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【前夜談】「海と毒薬」とわたしの出会い

こんにちは。Natsuです。

さてさてついに「海と毒薬」の話をするときがやって参りました!最近何の本を読んでも「海と毒薬の感想をどこかにアウトプットしたい」しか考えられなくなっていたので、次の本の世界に遊びに行くためにも、とにかく腹に溜まっているものを出したいと思います。

「海と毒薬」は本当にわたしにとって大事な本なので、久しぶりに本腰を入れて文章を書こうとしています。実は昨日あたりからわりと本腰は入っているのですけどね、わたしの本気はまだもうちょっとあります。普段から趣味で文章を書くときはそんなに手を抜いてないのですが、本気を出すと一日に生産できる量が増えます。

無理して書く必要はない、と言われたりしますが、自分の心が大きく揺れているとき、それをアーカイブできるのは自分の言葉だけです。こういう瞬間を切り取るために、日々言葉を磨いていると言っても過言ではありません。というわけで、本気を出してこの本の感想を綴るのは、ハードな仕事ですが、同時に今の自分に絶対必要なことでもあります。

「海と毒薬」との出会いは、非常にスピリチュアルです。なんかもう、嘘みたいですので、信じるか信じないかはあなた次第です。


「海と毒薬」を初めて読んだのは、2020年9月30日です。本当に最近です。(これを書いている今日は2020年10月13日です。)たった2週間ほど前なのですね。もう何回読み返したかわかりません。

2020年9月29日の夜、わたしは自宅でシャワーを浴びていて、ふと「そういや『海と毒薬』って本があったな」と思いました。著者もあらすじもわからないのに、そのタイトルだけが、自分の頭に突然ひらめいたのです。その日は疲れたのですぐ寝て、次の日思い出してググったところ、今の自分が抱えている悩みや問題意識が題材となっている小説であることがわかりました。

(※わたしはただの会社員ですし、実際に人体解剖実験に参加させられていたわけではありません。念のため。)

そして9月30日、帰宅してからkindleで購入して読み始めました。


間違いなく自分のために書かれた本だ、と思いました。


人間失格やウェルテルなど、人々が「これは自分のために書かれた本だ」という印象を抱きがちな作品は数多ありますが、そして一部の研究者も論文を読んでいて「これは自分のために書かれた一文だ」など思うことがあるようですが、わたしにとってはこれが初めての一冊でした。

これまでの人生でもいろんな本を読んできたし、好きな本もたくさんあります。それでも、「海と毒薬」ほど主人公の心の動き(あるいは「動かなさ」)に没入した作品はありません。

そして、「海と毒薬」を読んだからこそ、わたしは大事なものを守るために、ある大きな決断をするに至りました。海と毒薬で示されている「バッドエンド」を回避するための行動をとる決心がついたのです。

(※わたしはただの会社員ですし、実際に人体解剖実験に参加させられていたわけではありません。念のため。)

それほどまでに影響を受けた作品との出会いが「なんとなく風呂場でタイトルが思い浮かんだ」なのはだいぶスピリチュアルですが、この話には続きがあります。

風呂場でわたしの脳裏に「海と毒薬」が閃いた9月29日、それは24回目の周作忌だったのです。そう、遠藤周作の命日です。

きっと、天国の自宅でシャンプーを切らした遠藤周作が、現世のわたしの家のシャンプーを拝借していって、そのお礼として脳裏に自著を宣伝していったのだと思います。

まさに、事実は小説よりも……、ってやつですね。

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