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コロナあればこその抱負

ひとまず懐古する

 新年の抱負と言われてもいつも困ってしまう。小学生のころからずっとそうだったように思える。ただまあ教師に反発するような子供でもなかったので、当たり障りのないことばかりを書いていたように思える。「友達と仲良くする」とか、達成率があいまいなものを掲げていたように記憶している。
 中学の時は吹奏楽部があったので「目指せ全国」とか言っていたと思う。その時は本気で思っていたが、認識が甘いので遠く及ばなかった。
 高校進学で本当に全国を狙える吹奏楽部に入部したら指導と称したコールドリーディングめいた無意味な罵倒に辟易して3か月で退部した。そのあとはクラスから浮いたオタクと変人の巣窟みたいな部活で野菜を育てる活動をして過ごした。愉快な日々だったが再び目標とは無縁になった。
 さしたる努力もせず推薦で大学に行った。友人が極めて少なかったが、それなりに交流しながら楽しく過ごしていた。その年代の人の「彼女を作る」みたいな目標も、自分には無理だと切り捨てて考えないようにしていた。
 社会人になった。今年で3年目になる。出世が視野に入る年代ではあるのだが、出世すると裁量労働制になるので怖い。

自分を懐古することで見えてきた。私は社会的な目標を立てるのに向いていないのだ。ただもう一つだけ見えてきた。諦めとぬるま湯の人生の中でずっと寄り添ってきてくれたモノがある。

読書だ。

読書という趣味、もしくはライフワークは小学生から途切れることなく続いているパートナーだ。こいつを軸に目標を立てよう。

結果的に小学生みたいな目標

 今年の目標は、「本を100冊読む」だ。我ながら恥ずかしい気持ちもある。それこそ学生の頃は余裕で達成していた目標でもあるからだ。もはや漫画でも何でも構わないから100冊読んでしまいたいのだ。理由は二つある。

 1つ目は、私が読書管理や感想を投稿するのに使用している「読書メーター」というSNSでは読書記録の年間まとめが作成できるのだが、その結果、今年読んだ冊数が98冊だったのだ。80冊ならそうは思わなかっただろうが、98冊となると3桁に届きたいと悔しい気持ちがわいてくる。

 2つ目の理由、実はこちらのほうが切実なのだが、自宅の蔵書キャパシティが限界を超えているのだ。本棚にはすでに横積み、押し入れにまだ読んでない本までしまい込む始末でもう大変なのだ。でもどれも読む気がないわけではないので、売ったり捨てたりもできない。家にいられるこのコロナを悪用して、たくさん本が読みたいのだ。先ほどの読書メーター曰く、読んでいない本の数は195冊。シリーズものだからと登録を忘れているものがあることは自分が記憶しているので200冊を超すだろう。これでまた今年も面白い本がたくさん発売することを想定すると、読んでいない蔵書は少なくともこの二百冊以下にしたいというのが目標になるだろう。裏目標であり、一番の目標ともいえる。全力でウィズコロナを楽しむしかない。そう思うのだ。

noteでの目標

 せっかくサービスを利用させてもらっているので、noteとしての目標も立てようと思う。まず一つは「有料記事を投稿する」だ。いつでもできるのだが、読まれる読まれないは別にして有料にするのは居丈高にも思えて躊躇してしまっている。私の記事の中で最も閲覧数が多い宗教勧誘についていった話の第2弾でも書ければ有料にする意味もあるのだろが、こちらが構えてしまうと寄ってこないのがなかなか厳しい。コロナのおかげで文章は書きやすい状態が続いているので、2つ目としては「毎月1本投稿する」とでもしておこう。コロナで書きやすくはあるが、コロナのせいで話題には乏しそうなので、読書とも絡められるとよいかもしれない。

いくら引きこもり気質の私でも、この状況がいつまでも続くのが良いとはさすがに思っていない。外へ出れる日々が早く戻ってくることを願っているが、今この状況は変わらないので、せめて楽しもうと思う。

#note書き初め

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