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いいたいことを言えない――HSP(とても敏感な人の)じぶん研究ワークショップ・様子と感想

敏感さ、繊細さという特性を持つ人同士が集まって、お話ししながら、自分の中で起こっていることをじっくり見つめて、生きることの哲学を深める「HSP(とても敏感な人の)じぶん研究ワークショップ」。

今回の研究テーマは、「いいたいことを言えない」ということについて。
いいたいことが言えない時。
人の意見に反対できず、つい呑まれてしまって、後で後悔してしまう時。
私たちの中では、一体どのようなことが起こっているのか?
そしてそんな「いいたいことの言えなさ」と、私たちはどう付き合っていけばいいのか?
みんなで話しながら、一緒に考えを掘り下げました。

今回はファシリテーターが事前に用意しておいた4つの「問い」を、場に投げかける形でダイアローグ(対話)を深めていきました。
以下、それぞれの問いごとに、表現されたみんなの声をまとめています。

①言いたいことを言えない瞬間


一番目は、
「自分のいいたいことが言えない瞬間って、どんな時でしょう?」
という問いです。
あなたは、どんな環境や、どんな条件の時に、「いいたいことが言えない」が起こりがちでしょうか?
様々な意見がありました。

・体調が優れていない時や、落ち込んでいる時は繊細さのスイッチが入って、特にいいたいことが言えなくなりやすい。

・「恥ずかしい」という意識のある時。例えば長年居る職場で、「今更そんなこと?」って言われそうなことが訊けない。恥ずかしい自分を見せたくない。

・自分の意見を言うよりも、つい他者の意見を聴くことを優先してしまう。そしてずっと相手の話を聴きすぎて疲れてしまう。話の切り方上げ方が難しい。

・会話の途中、色々頭の中で考えている間に、話が進んでいってしまう。短い時間で、自分の言いたいことを上手くまとめることが間に合わない。

・雑談が苦手。自分の意見を述べるタイミングをうまく掴めない。そのタイミングを考えている間に、次の話に移ってしまう。

また、以上の他に、関連することとして、
「雑談は苦手だけど、テーマのある話や、期待される役割が明確な時は逆によく話せる」という声も寄せられていました。
雑談はある種、自由度が高すぎる面があり、どう振る舞うべきなのか答えがない。だから「この言葉をいったらどうなるだろう?」と、色々想像してしまい、相手のリアクションが読めなくて、動けなくなってしまう。
逆に仕事での業務的なコミュニケーションなど、自分の振る舞うべき方向性が予め見えているような場面では、どう動けばいいかが明確で、相手のリアクションもそれなりに読めるから、それほど話をするのが苦しくない、という意見でした。

②言えない「感情」や、「状態」の種類


2つ目の問いは、自分のどういう気持ちや、あるいはどんな自分の状態が、言いにくいのかということについて。
自分の中にある様々な気持ちや言葉の中で、特に言いにくいものがあるとすればそれどんなものでしょうか?

・話が盛り上がってる時は、あまり輪に入りたくない。誰かの悪口などを話してる時は特に。自分の悪口じゃなくても。

・雑談などで、和気あいあいとしたムードの時、話したくない気持ちになる。和気あいあいを強制されてる雰囲気が苦手。

・素の自分を見せられない。仕事など、何らかの社会的役割を演じている、キャラ化された自分は見せられるのだけど、でも業務が終わり、役割が緩む瞬間、素の自分が立ち上がらせられてしまう時が困る。ありのままの自分が恥ずかしいという感覚があるのか?

・パッと言葉を出せない。つっかえる感じ。頭に言いたいことはあるんだけど、言葉がなかなか出てこない。そのせいで周囲からはだんまりを決め込んでいるようにみえるようだ…

・例えば道で倒れた人を見かけた時に、咄嗟に声を掛けられない。色んな可能性を考慮して混乱してしまい、うまく動けない。「酔っ払って寝てるいるだけかも」「疲れて休んでいるだけかも」「そういう趣味の人なのかもしれない」「声掛けたら怒られるかも」…

・逆に目の前で人が倒れたりとか、衝動的な場面だと、自分は多分すぐ動けると思う。考える時間がなければ動ける。

「こういう気持ちが言いにくい」という声が沢山出るかなと予想していたのですが、どちらかといえば、言えない「状態」の方に話題が集中しているイメージですね。
また、「雑談が苦手」という声が、問①の話題に付随して、沢山表現されていた印象です。

③言えなさの背景にあるもの(予測、過去、内なる声、内なる他者…)


3つ目の問いは、もし「いいたいことが言えない」の背景に何かが居るとしたら、それは一体どういうものかということについて。
「こうなりそうだ」という予測や、過去の経験、「これは言っちゃいけない」という自分の中の内なる声や、あるいは内面化された他者の声など…。
自分の正直な声に、ブレーキを掛けるものについて、みなさんに質問してみました。

・家庭環境について。素の自分を表現することが許される環境ではなかった。

・学校や職場など。プライベートな話を、許可なく他人に話された経験がある。あまり本心を話さないほうがいいのかなと思った。

・自分にはひとりの時間が必要だが、周りの人はそうではない。悪目立ちしてしまう。だから多数派と異なる部分を隠すことを学んだ。

・雑談などの時、なんとなく面白い感じを出さなければならない雰囲気がある。合わせるためには自分を持ち上げる必要があり、疲れる。

・周囲に合わせるために、あえて馬鹿なふりをしている自分が居る。

・周囲に適応するために、自分の感情を否定して生きることを学んできてしまった。でも感情を表現するには、否定した素の自分を立ち上げなくちゃいけないから困ってしまう。

・過去に「あなたの真面目すぎるところが嫌い」と言われたことがある。

やはり過去の環境や、否定的な経験が、様々なブレーキとして現れているように思います。
ある種の呪いのように、それらは私達の心の発する正直な声を、自分の内側に閉じ込めてしまうようです。
では、そのような「内なるブレーキ」と、私達はどう付き合って行けばよいか?
改めて考える機会を持ちたいですね。

④言いたいことを言えている瞬間(条件、状況、関係性…)


最後の問いは、これまでとは反対の質問。
あなたには逆にいいたいことを言えている瞬間というものはありますか?
もしあるとしたら、それはどういう条件? どういう状況? あるいはどういう関係性においてでしょうか?
みなさんに質問してみました。

・電話は凄く話しやすい。対面の会話は表情、仕草、視線などなど…ノイズが多い。電話は声色のみなので、ノイズが少なくて話しやすい。

・自分は逆に電話は読み取れる情報が少なくて、相手の考えが読めないから苦手。

・文章が一番楽。チャットとか。手紙が一番良いかも。文章はゆっくり自分のペースで書けるし、雑談をする必要もない。

・役割や、立場の明確な関係性だと話しやすい。

・信頼感のある関係は話しやすい。

・表情のおだやかな人。

・自分に好意のあることが感じられた時。

・無言でも落ち着く人は助かる。私生活のことなど聴いてほしくない。当たり障りのないこと聴いてくれるのがよい。察してくれると安心を感じる。

などなど、多様な意見がありました。
無言で安心感のある人が落ち着くという意見は興味深いです。
初対面の人と会話する時は、色々話すことによって、お互いの情報を増やしていって距離が近付くイメージが強いですが、むしろ無言だからこそ心理的な距離が近づく場合があるという声に、なるほどと納得して聞いていました。

まとめ

以上、ワークショップで表現された、様々な声の様子を紹介してみました。
今回は「いいたいことの言えなさ」というテーマでしたが、HSP同士共通する部分もあれば、安易に一緒だとは言い切れない側面もあり、それぞれの直面している複雑な「いいたいことの言えなさ」が、共存し合いながら表現されていました。
自分他の誰かの「言えなさ」を比較したり、並べて眺めてみたりしつつ、自分という近いようで遠い、不可思議な存在のことを探求できる場になっていれば幸いです。

さて、これを読んだみなさまは、何をどう感じたでしょうか?
感じたこと、思ったこと、誰かに聞いてほしい話など、自分の声が思い浮かんでいるでしょうか?
今後もえすけーぷでは、様々な場づくりを行っていく予定です。
よかったらぜひ、そんなあなたの声を伝えにいらして下さいね。

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最後に
2021年10月10日(日) 14:00〜16:00
HSP(とても敏感な人)のじぶん研究ワークショップ【オンライン開催(zoom)】
に参加して頂いた皆様に感謝を。
(文責:足達)

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