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Traveler's Voice #12|小川優子

Traveler's Voice について

Traveler's Voice は特別招待ゲストの方からエスパシオに泊まった感想をインタビューし、読者のもとへ届ける連載記事です。この企画の目的は”自分ではない誰か”の体験を通して、エスパシオを多角的に知っていただくことと、ゲストが日頃行っている活動を合わせて紹介するふたつの側面を持っています。ご存じの方も多いと思いますが、エスパシオは「いつか立派な観光ホテルになる」と心に誓った山口市にあるラブホテルです。この先どんなホテルに育っていくのか、まだ出発地点に立ったばかりですが、この企画を通してゲストの過ごし方や価値観を知り、計画にフィードバックしたいと考えています。インタビュアー、執筆、カメラマンを務めるのは「エスパシオ観光ホテル化計画・OVEL」を進めているプロデューサーの荒木です。それではインタビューをお楽しみください。                              


ゲスト紹介

Travelers Voice 第12回目のゲストは小川優子さんです。小川さんは萩市のレストラン「舸子(かこ)176」で親しみの深い「浜崎二ッ櫂船旗(はまさきふたつがいせんき)」のマネージャーを務めながら、伝統的建造物保存地区である浜崎エリアの街づくりの活動に取り組んでいます。日々、日本文化と向き合う小川さんからエスパシオはどのように見えるのでしょうか。旅、文化、習慣、それらの価値について多角的聞いてみたいと思います。


小川さんが泊まったお部屋紹介

小川さんに宿泊していただいたお部屋は503号室です。広々とした空間にゆったり家具が配置された、エスパシオのスタンダードルームです。

右90度回転させると解釈が変わるアート

インタビュー

Araki:おはようございます。今日は萩からお越しいただきありがとうございます。先日は「舸子(かこ)176」の素敵な空間を案内していただきありがとうございました。いつもの生活空間とは真逆であるエスパシオに泊まってみていかがでしたか。

Ogawa:久しぶりにゆっくり過ごさせていただきました。昨日は15時にチェックインして4時間ほど光の入る明るい時間を過ごさせてもらい、夕食はお勧めしてくれた湯田にあるニジノアトに行ってきました。見た目はとてもカジュアルながらお料理はかなりプロフェッショナルで、あのお店素敵ですね。部屋に戻ってきたのは21時くらいだったかなあ、そこから眠るまでの4時間は、備え付けのレコードを聴いたり、最近はじめたコーチングの勉強をしたり、とても静かで落ち着く雰囲気のなかで久しぶりに自分だけの時間に集中することができました。なんだろう、萩から山口まで来てお昼を食べた時間と、ここで過ごした時間が同じ時間軸にあるとはとても思えなくて、部屋に入るとさっきまで山口にいたことをつい忘れてしまう、とても不思議な体験でした。

Araki:なるほど、それもきっと非日常体験の一部なんでしょうね。非日常という言葉は25年くらい前からよく使われるようになったキーワードだと記憶していますが、日常をアップデートすることに価値がシフトしだした15年くらい前に”ああ、この言葉もきっと風化するんだろうな”と考えていました。けれども今でもよく耳にする言葉として残っていて、残ってはいるけど当時使われていた意味とは少し違ってきているように思えます。小川さんにとっての非日常について教えてください。

Ogawa:非日常と関係しているのか分かりませんが、私の旅に対する価値観に置き換えると、異文化に触れることだと思っています。「文化」というとショーケースに入った立派なもののように感じてしまいますが、私の言う”異文化”はその土地に根ざした何気ない生活習慣のようなものです。私は旅先でスーパーに行くことが大好きなんですけど 笑、国によって並んでいるものや配置も違うしパッケージのデザインも異なります。何故だかわからないけどそういうものに出会うとわくわくするんですよね 笑。もちろんそれは人とのコミュニケーションにも当てはまることで、私が旅をする理由はそういった”異なるもの”に触れることに強く魅力を感じているからかもしれません。おそらく、それが私の求めている非日常です。

アート鑑賞する小川さん

Araki:多様さを発見すること、そこに楽しみを感じているんですね。

Ogawa:そうだと思います。今思えばそれは一人旅をするようになってから気がついたことかもしれません。実は大阪の百貨店勤務時代に疲弊して、そこから一人旅をするようになったんですけど、旅先で出会う人と話す中で、ひとそれぞれ色んな人生があることを知りました。そんななか偶然ゲストハウス”ruco”の求人を見つけて萩にやってきたのが2015年のことです。あれからもう10年も経っているのかと思うといろいろ感慨深いです。

Araki:萩はrucoがきっかけだったんですね。今は「はぎ地域資産」が運営する「浜崎二ッ櫂船旗(はまさきふたつがいせんき)」で「閂(かんぬき)168」「舸子(かこ)176」「廻(かい)69」のマネージャーをされていますが、そこまでたどり着いた経緯を教えてください。

Ogawa:rucoにはヘルパーとして3ヶ月間働きました。その3ヶ月で萩がめちゃくちゃ好きになってしまって 笑、もともと海のない奈良県で生まれ育ったから海の近い環境に惹かれたこともあるけど、その土地に根ざした暮らし方や出会った人の影響は大きいと思います。rucoで働くようになったタイミングで萩にパン屋を開業しようとしている昌代さんとも出会って、開業のお手伝いもさせていただきました。それがyuQuriというパン屋さんです。はじめは3ヶ月で帰るつもりが気がつくと昌代さんと共同生活を始めることになっていました 笑。そこからは、萩に住み続けるためにしばらくコンビニでアルバイトしていたんですけど、流石に”いやいやこれでいいのか”と自問自答するようになって 笑、一度頭を冷やすために奈良へ帰還しました。でも一度好きになってしまった萩をどうしても忘れることができなくて、月に一度萩に足を運ぶ往復生活がはじまります 笑。そこで偶然出会うことができたのが今わたしが勤めている「はぎ地域資産」という会社です。もうほんとに感謝しかありません 笑。

Araki:よかったですね~ 笑。偶然とは言え、幸運が舞い込むだけの行動を続けていたから結果を出すことができたのかもしれませんね。勤め先となった「はぎ地域資産」の浜崎二ッ櫂船旗はどんな施設ですか。

Ogawa:浜崎二ッ櫂船旗はブランド名であり施設全体を総称する名前で、「閂(かんぬき)168」という一棟貸しの宿、「舸子(かこ)176」というレストラン、「廻(かい)69」というイベントスペース、この3つを運営しています。3店舗とも同じエリアにあることもあって、街の人からは一番目立っている「舸子(かこ)176」という名前で親しまれていると思います。浜崎二ッ櫂船旗は鎌倉の「はぎ地域資産」という会社が運営しており、萩の浜崎エリアを活性化するために立ち上がった会社です。「はぎ地域資産」は「b-note」という鎌倉でウェディングやレストランを経営する会社から派生したもので、鎌倉で培ったノウハウを活かしつつ”萩らしさ”を育てるための取り組みをしています。といっても私たちだけで街をつくれるはずもないので、昔から浜崎エリアを管理している「浜崎しっちょる会」や山口大学と手を取り合って、浜崎エリアの未来を考えています。とはいえこの大きなプロジェクトを一度に実行したわけでもなく、「浜崎二ッ櫂船旗」という施設ができるまでにはいくつかのステップがありました。2018年に「いり吉」という鍋料理の開業からはじまり、次に「閂(かんぬき)168」という一棟貸し宿の開業、徐々に徐々にという流れでようやく「舸子(かこ)176」というレストランの開業まで辿り着きました。2022年に開業したレストランも2年が経過して、今年になって新しくグランシェフを迎えることができたことで、茶寮とフランス料理店へと生まれ変わることができました。組織も経緯もなんだか複雑ですよね 笑。

Araki:なるほど、小川さんが萩に移住できるまでの長い道のりと浜崎二ッ櫂船旗が今に至るまでの長い道のりが、なんだか重なり合っているようでドラマティックですね。というのも、先にビジネスがあるのではなく、小川さんも「はぎ地域資産」も場所に惹かれて動き出したことが共通点だと感じました。そんなに魅力を感じた萩市浜崎エリアはどんなところなんですか。

Ogawa:浜崎は伝統的建造物保存地区で、浜崎、東浜崎、浜崎新町、この3つのエリアからできていて、、、なんだか観光案内みたいになってきましたね 笑。もちろんそれが私の仕事なんだけど、せっかくの個人インタビューなので詳しくは 浜崎しっちょる会のHP を見てもらうことにして、私がつくりたい浜崎エリアについて話しますね 笑。萩の観光スポットのメインはやっぱり城下町エリアなので、そことは違った場所にしていきたいと考えています。観光・旅行・旅、いろんな言い方があるけどそれぞれ意味は違っていて、観光や旅行は「点」で土地を見ているようなものに対し、私の好きな”旅”は土地と人との「設置面」が広い、そんな風にイメージしています。一度にたくさんの人が訪れるツーリズムではなく、少数が長い時間滞在してくれたり、何度も足を運んでくれる場所にしていきたいです。つまり、一人当たりの滞在時間を延ばすことが、そこに住む人の習慣や価値観に触れることにつながると考えています。そして、そのことから得られる喜びはわたしの実体験によって証明されているので 笑、このまちづくりを実現させることはわたしの感じた喜びを、来訪者に伝える活動だと思っています。

Araki:実体験に基づいた話ってものすごく説得力がありますね。借りてきた言葉にはない「熱」が帯びているので、聞いているとどんどん引き込まれていく感覚があります。では、文化を作る、伝える、どちらも大切なことですが、小川さんはこのふたつをどのようにバランスさせていますか。

Ogawa:わたしは大阪のアパレル業界で働いていたころから今に至るまで一貫していて、だれかの創作をサポートしながらその価値を”伝える”ことに生きがいを感じています。というのも、萩もそうだし日本全国を見ても同じことが言えますが、決して”ものづくり”が足りていないのではなく、それらをうまく伝えるためのメッセンジャーが不足していると思っています。その最たるものが文化遺産だったり埋没しがちな生活習慣のようなもので、萩についてはわたしに聞いてくれれば最高の旅のプランを伝えることができると自負しています 笑。

Araki:おおー心強いですね。でもたしかに、そう言われるとそうかもしれませんね。伝えることやその方法をデザインすることが求められているんでしょうね。その担い手をメッセンジャーと呼んでも良いし、もう少し広げるとそれがプロデューサーになるのかもしれませんね。ではでは、ここからさらにどぶーーんと深く潜り込んだ質問をしますね。ぼくは旅の根っこにはセキュリティがあると考えています。セキュリティの語源はラテン語の「securus」で、「se(~がない)」と「cura(心配)」を組み合わせた言葉で「心配から離れる」という意味があります。元をたどれば個々がしていたことを現在ではインフラやサービスがそれらを補っています。そのセキュリティの組み立て方や作法に場所の特性が表れると思うのですが、小川さんはセキュリティについてどんな風に考えていますか。

Ogawa:国内旅行ではセキュリティを強く意識して旅先や宿を選んでなかったように感じていたけど、実は無意識に安全な場所である事を最優先していたのかもしれないとも思いました。 さっき旅の中で別の生活習慣に触れる事を求めていると話しましたが、それ以上に、安全である事は旅の第一条件ではありますよね。基本的に日本は安全だしなと思いつつも、東京でホテルを探すときに歌舞伎町のホテルがヒットしたら無意識でスルーしていた気もします。それってわたしなりのセキュリティが水面化で作動していた表れなのかもしれまんせんね 笑。

Araki:そうですよね、日本は安全な国だから旅する側はセキュリティについてそれほど意識しないで済むのかもしれませんね。ではでは、旅を受け入れる側のセキュリティについても教えてください。というのも、日本は観光立国を宣言した以上、不特定多数の方が街にやってきます。その目的はさまざまで、旅だけでなく起業目的の方もいます。そのなかでどこまで多様性を受け入れるのか、それがつまり受け入れ側のセキュリティに関係していると考えているのですが、その点についてどのように考えていますか。

Ogawa:そうですね、私たちがいま出店している浜崎エリアにも新たな出店を希望される方が増えてきているのを感じています。そのことについて浜崎の方々と話し合いの場をもつことがあるんですけど、浜崎エリアは”ザ・観光地”というよりも、守られてきた古い街並みやその歴史に魅力を感じてくれたり、人との触れ合いのなかで豊かさを感じてくれる方々のためのエリアになっていけたらいいね、というような話をよくしています。誰でもオッケー、どんどん出店してー、とは考えていないので、その辺りにわたしたちなりのセキュリティが表れているのかもしれませんね。

Araki:難しい問題ですよね。訪れる側、受け入れる側、その双方にセキュリティがあって、日本はまだまだ異なる文化圏や価値観の方と向き合うことに慣れていないから、気をつけないと防御的になりすぎてしまう傾向があります。そうそう、宮沢賢治の「注文の多い料理店」をセキュリティの観点に引きつけて読むことができますが、他者を受け入れることを食うか食われるかの世界線で考えてしまわないように、日本の”おもてなし”の在り方を今こそ見直すタイミングなのかもしれませんね。それでは、今日は長い時間インタビューに付き合っていただきありがとうございました。近いうちに生まれ変わったレストランへ遊びに行きますね。浜崎エリアの今後にも期待しています。


day of stay:April 1, 2024

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