見出し画像

二層式洗濯機のある生活

(習慣ほど恐いものは無い)

広い家にひとり。亡くなった祖父の家にひとりで居る。

世間から怠け病と言われる、怠けているのだろうかと考える生活。実家で飼っていた犬を連れてきて暮らしている。私に生じる雑念は、犬の世話で立ち消える。毎日決まった時間にゴソゴソと起き出す犬をトイレに連れ出して、散歩。エサをやる。アレルギー持ちのこの犬の食事はまさにエサと言うべきで、もっと良いものを食べさせたいと思う。庭に繋いでやる。日向ぼっこ。それを見ながら洗濯物を干すのに手を動かす。

祖父の使っていた洗濯機は20年選手の二層式で、洗いと濯ぎのあと、脱水機に洗い物を移してスイッチを押す。この脱水機への詰め方を適切に行わないと、少々問題が起きる。適切な詰め方というのは、平らにならして重さのバランスを整えること。問題というのは、上手く詰めないと、ほうら、脱水の振動と共に、洗濯機が歩き出す。

犬はこの振動を嫌って逃げていく。私はどうしても洗濯物をうまく詰める事ができなくて、この二層式洗濯機のことを自走式洗濯機と揶揄してみるのだけれど、そもそも自分が下手くそなのがいけない。

ところで犬は布団が好きだ。すぐ庭に持って出てしまうから、すぐに洗濯することになる。洗濯機にお気に入りを押し込む。犬が前脚をかけて中を見ている。もう何度目になるか分からない哀れな表情をした犬。すまんなと、これまた何度目になるか分からない謝罪を口にしてスイッチを押す。

ブンッと言って回り出す洗濯機。今日は心身ともに調子が悪くて、洗濯機の横にへたり込む。こんな時決まって犬は側にいる。そういう生活を送っている。そうこうしていると洗いと濯ぎを終えて、脱水機の出番。犬はさっと逃げていく。今日も今日とて自走する洗濯機。

ガタガタと足踏みする洗濯機を眺めながら考える。いつまでこんな生活をするのだろう。犬と二層式洗濯機がある生活は、そんなに悪くもなくて、だけれど自分は怠けているのだろうかと考える。


最近、実家の家族がこの家に引っ越したらしい。私は犬が亡くなってしばらくしてから広島に移り住んだ。

あの二層式洗濯機を、いまは母が使っている。もう30年選手になっている。母は上手いことやるようで、洗濯機が自走する事はないそうだ。

あの生活を思い出してみると、陽だまりの中で昼寝する犬とガタガタと足踏みする洗濯機が思い起こされて、どうしようもなく懐かしい。

二層式洗濯機のある生活を、心が折れそうな時思い起こして、洗われ行く布団を悲しげに見つめる犬を思い起こして、今日、少し頑張れる。


__________________________________

二層式洗濯機のある生活。習慣になっていたもので、洗濯機が自走する事がどれだけおかしな事か、あの時の私はまるで分かっていませんでした。
お題で頂いた「習慣ほど怖いものは無い」で、思い出して、思い出したらそれを書かずにおれなんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?