ボルネオ

「これらは恐らく違法伐採されたものでありまして海外に輸出されるのでしょう」
ガイドは大型のトラックに何本も載せられた20m程度の木材を指して言った。僕らはエコツアーという形でボルネオに来ていた。ボルネオの自然を体験し生き物や自然環境の保護の重要性を教わる。僕らはバスの移動中たまたまトイレ休憩として停車した場所でそのような話を聞いていた。木材を載せたトラックは何台か停車していて、日本から遠く離れたマレーシアで大量の木材が伐採されていることを実感する。やっと夫の浮気現場を押さえた妻のようにその逢引き現場の写真をせっせと撮る。パシャリ。同行者はピースしてフレーム内に映り込んでくる。パシャリ。スマホの無味乾燥なシャッター音が響く。切り取られたプロパガンダ。僕は尿意を感じなかったので時間つぶしに辺りを散策することにした。木々は生い茂り花は咲き蝶が舞う。コンクリートの道路の脇には側溝があり水がちろちろと流れていた。日本の田舎道となんら変わりない風景があった。何も目新しいものはない。やがて集合の合図があり一同はバスに戻るよう指示された。僕もバスに戻ろうと歩いていたらうっかり泥濘に足を突っ込んでしまった。雨上がりの校庭のような粘り気のある泥濘で足の甲まで泥がべっとりとついた。このままバスに乗るわけにもいかずどうしたものかと思案していたところ公園にあるような蛇口を見つけた。蛇口はテーブルと簡単なキッチンが組み合わさった屋根付きの建物の近くにあり、そこにいる人に使えるか聞いてみることにした。
「Excuse me, can I use this?」
テーブルを囲んでいた3人がこちらを振り向いたが、英語が通じないのか困惑した表情をしていた。おそらくマレー語だろう。3人はなにか喋っていたが僕には分からなかった。僕は泥まみれの靴を指差しそれから蛇口を指差して手を合わせた。煙草を吸っているおじさんが笑って蛇口を指差しながらマレー語で何か言った。言葉は分からないがOKということだろう。僕は軽くお辞儀してありがとうと言った。言語が通じないのだから日本語も英語も同じだ。何も言わないよりかは何か言った方が良いだろう。おじさんも僕の背中を叩いてマレー語で何か言っていた。僕は言葉が通じなくても意思疎通できるという当たり前の事実に感動していた。おじさんは言葉が通じないことは何でもないかのように僕にマレー語で話しかけてきたし、僕はその空気感で意志疎通していた。ただひたすら対等で純粋な人と人の交流であった。巡礼中の修行僧が通りかかった農家で一杯の水を貰うときのような清らかで素朴な場。僕は蛇口で靴についた泥を洗い流し、笑顔で彼らに手を振ってこの場を後にした。

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