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濡れた女


初めに

こちらはSPOON内にて行われた独自企画
匙怪談朗読の夜という創作怪談の朗読企画にて書き下ろした作品になります。
フリー台本ですが利用についてのお願いを1番下にリンクを貼ってますので御一読お願いします。

本編

その人はいつの頃かそこに立っていた。
ずっと濡れて、寂しそうに佇み、街の往来を気にする事はなく、そこに立っていた。

その人はいつも夕暮れに立っていた。
夕立が降ろうとも、アスファルトからの熱気を受けようとも、陽炎のように存在が危うかった。

その人はいつも一点を見つめていた。
人通りが多くても、車の往来が多くても、そこに立ち続けて、ただ空虚な視線をその一点に残していた。

その人はいつも悲しそうだった。
どれだけ人で賑わい、蝉時雨に包まれても、顔色変えることもなく、そこに1人で立ち尽くしていた。

僕はいつからその人の事に気付いたのが分からない。
気づいた時にそこにいたのが彼女でした。
いつまでもいつまでも、1人でそこに現れてはいつの間にか消えている。
カンカン照りの日でも、夕立でも、そこに現れる彼女はずぶ濡れに濡れて、いつも寂しそうに佇んでいた。

いつの頃か、彼女の元に花を添えるようになった。
それでも彼女は変わらずに濡れて、寂しくそこに佇んでいる。

彼女がなぜ、濡れているのか?それは想像でしかないが、多分最後の時に濡れていたからなのだろう。雨の中で最後を迎えたのか、それとも違うところで、水難などで亡くなって、何かの縁でここに縛られているのか?
気になって声をかけた事もあるが反応はなかった。

彼女の存在に気づいた頃から1年は過ぎただろうか?
今も彼女に花を添えている。その日はカンカン照りの真夏日でやけに蝉がうるさかった。
僕は彼女に花を供え、いつもの様に手を合わせて帰ろうとした。
そんないつもの何気ない日常だったのに、君は突然口元を歪ませて笑った。
すると突然、ぽつりぽつりと天気雨が降り始めた。
そのぽつりぽつりと降る雨に合わせるようにゆっくりと少しづつ歩き出す君。
それはなんとも不思議な景色でした。

雲ひとつない空から雨が降る。
突然の雨に慌てふためく人々。
その中を歩いていく彼女。
雨足が強まるにして、彼女の走る速度も早くなっていく。
そして慌てふためく人々はまるで彼女に道を譲るように建物や軒下に逃げていく。
彼女が走る先に1人の男性が居た。
横断歩道を待っているのか、特に雨宿りなどで雨から逃げようともしていない。
僕はなせか、彼女を追いかけないとと思って走っていた。
だが、彼女に追いつく前に彼女はまるで抱きつくかのように男に飛びかかり、そしてその衝突は男をそのまま道路に押し出した。
男は飛び出した道路から振り返り、一瞬強ばった表情をし、そしてそのままトラックに跳ねられた。
男が跳ねられたことで周りは騒然となる。
その中心で彼女が立ち尽くしていた。
そして彼女はゆっくりと跳ねられ倒れた男に近づき、抱きしめるような仕草をしながらすぅっと消えていった。

僕はもう、彼女を見ることはないだろう。

気づけば雨は止んでおり、日が傾きかけた空には虹がかっていた。
僕は虹を見上げながら、満足とも寂しさともとれる気持ちが胸を占めた。
周りは跳ねられた男の件で騒がしいはずなのに、やけに蝉の声だけが聞こえていた。

最後に

こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
ご利用の際には以下のページを一読お願いします。

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