第三章「花と水の都」
第一節
青と白の壁に映える、多種多様な植物。
都の至るところから聴こえてくる、水のせせらぎ。
車輪の音と楽器の奏でる軽快なリズムに乗せて、舞い散る色とりどりの花びら。
すうすうと衣装をなびかせながら、花車の上で照れ笑いをするぼく。
衣装の隙間から地肌に風が当たる度、"なぜこんなことに?"という疑問が、性こりもなく浮かぶけれど。
あいにく、その答えは とっくに出ているものなのだ。
***
「ちょっと寄ってかない?あたしたちの故郷に」
石の港を発ってからおおよそ二ヶ月。道すがら特になにか問題が起きることもなく、ぼくたちは北の聖地レインティアへ続く街道を進んでいた。
その日は朝食を摂っている時に、イザベラが思い出したように先のことばを口にした。
「ちょうど、年に一度の花水祭の時期なのよね。ここからならレインティアへの道から外れることもないし、物資の補給にも丁度良いと思うわ」
「うむ、確かにそろそろ食糧や水が心許無く成ってくる頃合いかのう…祭りと在らば、酒の類も中中善い物が手に入りそうじゃしな」お祭りのお酒に 思いをはせるようにアルファがうなずく。アルファは けっこうお酒を飲む。べろべろに酔っぱらった姿は見たことがないけれど、ほろ酔いの時はいつにも増してよく笑う。
「じゃあ決まりね。お酒で言うと、特産品としては花香酒が珍しいかしら。主に祭事用の百彩花から、香りが強すぎてパレードに使えない子を抜き出して蒸留酒に漬け込んだものなのだけれど」
「応、花の酒か!リィレの処の果実酒に続き洒落ておるのう〜」とても嬉しそうにするアルファをみて、
「アルファは本当に酒好きよね…その果実酒だって、港を発つ前にちゃっかり買い溜めていたし」とグレイスは少しだけ呆れた様に上を向いたあと、「あとはそうね、リィレにも楽しめるものを挙げるなら」と、花餅という、花の香りを練り込んだ"お餅"という食べ物のことを教えてくれる。ほんのり甘い味付けで、ハーニャの大好物でもあるのだそうだ。
ハーニャの方をみると、顔の表情は変わらないけれど、尻尾がわずかにくねくねしている。嬉しいんだろうな、花餅…。
彼女は ほとんどしゃべらないし、笑ったり泣いたりという場面もこの二ヶ月では一度も見たことがない。
それでも慣れてくると、けっこう感情は わかるというか、尻尾や耳の動きはゆたかだ。
朝食を食べている最中なので別段お腹は空いていないけれど、また新しい食べ物や文化にふれることができると思うと、ハーニャと同じように心がはずんだ。
***
「ようこそ、花と水の都グレイスへ」
イザベラが門をくぐるなり、振り返って手を流しお辞儀をしてみせる。
青と白を基調とした街並みはとても爽やかで、その爽やかさを引き立てるように花や水路が都を彩る。
「都中花だらけの割には匂いが薄いのう」左右を見回したあとに意外そうに首をかしげるアルファに、
「この都はクーガーとクーシーが住民の大半を占めてるのよ。あたし達クーガーもそれなりに匂いには敏感だけれど、クーシーは他種族に比べて段違いに嗅覚が発達しているわ。だから生活に不都合が出ないよう、周囲の嗅ぎ分けができる程度には品種改良で花の匂いを抑えてあるってわけ」とイザベラが解説をしてくれた。
発達しているからといって より匂いを強く感じるわけではないけれど、強すぎる匂いは感覚をにぶらせるのだそうだ。
「相成る程、其れで香りの強いものが土産用の酒にされる訳じゃな」
「どれだけ改良を重ねても、個体差は完全には制御できないわ。でも、溢れた子たちにも輝く道はある。クーガーとクーシーの歩み寄りの歴史があるからこそ、この都には色々な事を単純には切り捨てない文化がある。花香酒は そんな都の誇りを込めた一品でもあるのよ」
彼女にしてはめずらしく、自慢げにしっぽを立てる。
この都が本当にすきなんだな、というのが とても伝わってきて。
ぼくも不思議と、いっしょに誇らしい気持ちになる。
それにしても、クーガーとクーシーは ほとんど違いがない種族だと教わっていたので、歩みよりの歴史というのには、ぼくは少しおどろいた。
ぼくの島には同祖のアウリンしか住んでいないので、文化の歩み寄りというのがどれほど大変なものなのかはあまり想像ができない。
でも、石の港でのできごとや、蔦の島でのあの生活のことを考える。知識としてしか知らないこと。自分にとってのあたりまえ。これまで体験したことのないものたち。どうやらぼくは、新しいものには わくわくする質のようだけれど。違いにとまどう気持ちが強ければ強いほど、歩みよるのには時間がかかるのかもしれない。
第二節
伝言屋や手紙屋をまわって、ひとしきり都の観光も済ませた午後。ぼくたちは都の甘味処へ足をはこんだ。
観光客へ向けた露店のひとつで、ケーキというふわふわのお菓子が人気らしい。
アルファは今朝話題に出た花のお酒入りのケーキを、ぼくは今朝づみだという野いちごを ふんだんに使ったケーキをたのんだ。野いちごは蔦の島でも食べたことがある。採取の手伝いをしていた時に、おやつとしてチコからもらったのだ。蔦の島のものは酸味が強めだったけれど、地域によって風味がちがうらしいとチコに聞いていたので とても興味があった。
ケーキを受け取ったぼくらは そのまま露天の隣のテーブルにつきケーキを眺める。
白いクリームで覆われた生地に、数種類の野いちごが可愛らしく飾りつけられている。
ほのかに甘酸っぱい香りを漂わせるそれをフォークにひとすくいして、まずは野いちごだけの味を楽しんでみる。
酸っぱさは残るものの、蔦の島のものより甘味が強い。
鼻の奥に抜けるいちごの風味もどことなく上品で、追ってすくい上げたケーキ生地との相性もばつぐんだ。
僕の中では一番の甘味が飴玉であったから、あまりの感動にフォークを止めることなく あっという間に完食してしまった。
「す、すごく おいしかった…」
「そんなに喜んでくれるとは思わなかったわ」
「ぼく、生まれて初めて こんなに美味しい甘味を食べたよ…まだ口の中にケーキのおいしさが残ってる…」
「リィレは甘いものが好きなのね。それなら花餅もきっと気にいると思うわ」微笑ましそうに笑うグレイス。
アルファも自分のケーキを頬ばりつつ、こちらを向いてニコニコしている。
「…もういっこ、食べる…?」
ハーニャも首を傾けながらそんな提案をしてくる。
「ハーニャの、おすすめ…カウリの実、から つくった、チョカケーキ…」
「チョカケーキ…?チョカというものがカウリの実からできるの?」
「カウリの実をすり潰して濾したものに、砂糖と乳脂を加えて冷やした食べ物がチョカよ。カウリの実単体では相当苦味が強いけれど、ハーニャ的にはその苦さがクセになるみたい」
「ほお、ハーニャは甘い物好きかと思うたが、別段そういう訳でもないのかのう?」そう首をかしげるアルファに すこし もじもじ しながら、
「ハーニャ…あまいのも、にがいのも、すき…」と彼女は こたえた。
「意外と大人な味覚じゃわな」
「多種族の常識は知らないけれど、クーガー族としては大人と比べても割と珍しい好みなのよね。アルファは子供の頃、苦い物が苦手だったのかしら?」
「そうさのぉー…、軽微なもので在れば構わなんだが、一族が旅の途中でモモイを魔素の摂取源にし始めた時は大層肝を冷やしたもんじゃ」首に手を添えて苦い顔をするアルファに、思わず くすり、とふき出す。
「あはは、葉っぱは生だとすごい苦さだものね」
「んむ…成人して暫く経つ迄は煎茶にした物も苦手であったから、チコのように実の方ばかり食べておったわ」
遠くの空がほんのりと暖かみを帯びていく。
結局ぼくは二つめのケーキを注文し、仲間の他愛ない会話に耳をかたむける。
もうすこしだけ、この時を堪能したいな。
***
「さて、甘味も堪能した事じゃし、そろそろ今宵の宿を探さなくてはのう」"勿論薦めの宿もあるんじゃろう?"アルファがグレイスにむかってそういいかけた次の瞬間。
「だっ誰か止めてえぇーーーッッいや むしろ逃げてぇーーーッッ」
突然そんな声と共に、ぼくらの座る席に木製の台車が突っ込んできた。
咄嗟にグレイスとアルファがぼくらを避難させてくれたけれど、ガチャンッとけたたましい音を響かせながら、空になったケーキ皿とティーカップが飛びちっていく。
その台車を追いかけるように、先ほどの声の主と思われる女の子が息せき切って走ってきた。
「ゼェ…ハァ…げほッけ、…お…お怪我、は、アリません、か…?」
小柄なクーシーだ。走ってずれたのであろう大きな丸めがねを持ちあげながら、長めの体毛をあわてて撫でつける。
「ハ…ッ!?ティーカップとケーキ皿が!!!あば、ばばば、わ、ワタ、ワタクシはなんとご無礼な事を…!」辺りを見まわして状況を把握したクーシーの女の子は、残像をのこしそうな勢いで震えあがっている。
「だ、大丈夫ですよ、おちついて」
「怪我は無かった、安心せい」
ぼくとアルファが口々になだめる。
胸に手を当て落ちつきを取り戻そうとするように息を吐く女の子を見て、「あら、フリーラじゃない」とグレイスが抱きかかえていたハーニャを下ろしながら話しかけた。
「グ、グレイス姐さま!?お戻りでありましたか!」
「たまたま祭りの時期に近くを通ったからね。元気そうで何よりだわ」
「なんじゃ、汝らは知り合いか?」アルファもぼくを下ろしながら二人を交互にみる。
「近所の子…というか、都長の弟の娘なのよこの子。旅を始める前は長の下で働いていたから、この子の面倒も度々みていたわ」
「フリーラと申します!グレイス姐さまには大変にお世話になっておりました!」背筋をしゃきりと伸ばし、右手を額にそえる。この動きはたぶん、以前じいやの読み聞かせてくれた異国の語り本に出てきた、敬礼という動作だ。
「それにしても貴女、何だか雰囲気が変わったわね。随分と毛を伸ばしているみたいだし、眼鏡もかけているから一瞬貴女だって分からなかったわ」
「ヘヘ…姐さまの様に髪を長くすれば、祭りの舞の際に映えるかと思いまして…眼鏡は書物の読みすぎで眼を悪く…」なにやらばつが悪そうに視線をはずしながら、フリーラさんは頰をかく。
グレイスは少しあきれたような笑い方をしたあと、「ああ、良い事を思いついたわ」とフリーラさんに向かって軽くお願いをする仕草をとった。
「フリーラ、もし良かったら私達をしばらく長の所へ泊めてもらえないかしら?もちろん祭りの準備も手伝うわよ」
「了解いたしました!伯父に確認を取って参ります!…万が一許可が降りない場合は、ワタクシの部屋を貸し出すであります!」
「そ、それはさすがに申し訳ないよ」ぼくはそう思って口にだすけれど、
「とんでもございません!粗相を致したのにも関わらず、お祭りの準備まで手伝っていただけるなんて!感謝に絶えません!」フリーラさんは苦い顔をしながら、埋め合わさせてくれと言わんばかりの勢いだった。
第三節
水のせせらぎに耳を傾けながら、日のひかりを浴びて伸びをする。
お手伝いの名目で都長の元に泊めてもらえることになり、ぼくらは数日の間、祭りの飾りづくりなどを手伝っている。
「お疲れ様であります!」
華やかで甘い匂いとともに、すっと通る声が響く。
「フリーラさん」
「休憩のお供に花餅をご用意したであります!」
「あれ、もう休憩時間?夢中で作業していたから気づかなかったよ」
「なんと!リィレ氏は集中力がありますね!ワタクシなど同じ作業は小一時間もすれば鼻の頭がむず痒くなってきます故、尊敬の眼差しを向けざるを得ないであります」
「な、なんだか照れるなぁ…フリーラさんが分かりやすく教えてくれたおかげだよ」
「いやいや、リィレ氏の覚えが良かったのであります…ワタクシはただ毎年の作業を思い出しながら、目の前で作例を作ってみせただけです故」尻尾が はたり と遠慮がちに揺れる。
「今年はリィレ氏達のおかげで丁寧な飾りが多くつくれましたので、神子さま役はより一層花形となりましょう」
「ああ、そういえば、フリーラさんの好きな役は、えっと、神子さま、なんだよね」
「そうなのです!神子さまは、ワタクシの憧れなのであります!」
目をきらきらさせながら前にのめり出すフリーラさん。尻尾もちぎれんばかりに振りまわされる。ここ数日で思ったけれど、クーシー族はなんだか一喜一憂がわかりやすい。
「小さい頃、グレイス姐さまの神子の舞を見てからずっと憧れていまして…今年こそ自分も神子さま役になり、あの祭壇で、グレイス姐さまのような素晴らしい舞ができたらと…ああっそうだ、雑談にかまけている時間はありませんでした!冷めると固まってしまいますゆえ!あったかいうちにドゾドゾ〜」
フリーラさんの差し出した小皿からの、暖かくて柔らかい湯気が鼻をくすぐる。
フォークをさして持ち上げると、薄桃色のそれは ぐにょ、とわずかにのび垂れた。
かじりつくと、もちりとした食感と同時に強烈な甘みがしてびっくりした。ほんのり甘いものだと聞いていたけれど、"ほんのり"というには厳しい甘さだ。まわりのクーガーたちから特に疑問の声があがらないところをみると、この甘さが通常なのだと思う。ケーキの時にもそんな話が上がっていたけれど、どうやら味覚も種族によって色々なちがいがあるみたいだ。
最初こそ驚いたものの、この がつん とくる甘さは嫌いじゃない。
噛むほどにもちもちとした歯ざわりに、みずみずしい花の香りがつきぬけ、甘さと一緒に束の間の思考力を奪っていく。
食べすぎ注意なのもうなずけてしまうし、同時にこれが大好物というハーニャの気持ちも ちょっとわかった気がした。
「とってもおいしいよ」
「オォ!それは良かったであります!おかわりも沢山あります故、遠慮なくいっちゃってくださいませ!」
鼻歌まじりに皆におかわりを渡していくフリーラさん。
ふと懐かしいような感覚になり、「なんだか聴きおぼえがある曲だなあ」と思わずつぶやく。
「纏唄という、祭りの舞で使用する唄であります!元は一つの唄だったそうですが、各地に様々な形で伝わっていると聞いていますので、それで聴き覚えがあるのかもしれません」
言の葉を添え本格的に歌い出すフリーラさん。
ふとチコとのやりとりを思い出し楽しくなったので、ぼくもつられて、今しがた聴いたばかりの纏唄を歌いだす。
その瞬間、 ぶわっ と勢いよく、ぼくを中心に風が溢れた。
突風といっても差し支えないくらいの勢いが、植木鉢の花と水しぶきを巻き上げながら広がっていく。
羽織っていた外套がたなびき、背中の翼があらわになる。
それを見たフリーラさんは小刻みに震えながら ぼくを指差した。
「み、みみみみ神子さまの 羽!!!!」
***
都長塔の一角、客間の椅子に座りながら少しだけそわそわする沈黙を共有する、ぼくと グレイス、都長のアンソニーさん。
突風事件のあと、慌てふためくフリーラさんをなだめながらアルファたちと話し合い、危険はないと判断してアンソニーさんに僕の翼のことを説明することにした。
「まさか神族の末裔殿にお目にかかれる日が来ようとは…」沈黙を破ったのはアンソニーさん。心底驚いたというような声色で、鼻息荒めにかがやく瞳をぼくに向ける。
「折角だから、皆さんにも祭りの主催側を体験していただけたらなと。リィレ君には神子役を務めてもらえないかい?」
「えっ、でもぼく、舞がわかりませんよ」
「ガイドにフリーラを付けよう。こんな機会は二度とない!羽は衣装として誤魔化しが効くし、なにしろ本物だ。神族マニアの我ら一族からすれば、此度のアクシデントは寧ろ延髄ものなのだよ」
「わ、わかりました」
「そうか、それは良かった!」
「あ、でも、フリーラさんは今年こそ神子役になれたら…といっていました。」承諾したあとに思い出して、少しあわてて言葉を足す。
「ガイドとして君の側で踊るのだ、同じようなものさ」アンソニーさんは気にもとめないといった風に笑っていた。
しばらくすると、軽快なノックの音と共に小柄な影が扉の小窓越しに映り込む。
「来たか、フリーラ!」
「はいっアンソニー伯父さん!ご用件はなんでありましょう?」
部屋に入りながら元気よく返事をするフリーラさんに
「明日のパレード、フリーラはガイドとしてリィレ君の側で踊ってくれないかい?神子役はリィレ君に託そうと思うんだが」アンソニーさんか嬉々として先ほどの決定を伝える。
瞬間、しん、 とフリーラさんの周りの空気が固まる。
「………お?エ、んえぇ!?」
数秒の沈黙のあと、すっとんきょうな声をあげながら理解不能といわんばかりに 彼女は腕としっぽをわたわたと振りあげた。
「なんで?どうして??今年こそいけると思ってたのに???」
ぐるぐると目を回しながら あとずさるフリーラさん。
「いやなに、フリーラは来年も神子を務める機会があるが、折角背中に翼を持つ者が目の前にいるのだ、今年はより言い伝えに忠実な祭りにできると思ってね「伯父さん、ワタクシが神子さまの役にどれだけ憧れているか、知っているではありませんか!」」
思っていた反応と違ったのか、少しだけあわてるように理由をつたえるアンソニーさんの言葉に、なかば食い気味でフリーラさんが身を乗りだした。
「いや、しかしだね、本物の神子の末裔が目の前にいるのだから、同じ神族マニアとしては…」
「ワタクシと伯父さんは違うのであります!」
「アンソニー伯父さんなんか 大嫌いであります!」
そう一喝すると、フリーラさんは先ほど入ってきたばかりの扉を勢いよく叩き開けて二階の自室へ走っていってしまった。
第四節
花水祭当日。
結局フリーラさんは部屋から出てこなかったので、ガイドはグレイスさんが務めることになり、当初の予定通り――フリーラさんやぼくからしてみたら 寧ろ予定外なのだけれど――ぼくが花纏の神子を任されることになった。
花車を引くドラコニュート役はアルファ、花を撒くエリュシオン役はハーニャがやることになり、それぞれに衣装を身につける。
「んぬぬぅ、実に窮屈じゃ」アルファが眉間にしわを寄せながらぼやく。
声は少しだけ不快そうなくらいなのだけれど、元々目つきが悪いから、顔だけみると とっても機嫌が悪そうに見える。
「大陸式の服はハーヴェロイ装とは全然違うものね。見る側としてもアルファがその服を着てるのは新鮮だわ」
「胸許は普段と逆にすぅすぅする癖に、手足には布が張り付く様で動き辛い」汝らはよくこれで過ごせるもんじゃな、と ぎくしゃくした足取りで二、三歩歩く。
「はいはい、笑って笑って!そんな怖い顔してたら祭りのお客さんたちも困っちゃうわよ!」アルファの眉間の皺を伸ばしながら、グレイスは にかっと笑った。
先頭から軽快な笛の音が聴こえ始める。
アルファが手すりを持ち上げ、花車をひっぱる。
ごとり、ごとり、と車輪が廻る。
うす暗い蔵から光の中に出る。
楽しげな歓声と、水飛沫。
ハーニャがアルファの少しだけ先で篭の中の花びらを振りまき、ぼくの立つ花車の後ろをグレイスが音楽に併せて舞いすすむ。
薄着の肌にそわそわする風がすり寄ってくる。
風の冷たさと皆の視線に、頬が少し熱くなる。
眉の下がる気持ちに俯きたくなるけれど、ふいに出発前のグレイスの言葉が浮かんだ。
折角ぼくに任せてくれたんだもの、ちゃんとやらなきゃ。
いや、ちゃんとやりたい!
やっぱり恥ずかしい気持ちも出てしまうけれど。
今のぼくにできる精いっぱいの笑顔をつくって、手を振ってくれる人たちに手を振りかえした。
***
都を一巡して、大通りの先に設置された木組みの祭壇へ。
設営している時には遠目に見るばかりだったから そんなに意識はしなかったけれど、実際に登ってみると、存外に高さがある。
一瞬脛のあたりからぞわぞわとした風を感じるけれど、登り切った先から見渡す都の景色がそれを忘れさせてくれた。
高さでいってしまえば全然それには及ばないけれど、この見晴らしは、どこか故郷の神殿から覗いた景色に似ている。
なんでも最後に、花砲というものが打ち上げられるらしい。
どおん、と一際大きい太鼓の音と共に、重ねて砲音が響く。
しかし、打ち上げられた弾が弾けて花びらの雨を降らせる事はなかった。
黒い点はそのまま落下を始める。
それが人影だと気づいたのはアルファだった。
「んむ?あれは、フリーラではないか?」
「嘘!フリーラ!?」
アルファの言葉に食い入るように空を見つめるグレイスと、
「なんという事だ!どうして打ち上げられているのだ!」
顔を真っ青にして叫び出すアンソニーさん。
不意にアルファが祭壇のぼくにむかい叫ぶ。
「飛び降りろリィレ!我が汝をフリーラの許迄放り投げる!彼奴を捕まえて纏唄を歌うんじゃ!」
「えっ、ここから飛ぶの!?」
「我を信じろ!早う飛べい!」
戸惑っている場合じゃない。今はフリーラさんを助けることに集中しなくちゃ。
思い直して、祭壇の上からアルファめがけて勢いよく飛びおりる。
飛び降りた足のさきがアルファの組んだ手のひらに当たると同時に、ぐんと力強く上に跳ね上がる。
風を顔に受けながら空高く舞い上がり、ちょうど落ちてくるフリーラさんに並ぶ。
フリーラさんは 正面に並ぶぼくを見るなり目をまん丸にして驚いた。
「フリーラさん!!」
「あひぇ!?リィレ氏!?」フリーラさんの手を掴む。
「な、なんでこんな危険なことを!」
「待っててね、今 風を起こすから!」
心臓が ばくばくと もの凄い音を立てている。
もし、落ち切るまでに風が起きなかったら。
震えそうな呼吸を呑み込んで、纏唄の歌い始めを口にする。
翼の魔力を練り上げて、強い風で、ぼくらを包むイメージ。
もし、なんてない。きっと大丈夫。
ぼくは フリーラさんを助けるんだ!
あと数メートルで 地面にぶつかるという瞬間。
足下から強い風が吹き荒れ、一瞬ぼくらは宙に静止する。
そのままゆったりと落下していくぼくらを要に、都中に撒かれた花びらが再び空へと舞いあがる。
ふわり。
そう表現するのが正しいと思うくらいには、ぼくらが地面に足をつける動きは緩慢だった。
ひらひらと舞い落ちる花吹雪。
しんと静まり返る観客たち。
その間にも絶えず流れる水の音。
一体どのくらいの時間が経ったのだろう。
恐らくはほんのしばらくの静寂の後、ワアァっと都中から、割れんばかりの拍手と歓喜の声があがった。
第五節
「ほんっっとうに!!心からの謝罪をいたします!!大変に申し訳ございませんでした!!!」
額を地面に擦り付けながら、何度も何度も謝罪を繰り返すフリーラさん。
「本当に気にしないでください。フリーラさんがあんな事をしたのは、好きだからこそ、ですよね」そう投げかけると、フリーラさんはようやく顔を上げてこちらをみた。
「済まなかったね、フリーラ」人混みをかき分けやってきたアンソニーさんが、フリーラさんに深々と頭を下げる。
「つい私の気持ちを優先させてしまったようだ。これからは もっと君の気持ちを尊重するように心がけよう」
「アンソニー伯父さん…ワタクシも申し訳ありませんでした」立ち上がったフリーラさんもまた深々と頭を下げ、アンソニーさんに向かい心からの謝罪をしたようだった。
「そうだ、折角だから、フリーラさんも祭壇で一緒に舞をしませんか?」ふと思いつき、ぼくは皆に提案をしてみる。
驚きと期待でフリーラさんのしっぽが ぶんとひと揺れする。
「よ、よいのですか?」
「あら、良いじゃない!そうしましょ!都長もそれで良いわよね?」グレイスが妙案だと言わんばかりに両手を叩き、アンソニーさんに確認をとった。
「勿論だとも!例年一人で舞っていた舞を三人で…豪華じゃないか!いっそ来年からは神子役の人数を増やしても良いかもしれないな!」
***
フリーラさんを無事助けられたぼくらは、その後はつつがなく祭りの祭事を終えた。
それから数日。祭りの片付けもすっかり終わり、物資の補給を済ませたぼくらは、そろそろ都を発つ事にした。
多少のハプニングはあったけれど、けっきょく誰も怪我をしなかったので、ぼくとしては中々楽しい思い出になったと思う。
次の目的地、鉄の街までは、また数ヶ月四人旅だ。
しばらくは、あのお祭りの喧騒を思い出しながら、新たな街への期待を噛みしめようと思った。
第三章「花と水の都」 完
余録
一般公開イラスト
おまけマンガ
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