雪女郎
はじめに
音声配信アプリ「SPOON」にて行った独自企画匙怪談用に書いたお話です。
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雪女郎
とある雪国の話である。その国にたいそう有名な男がいた。名は仙吉という。この仙吉、何で有名かと言うと、勤勉で仕事もでき、そして裕福な家の跡取り息子というのもあるが、何よりも浮名を流すことで知られていたのだ。
ある時には商いの修行として丁稚奉公に向かい、出向いた先の女将さんに可愛がられ、またある時には水茶屋の看板娘にも見染められるなど、女の噂が絶えなかったのである。 その上、他の国に向かう機会も多く、向かった先でその男振りを見てみたい女が寄ってきたものである。
しかし、仙吉としては面白くない。というのも噂が独り立ちしてある事ない事触れ回られていた。ある時は年頃の娘といい仲になり、いざ自分が仙吉である事を告げるとがっかりされたり、奇異の目で見られたりするのである。そんな事だから仙吉に嫁が出来なかった。親からは早く相手を見つけろと言われるが、この身に覚えのない噂が足を引っ張るのである。
そこで彼が癒しを求めたのが遊郭であった。三味線を聴きながら酒を飲み、そして夜伽の相手と肌を重ねて眠るのである。その時だけは仙吉に向けられる奇異の目もなく、気兼ねなく過ごしていたという。
そんな中、仙吉が気に入ったのが散茶の風花である。歳の頃は十八、初々しく世間を知らない少女の様な振る舞いが殊更仙吉に心の安らぎを与えた。それから仙吉は商いで他所の国に行くと、風花に何かお土産を買うようになっていた。そしてその度に風花は目を輝かせて喜んだそうだ。
しばらくして、仙吉は風花に身請けの話を持ち出した。風花は大変喜んだそうな。身請けの話を持ち出した頃には仙吉も商いが上手くいっており、相変わらず変な噂はあるもののそれ以上に商売上手の仙吉としての名が広がるくらいであった。その商売上手の仙吉が散茶の風花を身請けするという噂が遊郭に広がったのは云うまでもない。
遊郭と言えば華やかな世界に見えて過酷な世界。誰もが花魁になれる訳でもない。なれたとしてもその後に幸せがあるとも限らない。男を喜ばせる事しか知らない女は年季奉公の末、誰かの妾になれるならまだいい。生きる術として夜鷹として生きていくしかない女も後を絶たない。そして誰も知らぬうちに死ぬ。そんな怨嗟響めく花街で幸せな風花を見ていい顔をする者ばかりでは無かった。気位ばかり高い花街の女たち。それはそれは陰湿な虐めが行われたという。
それでも風花は仙吉が身請けをしてくれるという希望があった。だからそんないじめに屈すること無く風花は耐える事が出来た。ただ、心の拠り所はその仙吉。顔を見せてくれたなら、声を聞かせてくれたなら、それだけでどれだけ力強かっただろうか。待てども待てども仙吉が現れなかった。いつしか噂が流れ始めた。仙吉は他所に女を作ったんじゃないか。あの浮名を流した仙吉だ、きっとそうに違いない。そういう噂がまことしやかに流れ始めた。それは風花の耳にわざと聞こえるように話をしている事から根も葉もない噂だと思えた。だが、実際に会いにこない仙吉が異様に不安を煽り、現実味をもたせたのは全て風花の心を抉り、そして弱らせたのは花街における嫉妬の怨嗟だった。
いつか仙吉が迎えに来る。それだけが心の拠り所だった無垢なる少女が他の男と肌を合わせる毎に心をすり減らしたのもあったのかもしれない。いつしか風花は体調を崩し、病に侵されたのは時間の問題だった。
それでも虐めは無くならない。まともな食事も出ず、寝床も雨風を凌ぐのがやっとな納屋に押し込められ、それでも仙吉が迎えに来る事を信じていた。
日に日に風は冷たくなる。そんな冬の初めに風花は亡くなったという。最後まで仙吉を信じて。
初めは仙吉が来ない事で風花を笑っていた遊女達。しかし、風花が亡くなると次第にそんなことは無かったかのように、ただただ華やかな花街に戻って行った。
そんなある晩である。風花がよく男を取っていた座敷の近くでどこからか雪が降ってきた。いや、降ってきたと言うよりも風に流されてきたというのが正しいかもしれない。それが冬の訪れを予感させたのか、一際寒さを強調したかのように思えた。が、この寒さは少し異質だったかもしれない。夜伽の相手を探していた男がふと、目の前を歩く女がいる事に気がついた。はて、こんな時間に外を歩く女がこの花街にいるものかと思い、声をかけてみた。するとその女はゆっくりと振り返り「仙吉様」と呟いた。その顔はやつれ、頬はこけ、髪にツヤなどない、骨と皮だけの様な不気味な女であった。その女がゆっくりとこちら近づき「仙吉様では無い。」と呟いて闇夜に消えていった。それからというもの雪が降ると花街の夜に仙吉を探す女が現れては消えていくという話があちこちで聞こえだした。
これはきっと風花が成仏出来ずに未だ仙吉を探しているのだとすぐに噂がたった。その頃だろうか、風花を虐めていた遊女達が徐々に体調を崩し始めたのだ。あるものは夜伽の最中に風花を見たといい、あるものは夜な夜な仙吉を求める風花の声を聞いたという。そんな事が連日続くと言うのだ。偶然かそれとも呪いなのか、風花を見たという遊女達は次々と楊梅瘡(ようばいそう)を患い、そして亡くなっていったという。
こうなっては堪らないと花街の片隅に祠を建て、風花を祀る事にした。それが功を奏したのか、楊梅瘡を患う者は少なくなっていったが、それでも雪の夜に風花を見たという話は絶えることが無かったようだ。
雪の中、仙吉を探す女。いつしか雪女郎と呼ばれるようになった。その雪女郎がピタと出てこなくなったのはある雪の朝、祠の傍らで冷たくなった男が見つかったというのだ。それからというもの、雪の夜に仙吉を呼ぶ声を聞いた者はいないという。
最後に
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