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【エッセイ】つめてえ弁当は美味しゅうございます

※今回は読んでいただく皆さまが納得のいく話ではないと思いますので、不満がある方はぜひコメントに残してください。読んでせせら笑います。

私が20代前半のまだまだ目が死んでいなかった会社員の頃の話です。
会社は東京ど真ん中のオフィス街にあり、お昼になると街はホワイトシャツのおじさんたちにまみれます。
私は一時期、お弁当を作って会議室で食すなどという女子力を見せつけていたのですが、仕事が少し忙しくなると「家は寝る場所」という社会の常識に飲まれ、だんだんと外食や買い弁するのが増えていきました。
中でも多かったのが近所のお弁当屋さん。
近所に人気があるお弁当屋さんがあり、当時は290円でほかほかごはんのお弁当が買えました。
おかずだけ入ってるお弁当を持っていくと、レジ横でおばちゃまに「ごはんどれくらい?」と量を聞かれて「よーし、今日は大盛りにしちゃうぞ!」なんて答えると蓋が閉めきれないほどごはんを詰めてもらえます。
唐揚げ、中華、焼肉、餃子、チャーハンとなんでも290円で、一帯の会社の従業員は「お弁当を買う」といったらそこのお弁当屋さんに行くことをいうくらいみんなが通っていました。

転機は唐突に訪れました。

330円。
330円になったのです。不景気です。
不景気のやつがやりやがりました。
しかし、冷静に考えたらおかしいのはこっちの方です。
290円で炊きたてごはん、主菜に副菜2つとお漬物。こんなの最初がおかしかったのです。
330円になってもそのお弁当屋さんは繁盛していました。
当然です。おかしいのはこちらだったのです。
そう、おかしいのは。こちら……


~ある時~
若い頃のぼく「今日は生姜焼きにするのだ。これくださいなのだ!」
お弁当屋しゃん「420円」
ぼく「え?」
弁当「420円」
ぼく「……よんひゃ?」(こぼれ落ちる100円玉3枚と10円玉3枚)
弁当「420円。もういい?」

しかもなぜか、お弁当がごはんに既に入っています。
レジ横の釜はなくなって。
冷たいごはんがしゅっと。
既にしゅっと鎮座しているんです。収まってる。蓋もきちんとはまっている。
こんなにも。
こんなにも不景気はお弁当屋さんにダメージを与えるのか。
私は泣きました。
お弁当屋さんは悪くありません。
不景気が悪いのです。
そして我々。
290円でお腹いっぱいになるというふざけた常識に慣れた客と、不景気がすべて悪いのです。
でも現実は残酷です。
そのお弁当屋さんは潰れました。
思ったより早く潰れました。
私は420円になったも通い続けたのですが、前と比べ目に見えて行列していないことは気づいていました。
昔は12:10に会社を出ようものなら10分以上は待たなければいけなかったのに。
今は12:30に行っても並ばずに買えてしまいます。
盛者必衰。
私はこの言葉の意味を、初めて経験で知ったのです。


そういえばタイトルの話を忘れていました。
そのお弁当屋さんのお弁当が冷たくなった後のお話です。
私と一緒にそのお弁当屋さんに行って、一緒に会議室で食事をする営業の先輩がいました。
私はエンジニアなので直属の先輩ではないのですが、お酒も好き食事も好きでエンジニアの陰湿で陰陰している空気を笑い声で晴らしてくれる元気な営業のお兄さん、という感じで慕っておりました。
あちらも「気軽に誘える飲み仲間」という感じで何度も仕事終わりに飲みに連れて行ってくれました。
私はそのお兄さんと仲が良いというだけで一つ、社会人としてステップアップしたような気になっていました。

しかし、そのお兄さんの行動で、一点気になることがありました。
お弁当を温めないのです。
お弁当屋さんの備え付けのレンジも、社内の共有レンジもつかわず、一緒に冷たい420円弁当を買いに行き、そのお弁当を温めようと流し場に行ってる間に、気づくと会議室で食べ始めているんです。
面倒なのかな、と思い「一緒に温めてきますよ」と言ってもお兄さんは「いやいいよ」と断るのです。
食事に時間をかけるのが嫌というわけでも、食にこだわりが無いわけでもありません。現に、食べ終わったら会議室で雑談などの興じるのが大好きなお兄さんです。連れて行ってくれる飲み屋は雑多なチェーン店ではなく「安くて美味しい」を主軸にした素敵なお店です。
数度スルーしましたが、私はお兄さんに聞いてみました。
「なんでお弁当温めないんです? 温かいほうが美味しくないですか?」
お兄さんはこう答えました。
「これは、このままがいいんだよ」

???です。
???ですよそんなの。
皆さまも???ですよね。だって、温かいほうが美味しいのに。
冷たいよりは温かいほうが、絶対に良いのに。
何を言ってるんだろう。
その後、お兄さんは独立するため会社を辞めていきました。
仕事仲間が辞めて泣きそうになったのはそのお兄さんが初めてです。
ここから私の社畜ブラックうつ病生活が始まるのですが、それはさておき。
お兄さんは私にお弁当をつめたいまま食べる理由を言わず、去っていきました。
お兄さん、独立は大変な道ですが、今も頑張っているのでしょうか。
今も元気に笑っていたらいいな。



そして今の私は。
30代になった今の私は。
お弁当は温めず、冷たいまま頂いております。
スーパーで買ってきたお弁当。
お昼に作られたものなので夕方には10%オフのシールが貼られております。
それを私は華麗にカゴにぶちこみ、自宅に戻り、一息ついてソーダストリームをぼこぼこいわせます。
そしてお弁当の蓋をあけ、いただきます。
今日もつめてえ弁当が美味しゅうございます。


え?
「なぜお弁当をつめたいまま食べるの?」ですか?
はあ、理由は簡単です。
「これは、このままがいい」からです。
他に理由が必要ですか?
これがいいんです。
今、私が理由を説明してしまったら。
お兄さんの「このままがいい」を説明することになってしまいます。
それはいけません。なんとも「粋」ではないのです。

だから私はお弁当をつめてえままいただくのでございます。
おすすめはしません。
ただ、一度やってみると良いと思います。
「冷たいままのほうがおいしい」
「冷たいと血糖値があがりづらい」
「温めるのが面倒だ」
どれなんでしょうね? 
理由はあるんですかね?
ぜひ、一度やってみてください。
それでは、よいつめてえ弁当ライフを。

サポートという機能があるのに初めて気づきました。みなさんもそうだと思うのでぜひ私のエッセイで試してよいですよ。お願いします。