへんなものなのかはあまり想像そうぞうができない。
でも、いしみなとでのできごとや、つたしまでのあの生活せいかつのことをかんがえる。知識ちしきとしてしからないこと。自分じぶんにとってのあたりまえ。これまで体験たいけんしたことのないものたち。どうやらぼくは、あたらしいものには わくわくするたちのようだけれど。ちがいにとまどう気持きもちがつよければつよいほど、あゆみよるのには時間じかんがかかるのかもしれない。

第二節

伝言屋でんごんや手紙屋てがみやをまわって、ひとしきりみやこ観光かんこうませた午後ごご。ぼくたちはみやこ甘味処かんみどころあしをはこんだ。
観光客かんこうきゃくけた露店ろてんのひとつで、ケーキというふわふわのお菓子かし人気にんきらしい。

アルファは今朝けさ話題わだいはなのお酒入さけいりのケーキを、ぼくは今朝けさづみだといういちごを ふんだんに使つかったケーキをたのんだ。いちごはつたしまでもべたことがある。採取さいしゅ手伝てつだいをしていたときに、おやつとしてチコからもらったのだ。つたしまのものは酸味さんみつよめだったけれど、地域ちいきによって風味ふうみがちがうらしいとチコにいていたので とても興味きょうみがあった。

ケーキをったぼくらは そのまま露天ろてんとなりのテーブルにつきケーキをながめる。
白いクリームでおおわれた生地きじに、数種類すうしゅるいいちごが可愛かわいらしくかざりつけられている。
ほのかに甘酸あまずっぱいかおりをただよわせるそれをフォークにひとすくいして、まずはいちごだけのあじたのしんでみる。
っぱさはのこるものの、つたしまのものより甘味あまみつよい。
はなおくけるいちごの風味ふうみもどことなく上品じょうひんで、ってすくいげたケーキ生地きじとの相性あいしょうもばつぐんだ。

ぼくなかでは一番いちばん甘味かんみ飴玉あめだまであったから、あまりの感動かんどうにフォークをめることなく あっという完食かんしょくしてしまった。
「す、すごく おいしかった…」
「そんなによろこんでくれるとはおもわなかったわ」
「ぼく、まれてはじめて こんなに美味おいしい甘味かんみべたよ…まだくちなかにケーキのおいしさがのこってる…」
「リィレはあまいものがきなのね。それなら花餅はなもちもきっとにいるとおもうわ」微笑ほほえましそうにわらうグレイス。
アルファも自分じぶんのケーキをほおばりつつ、こちらをいてニコニコしている。

「…もういっこ、べる…?」
ハーニャもくびかたむけながらそんな提案ていあんをしてくる。
「ハーニャの、おすすめ…カウリの、から つくった、チョカケーキ…」
「チョカケーキ…?チョカというものがカウリのからできるの?」
「カウリのをすりつぶしてしたものに、砂糖さとう乳脂にゅうしくわえてやしたものがチョカよ。カウリの単体たんたいでは相当そうとう苦味にがみつよいけれど、ハーニャてきにはそのにがさがクセになるみたい」

「ほお、ハーニャはあまものきかとおもうたが、別段べつだんそういうわけでもないのかのう?」そうくびをかしげるアルファに すこし もじもじ しながら、
「ハーニャ…あまいのも、にがいのも、すき…」と彼女かのじょは こたえた。

意外いがい大人おとな味覚みかくじゃわな」
多種族たしゅぞく常識じょうしきらないけれど、クーガーぞくとしては大人おとなくらべてもわりめずらしいこのみなのよね。アルファは子供こどもころにがもの苦手にがだったのかしら?」
「そうさのぉー…、軽微けいびなものでればかまわなんだが、一族いちぞくたび途中とちゅうでモモイを魔素フォルマ摂取源せっしゅげんにしはじめたとき大層たいそうきもやしたもんじゃ」くびえてにがかおをするアルファに、おもわず くすり、とふきす。
「あはは、っぱはなまだとすごいにがさだものね」
「んむ…成人せいじんしてしばらまで煎茶せんちゃにしたもの苦手にがてであったから、チコのようにほうばかりべておったわ」

とおくのそらがほんのりとあたたかみをびていく。
結局けっきょくぼくはふたつめのケーキを注文ちゅうもんし、仲間なかま他愛たあいない会話かいわみみをかたむける。
もうすこしだけ、このとき堪能たんのうしたいな。

***

「さて、甘味かんみ堪能たんのうしたことじゃし、そろそろ今宵こよい宿やどさがさなくてはのう」"勿論もちろんすすめの宿やどもあるんじゃろう?"アルファがグレイスにむかってそういいかけたつぎ瞬間しゅんかん

「だっだれめてえぇーーーッッいや むしろげてぇーーーッッ」

突然とつぜんそんなこえともに、ぼくらのすわせき木製もくせい台車だいしゃんできた。
咄嗟とっさにグレイスとアルファがぼくらを避難ひなんさせてくれたけれど、ガチャンッとけたたましいおとひびかせながら、からになったケーキざらとティーカップがびちっていく。

その台車だいしゃいかけるように、さきほどのこえあるじおもわれるおんないきせきってはしってきた。

「ゼェ…ハァ…げほッけ、…お…お怪我けが、は、アリません、か…?」
小柄こがらなクーシーだ。はしってずれたのであろうおおきなまるめがねをちあげながら、ながめの体毛たいもうをあわててでつける。

「ハ…ッ!?ティーカップとケーキざらが!!!あば、ばばば、わ、ワタ、ワタクシはなんとご無礼ぶれいことを…!」あたりをまわして状況じょうきょう把握はあくしたクーシーのおんなは、残像ざんぞうをのこしそうないきおいでふるえあがっている。
「だ、大丈夫だいじょうぶですよ、おちついて」
怪我けがかった、安心あんしんせい」
ぼくとアルファが口々くちぐちになだめる。
むねちつきをもどそうとするようにいきおんなて、「あら、フリーラじゃない」とグレイスがきかかえていたハーニャをろしながらはなしかけた。

「グ、グレイスねえさま!?おもどりでありましたか!」
「たまたままつりの時期じきちかくをとおったからね。元気げんきそうでなによりだわ」
「なんじゃ、なぁらはいか?」アルファもぼくをろしながら二人ふたり交互こうごにみる。

近所きんじょ…というか、都長みやこおさおとうとむすめなのよこのたびはじめるまえおさもとはたらいていたから、この面倒めんどう度々たびたびみていたわ」
「フリーラともうします!グレイスねえさまには大変たいへんにお世話せわになっておりました!」背筋せすじをしゃきりとばし、右手みぎてひたいにそえる。このうごきはたぶん、以前いぜんじいやのかせてくれた異国いこくかたぼんてきた、敬礼けいれいという動作どうさだ。

「それにしても貴女あなたなんだか雰囲気ふんいきわったわね。随分ずいぶんばしているみたいだし、眼鏡めがねもかけているから一瞬いっしゅん貴女あなただってからなかったわ」
「ヘヘ…ねえさまのようかみながくすれば、まつりのまいさいえるかとおもいまして…眼鏡めがね書物しょもつみすぎでわるく…」なにやらばつがわるそうに視線しせんをはずしながら、フリーラさんはほおをかく。

グレイスはすこしあきれたようなわらかたをしたあと、「ああ、ことおもいついたわ」とフリーラさんにかってかるくおねがいをする仕草しぐさをとった。
「フリーラ、もしかったら私達わたしたちをしばらくおさところめてもらえないかしら?もちろんまつりの準備じゅんび手伝てつだうわよ」
了解りょうかいいたしました!伯父おじ確認かくにんってまいります!…まんいち許可きょかりない場合ばあいは、ワタクシの部屋へやすであります!」
「そ、それはさすがにもうわけないよ」ぼくはそうおもってくちにだすけれど、
「とんでもございません!粗相そそういたしたのにもかかわらず、おまつりの準備じゅんびまで手伝てつだっていただけるなんて!感謝かんしゃえません!」フリーラさんはにがかおをしながら、わさせてくれとわんばかりのいきおいだった。

第三節

みずのせせらぎにみみかたむけながら、のひかりをびてびをする。
手伝てつだいの名目めいもく都長みやこおさもとめてもらえることになり、ぼくらは数日すうじつあいだまつりのかざりづくりなどを手伝てつだっている。

「おつかさまであります!」
はなやかであまにおいとともに、すっととおこえひびく。

「フリーラさん」
休憩きゅうけいのおとも花餅はなもちをご用意よういしたであります!」
「あれ、もう休憩きゅうけい時間じかん夢中むちゅう作業さぎょうしていたからづかなかったよ」
「なんと!リィレ集中力しゅうちゅうりょくがありますね!ワタクシなどおな作業さぎょう小一時間こいちじかんもすればはなあたまがむずがゆくなってきますゆえ尊敬そんけい眼差まなざしをけざるをないであります」
「な、なんだかれるなぁ…フリーラさんがかりやすくおしえてくれたおかげだよ」
「いやいや、リィレおぼえがかったのであります…ワタクシはただ毎年まいとし作業さぎょうおもしながら、まえ作例さくれいつくってみせただけですゆえ尻尾しっぽが はたり と遠慮えんりょがちにれる。

今年ことしはリィレたちのおかげで丁寧ていねいかざりがおおくつくれましたので、神子みこさまやくはより一層いっそう花形はながたとなりましょう」
「ああ、そういえば、フリーラさんのきなやくは、えっと、神子みこさま、なんだよね」
「そうなのです!神子みこさまは、ワタクシのあこがれなのであります!」
をきらきらさせながらまえにのめりすフリーラさん。尻尾しっぽもちぎれんばかりにりまわされる。ここ数日すうじつおもったけれど、クーシーぞくはなんだか一喜一憂いっきいちゆうがわかりやすい。

ちいさいころ、グレイスねえさまの神子みこまいてからずっとあこがれていまして…今年ことしこそ自分じぶん神子みこさまやくになり、あの祭壇さいだんで、グレイスねえさまのような素晴すばらしいまいができたらと…ああっそうだ、雑談ざつだんにかまけている時間じかんはありませんでした!めるとかたまってしまいますゆえ!あったかいうちにドゾドゾ〜」
フリーラさんのした小皿こざらからの、あたたかくてやわららかい湯気ゆげはなをくすぐる。
フォークをさしてげると、薄桃色うすももいろのそれは ぐにょ、とわずかにのびれた。
かじりつくと、もちりとした食感しょっかん同時どうじ強烈きょうれつあまみがしてびっくりした。ほんのりあまいものだといていたけれど、"ほんのり"というにはきびしいあまさだ。まわりのクーガーたちからとく疑問ぎもんこえがあがらないところをみると、このあまさが通常つうじょうなのだとおもう。ケーキのときにもそんなはなしがっていたけれど、どうやら味覚みかく種族しゅぞくによって色々いろいろなちがいがあるみたいだ。

最初さいしょこそおどろいたものの、この がつん とくるあまさはきらいじゃない。
むほどにもちもちとしたざわりに、みずみずしいはなかおりがつきぬけ、あまさと一緒いっしょつか思考力しこうりょくうばっていく。
べすぎ注意ちゅういなのもうなずけてしまうし、同時どうじにこれが大好物だいこうぶつというハーニャの気持きもちも ちょっとわかったがした。

「とってもおいしいよ」
「オォ!それはかったであります!おかわりも沢山たくさんありますゆえ遠慮えんりょなくいっちゃってくださいませ!」
鼻歌はなうたまじりにみんなにおかわりをわたしていくフリーラさん。
ふとなつかしいような感覚かんかくになり、「なんだかきおぼえがあるきょくだなあ」とおもわずつぶやく。

纏唄セレナという、まつりのまい使用しようするうたであります!もとひとつのうただったそうですが、各地かくち様々さまざまかたちつたわっているといていますので、それでおぼえがあるのかもしれません」
こと本格的ほんかくてきうたすフリーラさん。
ふとチコとのやりとりをおもたのしくなったので、ぼくもつられて、いましがたいたばかりの纏唄セレナうたいだす。

その瞬間しゅんかん、 ぶわっ といきおいよく、ぼくを中心ちゅうしんかぜあふれた。
突風とっぷうといってもつかえないくらいのいきおいが、植木鉢うえきばちはなみずしぶきをげながらひろがっていく。
羽織はおっていた外套がいとうがたなびき、背中せなかつばさがあらわになる。
それをたフリーラさんは小刻こきざみにふるえながら ぼくを指差ゆびさした。
「み、みみみみ神子みこさまの はね!!!!」

***

都長塔とちょうとう一角いっかく客間きゃくま椅子いすすわりながらすこしだけそわそわする沈黙ちんもく共有きょうゆうする、ぼくと グレイス、都長みやこおさのアンソニーさん。
突風事件とっぷうじけんのあと、あわてふためくフリーラさんをなだめながらアルファたちとはない、危険きけんはないと判断はんだんしてアンソニーさんにぼくつばさのことを説明せつめいすることにした。

「まさか神族しんぞく末裔まつえい殿どのにおにかかれるようとは…」沈黙ちんもくやぶったのはアンソニーさん。心底しんそこおどろいたというような声色こわいろで、鼻息はないきあらめにかがやくひとみをぼくにける。

折角せっかくだから、みなさんにもまつりの主催側しゅさいがわ体験たいけんしていただけたらなと。リィレきみには神子役みこやくつとめてもらえないかい?」
「えっ、でもぼく、まいがわかりませんよ」
「ガイドにフリーラをけよう。こんな機会きかい二度にどとない!はね衣装いしょうとして誤魔化ごまかしがくし、なにしろ本物ほんものだ。神族しんぞくマニアのわれ一族いちぞくからすれば、此度こたびのアクシデントはむし延髄えんずいものなのだよ」
「わ、わかりました」
「そうか、それはかった!」

「あ、でも、フリーラさんは今年ことしこそ神子役みこやくになれたら…といっていました。」承諾しょうだくしたあとにおもして、すこしあわてて言葉ことばす。
「ガイドとしてきみそばおどるのだ、おなじようなものさ」アンソニーさんはにもとめないといったふうわらっていた。

しばらくすると、軽快けいかいなノックのおととも小柄こがらかげとびら小窓こまどしにうつむ。
たか、フリーラ!」
「はいっアンソニー伯父おじさん!ご用件ようけんはなんでありましょう?」
部屋へやはいりながら元気げんきよく返事へんじをするフリーラさんに
明日あしたのパレード、フリーラはガイドとしてリィレくんそばおどってくれないかい?神子役みこやくはリィレくんたくそうとおもうんだが」アンソニーさんか嬉々ききとしてさきほどの決定けっていつたえる。

瞬間しゅんかん、しん、 とフリーラさんのまわりの空気くうきかたまる。

「………お?エ、んえぇ!?」
数秒すうびょう沈黙ちんもくのあと、すっとんきょうなこえをあげながら理解不能りかいふのうといわんばかりに 彼女かのじょうでとしっぽをわたわたとりあげた。

「なんで?どうして??今年ことしこそいけるとおもってたのに???」
ぐるぐるとまわしながら あとずさるフリーラさん。

「いやなに、フリーラは来年らいねん神子みこつとめる機会きかいがあるが、折角せっかく背中せなかつばさものまえにいるのだ、今年ことしはよりつたえに忠実ちゅうじつまつりにできるとおもってね「伯父おじさん、ワタクシが神子みこさまのやくにどれだけあこがれているか、っているではありませんか!」」
おもっていた反応はんのうちがったのか、すこしだけあわてるように理由りゆうをつたえるアンソニーさんの言葉ことばに、なかば気味ぎみでフリーラさんがりだした。

「いや、しかしだね、本物ほんもの神子みこ末裔まつえいまえにいるのだから、おな神族しんぞくマニアとしては…」
「ワタクシと伯父おじさんはちがうのであります!」

「アンソニー伯父おじさんなんか 大嫌だいきらいであります!」

そう一喝いっかつすると、フリーラさんはさきほどはいってきたばかりのとびらいきおいよくたたけて二階にかい自室じしつはしっていってしまった。

第四節

花水祭ロザミスティナル当日とうじつ
結局けっきょくフリーラさんは部屋へやからてこなかったので、ガイドはグレイスさんがつとめることになり、当初とうしょ予定よていどおり――フリーラさんやぼくからしてみたら むし予定外よていがいなのだけれど――ぼくが花纏はなまとい神子みこまかされることになった。

花車だしくドラコニュートやくはアルファ、はなくエリュシオンやくはハーニャがやることになり、それぞれに衣装いしょうにつける。

「んぬぬぅ、じつ窮屈きゅうくつじゃ」アルファが眉間みけんにしわをせながらぼやく。
こえすこしだけ不快ふかいそうなくらいなのだけれど、元々もともとつきがわるいから、かおだけみると とっても機嫌きげんわるそうにえる。
大陸式たいりくしきふくはハーヴェロイそうとは全然ぜんぜんちがうものね。がわとしてもアルファがそのふくてるのは新鮮しんせんだわ」

胸許むなもと普段ふだんぎゃくにすぅすぅするくせに、手足てあしにはぬのよううごづらい」なぁらはよくこれでごせるもんじゃな、と ぎくしゃくした足取あしどりで三歩さんぽあるく。

「はいはい、わらってわらって!そんなこわかおしてたらまつりのおきゃくさんたちもこまっちゃうわよ!」アルファの眉間みけんしわばしながら、グレイスは にかっとわらった。

先頭せんとうから軽快けいかいふえこえはじめる。
アルファがすりをげ、花車だしをひっぱる。
ごとり、ごとり、と車輪しゃりんまわる。
うすぐらくらからひかりなかる。

たのしげな歓声かんせいと、水飛沫みずしぶき
ハーニャがアルファのすこしだけさきかごなかはなびらをりまき、ぼくの花車だしうしろをグレイスが音楽おんがくあわせていすすむ。
薄着うすぎはだにそわそわするかぜがすりってくる。
かぜつめたさとみな視線しせんに、ほおすこあつくなる。
まゆがる気持きもちにうつむきたくなるけれど、ふいに出発前しゅっぱつまえのグレイスの言葉ことばかんだ。

折角せっかくぼくにまかせてくれたんだもの、ちゃんとやらなきゃ。
いや、ちゃんとやりたい!
やっぱりずかしい気持きもちもてしまうけれど。
いまのぼくにできるせいいっぱいの笑顔えがおをつくって、ってくれるひとたちにりかえした。

***

みやこ一巡いちじゅんして、大通おおどおりのさき設置せっちされた木組きぐみの祭壇さいだんへ。
設営せつえいしているときには遠目とおめるばかりだったから そんなに意識いしきはしなかったけれど、実際じっさいのぼってみると、存外ぞんがいたかさがある。
一瞬いっしゅんすねのあたりからぞわぞわとしたかぜかんじるけれど、のぼったさきから見渡みわたみやこ景色けしきがそれをわすれさせてくれた。
たかさでいってしまえば全然ぜんぜんそれにはおよばないけれど、この見晴みはらしは、どこか故郷こきょう神殿しんでんからのぞいた景色けしきている。

なんでも最後さいごに、花砲かほうというものがげられるらしい。

どおん、と一際ひときわおおきい太鼓たいこおとともに、かさねて砲音ほうおんひびく。

しかし、げられたたまはじけてはなびらのあめらせることはなかった。

くろてんはそのまま落下らっかはじめる。
それが人影ひとかげだとづいたのはアルファだった。

「んむ?あれは、フリーラではないか?」
うそ!フリーラ!?」
アルファの言葉ことばるようにそらつめるグレイスと、
「なんということだ!どうしてげられているのだ!」
かおさおにしてさけすアンソニーさん。

不意ふいにアルファが祭壇さいだんのぼくにむかいさけぶ。
りろリィレ!わぁなぁをフリーラの許迄もとまでほうげる!彼奴きゃつつかまえて纏唄セレナうたうんじゃ!」
「えっ、ここからぶの!?」
わぁしんじろ!はよべい!」

戸惑とまどっている場合ばあいじゃない。いまはフリーラさんをたすけることに集中しゅうちゅうしなくちゃ。
おもなおして、祭壇さいだんうえからアルファめがけていきおいよくびおりる。
りたあしのさきがアルファのんだのひらにたると同時どうじに、ぐんと力強ちからづようえがる。

かぜかおけながらそらたかがり、ちょうどちてくるフリーラさんにならぶ。
フリーラさんは 正面しょうめんならぶぼくをるなりをまんまるにしておどろいた。

「フリーラさん!!」
「あひぇ!?リィレ!?」フリーラさんのつかむ。

「な、なんでこんな危険きけんなことを!」
っててね、いま かぜこすから!」

心臓しんぞうが ばくばくと ものすごおとてている。
もし、るまでにかぜきなかったら。
ふるえそうな呼吸こきゅうんで、纏唄セレナうたはじめをくちにする。

つばさ魔力まりょくげて、つよかぜで、ぼくらをつつむイメージ。
もし、なんてない。きっと大丈夫だいじょうぶ
ぼくは フリーラさんをたすけるんだ!

あとすうメートルで 地面じめんにぶつかるという瞬間しゅんかん

足下あしもとからつよかぜれ、一瞬いっしゅんぼくらはちゅう静止せいしする。

そのままゆったりと落下らっかしていくぼくらをかなめに、都中みやこじゅうかれたはなびらがふたたそらへといあがる。

ふわり。

そう表現ひょうげんするのがただしいとおもうくらいには、ぼくらが地面じめんあしをつけるうごきは緩慢かんまんだった。

ひらひらとちる花吹雪はなふぶき
しんとしずまりかえ観客かんきゃくたち。
そのあいだにもえずながれるみずおと

一体いったいどのくらいの時間じかんったのだろう。
おそらくはほんのしばらくの静寂せいじゃくのち、ワアァっと都中みやこじゅうから、れんばかりの拍手はくしゅ歓喜かんきこえがあがった。

第五節

「ほんっっとうに!!こころからの謝罪しゃざいをいたします!!大変たいへんもうわけございませんでした!!!」

ひたい地面じめんけながら、何度なんど何度なんど謝罪しゃざいかえすフリーラさん。

本当ほんとうにしないでください。フリーラさんがあんなことをしたのは、きだからこそ、ですよね」そうげかけると、フリーラさんはようやくかおげてこちらをみた。

まなかったね、フリーラ」人混ひとごみをかきけやってきたアンソニーさんが、フリーラさんに深々ふかぶかあたまげる。
「ついわたし気持きもちを優先ゆうせんさせてしまったようだ。これからは もっときみ気持きもちを尊重そんちょうするようにこころがけよう」
「アンソニー伯父おじさん…ワタクシももうわけありませんでした」がったフリーラさんもまた深々ふかぶかあたまげ、アンソニーさんにかいこころからの謝罪しゃざいをしたようだった。

「そうだ、折角せっかくだから、フリーラさんも祭壇さいだん一緒いっしょまいをしませんか?」ふとおもいつき、ぼくはみんな提案ていあんをしてみる。
おどろきと期待きたいでフリーラさんのしっぽが ぶんとひとれする。
「よ、よいのですか?」
「あら、いじゃない!そうしましょ!都長みやこおさもそれでいわよね?」グレイスが妙案みょうあんだとわんばかりに両手りょうてたたき、アンソニーさんに確認かくにんをとった。
勿論もちろんだとも!例年れいねん一人ひとりっていたまい三人さんにんで…豪華ごうかじゃないか!いっそ来年らいねんからは神子役みこやく人数にんずうやしてもいかもしれないな!」

***

フリーラさんを無事ぶじたすけられたぼくらは、そのはつつがなくまつりの祭事さいじえた。

それから数日すうじつまつりの片付かたづけもすっかりわり、物資ぶっし補給ほきゅうませたぼくらは、そろそろみやこことにした。

多少たしょうのハプニングはあったけれど、けっきょくだれ怪我けがをしなかったので、ぼくとしては中々なかなかたのしいおもになったとおもう。
つぎ目的地もくてきちてつまちまでは、また数ヶ月すうかげつ四人旅よにんたびだ。
しばらくは、あのおまつりの喧騒けんそうおもしながら、あらたなまちへの期待きたいみしめようとおもった。

だいさんしょうはなみずみやこ」 かん

余録

一般公開イラスト

おまけマンガ

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