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いつも泣かされる絵本

 人にはそれぞれ泣けるツボがある。曲だったり、映像だったり。
一時期『涙活』という言葉が出現するほど泣くことに飢えている現代人にとってこのツボは結構重要だったりする。

 私の思春期の泣けるツボは家族の事のみだった。それも母や祖父母の事に弱い。そういう話題のドラマを見るとだいたいポロポロ泣けてくるものである。ある意味単純だった。
 しかし最近は泣けるツボが増えてきた。色々経験して想起される事が多くなってきたからだろう。

その中でもヨシタケシンスケさんの作った絵本は私のツボを抉ってくる。

このあと どうしちゃおう

 『このあと どうしちゃおう』を読むとそれこそ亡くなった祖父の事を思い出す。私が14歳の時に亡くなった祖父は幸せな人生だったのだろうか。亡くなった後は何をしているのか。天国や地獄を信じているわけではない。ただ、死んだあとの精神はどこに消えていくのかを思う。その時にこの本を読むと救われる。
 祖父は不慮の事故により目が見えなかったが、堅実的で手先が本当に器用な人だった。職人気質で仕事も手を抜かず、自分の納得のいくまで仕事をする人だった。そして頑固ながら良い人だった。
 私は一人目の孫ということもあり、可愛がってくれたほうだと思う。母は怖い人だと言っていたが私にはいつも笑っていた。ただ、今の私の生活をみても祖父は笑ってくれるだろうか。
 私はなにも努力していないと自分で思っている。何をしても続かないし、自分が何をしたいかわからないため努力の所在もない。何より今の人生に納得がいってない。納得がいってないままでは死ねないと思っている。この絵本の少年と同じだ。いつか、この絵本のお祖父さんのように。私の祖父のように死ねるだろうか。
 この本を読んでいるとそんな祖父を思い出す。書いている今も泣きそうだが。。。(笑)

もしものせかい

 生きている以上はどんなときでも取捨選択の毎日。自分ではなるべく可能性を失いたくないため選ばないようにしていても、結局その事を選んでいるし、ほっといた選択はいつの間にか消えている。選ぶことからは逃れられない。そんな自分の選ばなかった『もしも』はこころに積もって、積もって。。。そんな『もしも』に目を向けさせてくれる一冊。
 読んでいる時にわけもなくポロポロ泣けてしまった。

どちらもこどもよりも大人が読んだほうが心に刺さる。
そしてどちらも読んだら泣けると思うので、書店で立ち読みするなら誰も見られていない時に(笑


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