見出し画像

ぼくの母校は赤珊瑚〜都立工芸高校物語〜

第四色:Fとの放課後

工芸は学科の特殊さから、都立高校としては珍しく都内全域から生徒が集まる。なので出身中学が同じ人のいる割合は非常に低く、出身中学も学科も同じという人はほぼ皆無である。
実際、ぼくのクラスも全員が初対面からのスタートだったので、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
ぼくはクラス全員とすぐに打ち解けられたわけではなかったが、それでも同じ装飾班の男子とはすぐに打ち解けた。中でもFとは、趣味が同じで境遇も近いこともあって非常に仲良くなった。
ある日の放課後、ぼくは教室に残って男子数人で駄弁っていた。ゲーセンの話になり、最近は行ってないけどたまにはいいよねといった話になった。結局、また今度行こうねと話はそこで終わってしまったのだが、帰ろうとすると、ゲーセンの話を聞いていたFはぼくに、今からゲーセンに行かないか?と声をかけてきた。これがFとの出会いである。
全く関わりのない人であれば適当な理由をつけて断っただろう。しかし、このとき関わりはなかったとはいえ、Fが装飾班の人であることはうっすらと記憶にあった。どんな人かはほとんど知らなかった。だが、3年間同じクラスで過ごすわけだし、なにより装飾班では否が応でも関わるわけだからと、特にゲーセンに行く気はなかったが非常に打算的な理由でぼくはOKした。
水道橋から秋葉原のゲーセンへ向かう道中、Fとぼくは世間話はしたが、特にそれ以上の話をしたわけではなかった。
秋葉原のゲーセンに着くと、Fは慣れた足取りで目当ての筐体へ向かった。ぼくはFについていって、流されるま約10年ぶりにレースゲームの席に座り、そのままFと勝負することになった。普段遊ばないゲームで遊ぶわけだから右も左もわからない。とにかくアクセルを踏み続け、カーブが来たらハンドルを切るという”作業“を繰り返した。2回勝負したが、もちろんぼくは2回とも惨敗だった。どうやらFは、中学時代から学校帰りにゲーセンに立ち寄っては、欠かさず頭文字Dをプレイしていた手慣れだった。そりゃ敵うまい。
Fは今日はありがとうとぼくに言い、ぼくもこちらこそとだけいい、2人はそれ以上喋ることもなく秋葉原の駅から帰路についた。
こうしてほぼ初対面の2人が、特に話すわけでもなくゲーセンに行って遊ぶ(というかぼくはフルボッコにされる)奇妙な放課後が終わった。
その後、Fとぼくは教室内や放課後に喋るようになったわけではない。転機になったのは、この奇妙な放課後の少しあと、体育祭の練習のときである。(ぼくが練習に参加した記憶はないが、体育祭の練習の時間に友達と喋っていた記憶はある。詳しくは第二色を参照。)
ぼくはF以外の装飾班の友人たちと駄弁っていたが、Fが1人でスマホをいじっているのを見て、なんとなく声をかけてみた。Fはスマホをいじる手を止めると、この前はありがとうと一言言って、再びスマホに手を伸ばした。ぼくはすかさず、Fにあっちでみんなで遊んでるが来ないか?と誘ってみた。Fは何やってるのと怪訝そうに聞いてきたが、ぼくはペットボトルをどれだけ積めるかチャレンジしていると言った。いつの時代も男子高校生はバカなのである。だが、この男子高校生らしいバカ具合がFにウケたのか、Fは乗り気になって俺のペットボトルも貸すよと参加してきた。この日を境にFとぼくは教室内でも喋るようになっていった。


ペットボトルチャレンジをするF

もう一つ、Fとぼくにはエピソードがある。ぼくは入学当初の委員会決めのとき、新聞委員を選んだ。委員会は通常学年が変わるときに新たに決め直すのだが、新聞委員は3年間同じ人が務めることになっていた。ぼくは毎年決め直すのはめんどくさいし、年2回しか仕事がなくて楽という極めて堕落的な理由で新聞委員を選んだ。初回委員会のときに、同じクラスの新聞委員が男子であることはわかったが、これが誰なのかということは把握しなかった。そして体育祭が終わり、体育祭記事を書くために委員会に参加するとそこにはFがいた。どうやら誰かわからなかった新聞委員の男子の正体はFだったらしい。教科書のようなラブコメ展開である。こうして公私共にFと関わるようになり、ぼくとFはさらに仲良くなっていった。Fと仲良くなってから、ぼくは放課後になると決まってFと秋葉原のゲーセンで遊ぶようになった。工芸は定時制がある都合上、よほどのことがない限り17時には完全下校になる。入学当初、ぼくはできるだけ17時まで学校に残って課題を進めていたが、Fと遊ぶようになってからは、授業が終わると課題そっちのけで最速で秋葉原に向かうことに心血を注ぐようになった。毎日毎日2人でゲーセンに向かう姿を見て、友人の1人はぼくたちにこう聞いてきた。
「お前らさあ、なんでそんなに早く帰ろうとするんだよ?」。Fは答えた。
「下校(ゲーセン)するために登校してるんだよ」。

はじめから読む


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

最後まで読んでいただきありがとうございます。 記事がおもしろいと思った方、工芸高校を応援したくなった方はぜひサポートをお願いします! いただいたサポートは半分を活動費に、もう半分は工芸高校への寄付として使わせていただきます。