実セ判定の難しさについて「実質セックスとは?」2

前回まで

既出実セの類型 

相感そうかん
精神的な繋がりにより妊娠或いは出産に至る
例)伏姫と八房

二人兄弟物語

主人公のアヌビス、バタの兄弟はいずれも神の名前だ。アヌビスは死の神としてジャッカルの頭をした人体で出てくる。バタの方はより無名な神だが、本来は農業や牧畜の神であったらしい。(中略)
仲の良い二人の兄弟が、兄の妻のたくらみで仲たがいする。レバノンまで家出した弟は隠遁生活に入るが、それを気の毒に思った神々が作ってくれた妻のおかげで死ぬ。心配した兄に助けられた弟は魔法を駆使して敵討ちをし、ファラオになる

古代エジプト 失われた世界の解読p.142
笈川博一
1990年8月25日初版
中央公論社

物語の中でバタの妻はファラオに協力してバタを殺し、ファラオの王妃となる。
その後バタは牛になるのだが、これを知った王妃はファラオに牛(バタ)を殺させる。
牛(バタ)は殺された後、運ばれようとする時に首を振り、2滴の血を落とす。すると、その血から大きな木が生えてくる。
木(バタ)に気づいた王妃は再度ファラオに木(バタ)を切ら(殺さ)せようとする。
そして以下に続く。

しばらくたってから陛下はよい建具師を遣わした。彼らはこれらの木をファラオのために切った。王妃はそれを立って見ていた。すると木片が跳んで王妃の口に入った。彼女はそれを飲み込み、即座に妊娠した。(中略)彼女は男の子を産んだ。

古代エジプト 失われた世界の解読p.154
笈川博一
1990年8月25日初版
中央公論社

上記が問題の箇所だ。


状況だけで言えば、
王妃は元夫であるバタ(木)を殺そうとした。その際に切られたバタ(木)の木片が王妃の口に入り、それを飲み込むことで王妃は妊娠してしまった。

これは実質セックスと言って良いか?

確かに、直接的な交合なしにして妊娠し、男の子を出産している。であれば実質セックスと見ても良いだろうが、伏姫の場合とは大きく異なる状況だ。
伏姫も八房との間に子を成すつもりは無かったし、王妃もバタ(木)との子を成すつもりなどない
どちらも望まぬ妊娠なのだ。

元々バタの妻であった王妃は夫であったバタを裏切っている。バタも最後に彼女を裁くことになるので伏姫基準は適用できないであろう。
バタの方には強い感情があるように思えるものの、どう見てもお互いを思い合うような絆は存在しない

だが確かに妊娠出産している
やはりこれは伏姫とはまた異なる実セなのだろう。
条件をみると、
1、他方(甲)が他方(乙)に強い感情を抱く
2、甲の体の一部を乙が取り込む
3、妊娠或いは出産に準ずる結果を生む


ということになり、
「相手の体の一部を取り込んだことによる妊娠」
と言える。当然だが、尋常ではない取り込み方でなければならない。
言葉の上では通常のセックスも当てはまるからだ。

この類型は伏姫の場合と異なり、物理的な前兆ぜんちょうを伴う。名前をつけたいところだが、良い名が浮かばないので、仮に「寄生型」としておきたい。
何故なら、相手の一部を取り込むにしても、母体側の意思によらず、妊娠させられたようなものだからだ。この類型は逆パターンも予想される
また冒頭にも書いたが、便宜上、伏姫基準を今後は「相感型そうかんがた」と呼びたい。精神的な絆が妊娠原因にあるからだ。

余談だが、バタがレバノンに逃げ込むことになったのは兄嫁のせいだと書いた。
その具体的なエピソードはこうだ、

兄嫁がバタを誘惑しようとし、バタに断られる。怒った兄嫁は暴力を受けたように偽装して、夫であるバタの兄に泣きつく。
「バタに迫られたので断ったら、告げ口しないように殴られた」というような事を夫のアヌビスに言う。
ちなみにその際、バタが断る時に説いた倫理を自分がバタに説いたことにしている。

このエピソードをどこかで聞いたことがあると思った。思い出してみると、
エウリピデス「ヒッポリュトス」という作品に似たようなシーンがあることに気づいた。
ヒッポリュトスギリシャ神話をモデルにした作品二人兄弟物語エジプト新王国時代(西暦紀元前1000〜1500頃)の作品とみられるので、時代は離れるが地理的には関わりが深く関連性は気になるところだ。
ちなみに引用及び参考文献の著者(笈川博一)は、旧約聖書の創世記三十九章のヨセフ物語との共通点を指摘している。


参考文献
古代エジプト 失われた世界の解読
笈川博一
1990年8月25日
中央公論社


エンキとニンフルサグ

シュメルの水の神であるエンキの話だ。彼はディルムンの国で妻であるニンフルサグと交わる。彼女にとっての一日は人の一月なので、九ヶ月でニンムが生まれる。ここのは通常と交合である。そして、すぐに乙女となったニンムにその辺りをうろついていたエンキが惹かれる。
エンキとニンムは交わり、ニン[クルラ]が生まれる。またしてもすぐに乙女になったニンクルラだが、やはり辺りをうろついていたエンキが惹かれる。そして、エンキとニンクルラは交わりウットゥが生まれる。(このウットゥは機織の女神であり、太陽神のウトゥとは異なる)
このあたりでニンフルサグが現れてウットゥに忠告をする。その内容は、辺りをうろついているエンキに簡単に手篭てごめにされないようモノを要求しろ、というものだ。だがエンキはそれを用意してウットゥの前に現れ、ウットゥと交わった。

エンキはウットゥのほとに子種を注いだ。彼女はほとの中に子種を受け入れた。
エンキの子種を。
〈かわいい〉女性ウットゥとともに[    ]。

(しかし)ニンフルサグはその子種を(ウットゥの)腿から[取り出(?)]した。
(こうして、ウットゥが子供を産む代りに)、[giš-草が]芽を出した。
[蜜草が]芽を出した。
[  草が]芽を出した。
[  草が]芽を出した。
[  草が]芽を出した。
[アムハラ草が芽を出した。]
[桂皮樹が]芽を出した。

古代オリエント集p.20
筑摩世界文學大系1
1978年4月30日 初版第1刷発行
筑摩書房

さて、ここで言う「ほと」とは女性器のことを指すので、子種をほとに注ぐとは通常の交合を言う。問題はその後だ。ニンフルサグはウットゥからエンキが注いだ子種を取り出すももからなのはよくわからないが今回はそこは問題ではない。文脈と脚注きゃくちゅうからして、ニンフルサグは取り出した子種をたのだ。そして植物が芽を出す。

ちなみに、この後エンキは生まれた植物を食べてしまう。そして怒ったニンフルサグはエンキを呪い、去ってしまう。

これは実質セックスなのではないか?
しかしながら今回は、これまでと条件が異なる

1、直接の交合がない
2、出産に準ずる結果が生じていること
3、母体内で妊娠していないこと

一見、取り出された子種と大地のセックスに見えるが、「ウットゥとエンキの子供を代りに大地が生んでいる」とも見える。
だが、ニンフルサグは国土の母と表現されており、以前にニンフルサグとエンキの子として生まれたニンム註釈ちゅうしゃく32に

ニンサルまたはニンニスィグとも解せる。「植物・青野菜の貴婦人」の意。

古代オリエント集p.18
筑摩世界文學大系1

と記されている。
であれば生まれた8つの植物はニンフルサグとエンキの子であると解釈できる。

ウットゥとエンキの子であるなら、大地は代理母であるが、ニンフルサグの性質生まれた植物を食べてしまったエンキを呪ったことから考えるなら、ニンフルサグとエンキの子であると解するべきだろう。

そうなれば、これは実質セックスだと言える。

だが「相手の一部を取り込むことによる出産」ではあるが、先の「寄生型」と違うのは意思の有無だ。
エンキの子種を大地に蒔くことはニンフルサグが望んだことなのだ。
だからこのパターンは「摂取型せっしゅがた」と呼べるだろう。「相手の一部を望んで取り込むことによる妊娠或いは出産」だからだ。

この後の展開だが、エンキが衰弱していると困る神々は、なんとかニンフルサグを探そうとする。そこに狐が現れて、エンリルに対して自分(狐)がニンフルサグを探してくることを提案する。褒美と引き換えに狐はニンフルサグを連れてくる。ニンフルサグはエンキの治療をするために、8柱の神を生んでエンキを苦しめる8つの患部を癒す。そしてエンキは功績のある8柱の神に役割を与える。


参考文献
古代オリエント集
筑摩世界文學大系1
1978年4月30日 初版第1刷発行
筑摩書房


今回はここまで。

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