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「居る」という幻

目を瞑って、わたしはひとりになる。
わたしという輪郭が消える。
風が体を伝って、音が体に反射して、かろうじて「わたし」がいる感覚がする。
「居る」とは、どれだけ不安定なことか。

初めて自然の川に行った。
水面が光って、川底が透けている。
足を浸すとかなり冷たくて、表面を滑っていく水の力に驚かされる。
近くの岩に腰掛けて、両手と両足を浸してみる。
目を瞑る。
揺れる木の葉の擦れる音が、すぐそこに感じる。
仲間の声は遠くなる。
指の間を通る水が、かろうじてわたしを世界から分つ。

無意味の中に生きている。感じがする。
今日もわたしが目覚めてしまったことに気づいて、ここから何をしたら良いのか、どうして。
天を仰ぐ。
葉が揺れる。
風が吹く。
誰かが居てくれている、そんな気がする。
まだ何かある気がして、今日も動いてみる。
昨日の続きに居るのかどうかもわからないまま、今日を生きてみる。

誰かを大切にしてしまうことで怖くなってしまう今がある。
取り憑いて離れない過去を意味づけるために今を使う。
わたしはどこに居るのか。
わからない。
あなたと明らかに隔絶されたわたしを、扱いきれず、潤せずにいる。
痛むたびに、迷っているんだと思い出す、言い聞かせる。
帰り道を探す。
羅針盤をここに決めたわたしだからと、言い聞かせる。

ひとりになるために輪郭を溶かす。
目を瞑る。
わたしになる。
生きている。


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