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壁ドン


初めに

配信アプリSPOON内にて行われた独自企画。
匙怪談朗読の夜用に書いた怪談になります。
フリー台本ですがこちらの作品の後に利用についてのお願いのページを貼ってますので御一読お願いします。

本編


        これは入院中の話なんです。
    私は検査入院することになり、一晩だけ病院で過ごすことになりました。
    私ね、病院のベッドで寝てたんですよ。病院の消灯時間を過ぎると特にする事もないし、日頃の疲れもあったのかその日はすぅっと眠れたんですよね。
そしたらね、急にドン!ドン!って大きな音がするんです。
    私、びっくりしましてね。それで目が覚めたんですよ。でも、目が覚めると音がしない。
    あれ?気のせいかなぁ、なんて思ってまた目をつぶって静かに眠ろうとした時にまたドン!ドン!って。
    もうね、深夜の病院は静かでその音だけがやけに響くんですよ。不気味ったらありゃしない。
    そのドン!って音なんですけど、どうも壁を叩く音なんです。
    私がいたのは4人部屋でベッドの頭が壁側に来る訳じゃないですか、ちょうど私のいる方の壁がドンドンと叩かれているようなんですよ。
    これ、もしかしたら隣の部屋の人が病状でも悪化したのかなとかいろいろ考えてナースコールを押そうと思ったんですよね。
そしたら隣のベッドから、「すいませんねぇ」って男の声がするんです。
    私、これにも驚いて一瞬悲鳴をあげそうになりましたよ。
 そんな私にその声がこう続けるんです。
「ナースコールなんか押してもしょうがないですよ。」って。
    私はつい、なんでですか?って聞き返してしまいました。多分、不安からくるものだったんでしょうね。男はこう続けるんです。
「彼はね、私に怒ってるんですよ。」って。
どうもこの男と壁の向こうの人は知り合いみたいなんです。
「彼ね、癇癪持ちでね。何かあるとこんな感じに壁をドンドン叩くんですよ。その度に看護婦さんや先生が飛んできてたんですが、みんな慣れてしまったのか、来なくなっちまいましてね。それで仕方なく私が様子を見に行ったんですよ。」と感情のない声で淡々と話すんですよね。
「最初のうちは、あぁうるさくて眠れやしないなんて思ってたんです。だけどこんな寂しい場所にずっと居てるからか、なんか同情しちまいましてね。看護婦さんも先生もこなし、何かあったら大変だと思うと気が気じゃないですしね。それから壁をドンドン叩かれる度に顔を出すようにしたんです。」
私はその話をじっと聞いていました。
「最初はムスッとした顔で、喉が渇いたとか暑いとか、わがままだらけだったんです。次第に落ち着いて来たのか私が顔をだすと話し相手が欲しかったみたいで色々とお喋りをしましたね。大体は愚痴でしたが。」と抑揚のない声で話す。
「そのうちね、彼が死ぬのが寂しいとか怖いとか言い出したんですよ。そりゃそうですよね。彼は家族がいなくて孤独な身の上。だから私、言ってあげたんです。アンタはまだまだ元気だから死ぬことはない。もし死ぬなら私がちゃんと看取ってやるから、なんて言ってやったんです。」
    少し男が間を置いて続けました。
「その頃からでしょうか、彼も少しづつ元気がなくなって行ったんですよ。」と声のトーンも心做しか低くなったように感じました。
「私ね、それでも毎晩、彼のところに顔出したんですよ。壁をドンドンしなくても顔を出してあげたんです。心配ですからね。そしたらあくる晩にこう言われました。」と、さらに声のトーンが低くなり「変わってくれって。」
    もうこの頃になると嫌な予感しかしないんですが私も続きが気になってしまい、耳を傾ける事しかできませんでした。好奇心と言うやつよりも、ここでこの話を聞かないとなにか不味いことになるんじゃないかって、そんな気がしてたんです。
「変わってくれ。こう言われた私は変わる事は出来ないと伝えました。ただ、あまりにもしつこく聞かれるし、それが鬼気迫るものだったので怖くなりましてね。私、その場から逃げちまったんです。」
だからこうやってドンドン叩くのか、と不思議と変に納得する部分がありました。
「それから私は彼のところに行くのをやめました。ドンドンと叩く壁の音はもうしなくなってたんです。それだけ彼も弱っていたんでしょうが、私には彼のところに行く勇気がなかったんですよ。」とポツリと呟いた。
それからしばらく彼は黙りました。いや、もしかしたらすぐ話し始めたかもしれませんが静かな空間に戻ったからか嫌に長く感じたのかもしれません。そしてこう続けました。
「彼、しばらくして亡くなりました。そのまま弱っていったみたいで、あとから看護婦さんに教えてもらいました。私ね、それを聞いた時に悪い事したなぁって思いました。だって看取ってやると言ったのに、結局私は逃げてしまったんですから。」と彼は言う。
「そしたらね、それからなんですよ。こうやって壁をドンドン、ドンドンと叩くようになったんです。私はドキッとしました。だって彼は亡くなったんですよ?なのにドンドン、ドンドンって。私はいても立ってもいられなくて隣の部屋を覗きました。4人部屋でしたがそこには誰もいません。全てのベッドを確認しましたが誰もいやしないんです。するとね、するとですよ。また壁がドンドン!ドンドン!って。私ね、もう怖くて怖くて気づいたら朝を迎えてました。そのままそこで気絶してたみたいなんです。それから毎晩毎晩、壁をドンドン!ドンドン!って叩くんです。最初は怖くてナースコールで呼び出してたんですが、看護婦さんには聞こえてないみたいなんです。私がどれだけ壁をドンドンと叩かれている事を訴えても聞いてもらえなくてね、そのうち諦めました。」
    そして、彼はこう続けます。
「貴方も決して覗かない方がいいですよ、隣の部屋。気に入られたらずっとずっと、壁をドンドンと叩かれます。いや、もしかしたら隣の部屋と言うよりもこういう場所なら下手に親切にしない方がいいです。私のようになるかもしれません。」
    私はこの男の話を聞いて汗が止まりませんでした。ずっとずっと嫌な汗が流れるんです。
「私ね、彼を怒らせたままなんです。変わってくれと言われたのに変わってあげると言わなかった事。看取ってやると言って看取れ無かった事。そして彼を捨てて逃げてしまった事。全て親切心でやった事なのにこんな目に会うなんて私はどうしたら良かったんでしょうか?」と彼は悲しそうに、寂しそうに呟きました。
「私、いつになったら許してもらえるんでしょうね。もう随分経つのにずっとここから出られないんです。」
    そう言った途端に壁からドンドン!ドンドン!と激しく叩く音がし、私はそのまま気を失っていたようで、気がつくと私は看護師さんに声を掛けられていました。もう窓の向こうはシラケて朝になろうとしていたのをよく覚えてます。
    そして、昨晩起こったことを看護師さんに話しましたが不思議な顔をされ、こう言われました。
「ここの部屋、ほかの方はいませんよ。」って。
    それからは何も無く検査入院を終えたので帰ったのですが、今でも耳に残ってるです。
「下手に親切にしない方がいいですよ。」って言葉と、そして「いつになったら許してもらえるんでしょうね。」という彼の言葉が。

最後に

こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
ご利用の際には以下のページを一読お願いします。

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