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アキバを楽しめなくなった悲しみ

コロナ禍もあり、ここ数年は連休でも出かけることがなかったのだが、ふと急にアキバに行きたくなった。おそらく、先日ニコニコ動画に久々に触れたことでノスタルジーへの欲求が出てきたのだろうと思う。

「アキバは昔と大きく様変わりした」という言説はよく聞くし、確かに90年代の頃とは大きく変わっている。昼食を採る場所には困らないし、PCパーツショップは減り、通りでメイドが呼び込みをしている。

だが最後に来たのは5~6年前かと思うが、その頃と比べればあまり差が無いように思う。別の言い方をすると、一時期急激に変化したのに比べて、それが停止したという意味では劇的な差かもしれない。アキバが静止した、というべきか。

初めて行ったアキバは輝いて見えて、ジャンクのPCパーツから自分には使い道の分からない電子部品を見るだけで楽しかったものだ。その後興味がゲームへ移ってくると、ゲーセンがたくさんあり、新作のロケテストが行われる主戦場となっていった。形は変わっても、学生時代の私にとってアキバは聖地だった。

それが今回アキバに行ってみると、何もかもネット通販や近郊のゲーセンで済むように見えてしまい、「今時何の意味がある?」と思うようになってしまった。もちろん人通りはまばらではないので、単に私がアキバを楽しめなくなったのだろう。

今の私はとにかく目的達成のために最低限で済ませてばかりで、以前持っていた好奇心やマニアックな興味が無くなっているように思う。ただ、仕事でもゲーム開発でもこれによって状況を打開できているので、前に進むために凡人になったというべきか。

こだわりの強かった人間がそれをやめて普通のやり方をするようになった場合、元のこだわりは「既に捨てたもの」ともいえる。私の場合、アキバにしかないもの、あるいはアキバに行くこと自体が、自分の中で既に捨てたものとして価値がなくなってしまったのかもしれない。

全て持ったままでは先に進めないという時はあるが、その時捨てたものの姿を後で見てしまうと悲しくなる。単にアキバに行っただけなのにそんなことを考えてしまった。

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