年上の貴女

 「お前はいい子だな」と、貴女が僕の頭を撫でてくれたのが、多分、僕が貴女に恋をしたキッカケだったと思います。
 僕がふられて、元気づけてくれて、それだけで気分が良くなって、でも、僕は貴女に何もしてあげれなかった。
 貴女も引きずってたのに、泣いてる貴女を元気づける事が出来なくて、あたふたしてたのが始まり。

「なんでお前は私を避けるの?」と、貴女は僕に泣きながら言いました。
 だって、貴女には新しい恋人がいて、そいつが僕の友達で、僕がまごまごしてるうちに、そいつと付き合って、今までみたいに貴女と一緒にいたら、貴女もあいつも僕も良くないと思ったから、だから、僕は気持ちを抑えようとした。
 それでも、貴女の言葉を聞いた時、僕が目を逸らしたのは、貴女とあいつが付き合った現実でした。

「私、あいつと付き合ってるよ」と告げられた時、僕はあぁ、そうだったなと現実を受けいれました。
 学校が終わって、卒業制作で遅くまで貴女と一緒に居て、どうしようかってなった時に、お互い自転車で通学してたから、貴女を送り届けるつもりで家まで一緒に向かった。
 だから、貴女から帰りどうするの?うち泊まる?と聞かれた時は嬉しかった。でも、そこから続いた言葉が、僕を現実に戻した。
 僕はもう一度、見ていなかった事に目を向け、そして、もう一度、失恋した。

「誰かに褒められたくて…」と泣いた貴女が愛おしかった。
 卒業制作が終わった時、その打ち上げで貴女は寂しそうに1人でいた。あいつは他の人と楽しそうに話してる。だから僕は、お疲れ様!って貴女に声をかけた
 そこから少し話したら、君がポロポロと涙を流して、卒業制作の苦労をぽつりぽつりと話し始めた。
 あぁ、ダメだ。この人はあいつの彼女だ。と、思いながらも、彼女を抱きしめたくて、僕の腕は自然と上がっていく。
 彼女を包み込むように上げた腕を、そのまま僕は抱きしめずに、彼女の頭を撫でて下ろした。
 だって、ここで抱きしめたら、僕は今まで保ってきた貴女と僕との関係を壊してしまう。それは視界の中に入ったあいつにも悪い。

 だから、僕はまた、目をつぶった。

 僕の気持ちに、目をつぶった。

 それから、泣き止んだ貴女と僕が話してるのを見てあいつが来た。
 僕はそっと、その場を後にした。

「東京に出発するから、その前に会おう」って呼び出されたのはバレンタインでした。
 その日はバイトで、無理を言って早めに上がらせて貰って、僕は彼女と会うために足早で待ち合わせに向かう。
 東京行きのバスが出るのが夜の10時で、それまで梅田の地下街を歩きながら、思い出話やあいつとの別れ話の相談や、今もあの人を引きずってることを話してくれた。
「あいつじゃなくて、お前と付き合えてたらな」ってはにかみながら言われた時、僕はドキッとした。

 叶わない恋が叶っていたら、そんな夢が一瞬だけ、目の前を通り過ぎた。

 僕らは時間まで色んな雑貨屋さんを覗いたりして、話して、気づいたらもう地下街を端から端まで2周もしていた。
 貴女が僕に買ってくれたのが、バレンタインのチョコで、僕は大事に、大事に抱えていた。
 僕らが歩き、巡った2周目の地下街も終わりに近づいた。
「じゃ、別れ話、行ってくる」と告げ、そして寂しそうに僕から貴女が離れた。
 僕は彼女のバスの時間だけ聞いて、後で見送りに行く事を伝えて、僕は人混みに消える貴女を見送りました。

「やっぱり、別れられなかった」と笑いながら言う彼女と、目を腫らしたあいつと、そして僕は夜行バスの出発までの間に、2人の経緯を聞かなかったが、あいつの目が腫れているのを見て、何となく察した。
 ほんとに、僕は最後まで貴女に気持ちを言えないままだったなぁと思いながら、彼女に「ハイ、ホワイトデーのお返し!」とバスの中で食べてもらいたくて、クッキーを渡した。僕の最後に出来ることはこんな事しか無かった。
 そして、バスに荷物を積み込む時、貴女が「渡そうと思ってたのがあるの」とカバンを漁り出し、そこから出てきたのは、僕も忘れていた僕のシャツだった。
「お前の匂いがする」と彼女がシャツの匂いを嗅いで渡されたけど、シャツは彼女の匂いがした。僕が見た最後の貴女は、そんなお茶目な貴女でした。
 僕とあいつが見送ったバスは夜の闇に消えていき、そして僕もあいつもその場を後にした。
 帰りの電車の中で、僕はあのチョコを食べながら妙にスッキリした気持ちになっていた。最後まで言えなかった貴女への気持ちは、いつまでも心に閉まっておこうと。
 そして、帰り際、彼女から最後のメールが届いた。

「クッキーありがとう❤お前の事、好きだったぞ!バカ!」


こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
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