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奴隷マネジメント:「奴隷のしつけ方」

 筆者と古代ローマの接点は、高校世界史の資料集にあった遺跡の写真に惚れたのと、同時期に塩野七生「ローマ人の物語」に出会ったことだった。それから10年以上の月日が経って、当時の奴隷マネジメントを扱った「奴隷のしつけ方」についてツイートしたところ、予想以上の反響があったため紹介したい。

https://twitter.com/Ertai_twit/status/1258877115417518081?s=20

 ( ˙꒳​˙ ).。oO(奴隷とか奴隷市場って、いわゆる薄い本と呼ばれる同人誌やウェブ小説や歴史ゲームの定番ネタですが、歴史に忠実かどうか、よく分からないですよね。もちろん気にしなくても楽しめるんですけど、作る側も読む側も気になる時はあるじゃないですか。そんな種本としては一押しです)

 著者はローマ人貴族のマルクス・シドニウス・ファルクス。首都ローマに邸宅を持つ代々の富裕層の出自で、奴隷の扱いはお手の物。彼が「北方の不毛な属州」の教師、ジェリー・トナーの手を借りて上梓したのが本書「奴隷のしつけ方」だ。(※ジェリー・トナーは現代イギリス人。確かにローマ時代のかの地はブリタニア属州と呼ばれる北方の僻地だった)

 本書で扱う奴隷とは、おおむねローマの都市の住宅で働く家内奴隷と、近郊の農場の労働に従事する奴隷である。内容はおおむね次の通り。

 ・筆者の自己紹介と、ローマ人の「ファミリア」という概念について。その中の奴隷の位置づけ。

 ・はじめての奴隷市場。奴隷商人が客に提示するべき情報と、買い手側が良い奴隷を探すためのコツを詳しく述べる。
 ( ˙꒳​˙ ).。oO(ところで、この時代を舞台にしたマンガに技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』っていうのがあります。その中で奴隷オークションに出品された主人公が、全裸に剥かれた上で競売にかけられるという屈辱的なシーンがあります。身体を観たいわ!その子の裸をみせてちょうだい!!

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 このセリフの方が有名かもしれません。けっこう歴史に忠実でした

 ・奴隷マネジメント。奴隷を有効に活用するには、仕事をどのように命じるか、かなり具体的に説明する。学校の先生に参考になりそう。

 
・奴隷と性について。奴隷を夜の愉しみに使う?我慢している方が自慢話になった時代だった。ファルクスは14歳の少年奴隷について熱弁する。ご丁寧にも、女奴隷を妊娠させた場合の話まで……(そこまで悲惨な話ではない。現代人の目で見れば悲劇的ではあるが)。

 ・奴隷の社会的位置づけ、哲学的な定義、奴隷に罰を与える場合の方法について。塩野七生はその著作の中で、奴隷を「自分の肉体的な所有権を持たない人間」と説明しているが、近代的人権の概念がない時代にこれが何を意味するか読者は(非常に痛々しく)思い知ることになる。

 ・奴隷の楽しみ。当時の奴隷が何を楽しみにしていたか。主人の側から見ても、奴隷の生産性を保つには適度な休息や娯楽を与える必要があった。しかし労働基準法も社会保障もない時代、奴隷が平穏な老後を送れるかどうかは、主人との個人的な信頼関係に掛かっていたのだった。

 ・奴隷の解放と、解放奴隷について。主人の側としては、長年尽くした奴隷を解放したあとは、元部下のような感覚だったのかもしれない。年に何回かは自分のために仕事をしてほしいし、その時に彼らの近況を知りたかったのかもしれない。あいつら!ろくに挨拶にも来ない!と嘆く。

 というように「奴隷が楽などということはありえないが、奴隷の主人だって楽ではない」というトーンで全編通されており、特に人を預かる立場の読者なら筆者の悲喜こもごもを共感できるのではないかと思う。

 そして、本書の解説者ジェリー・トナーが付ける最後のメッセージで、読者と筆者の間にあった2000年近い時間の溝が一気に埋まることになる。









 今や世界のどこの国でも奴隷制は違法ですが、それにもかかわらず、奴隷状態に置かれている人々がたくさんいます。フリー・ザ・スレイブス(Free the Slaves)というNGOの推計によれば、暴力で脅されて労働を強要され、給料ももらえず、逃げる希望さえもてない人々が四〇〇〇万人いるそうです。現代社会には、古代ローマのどの時代よりも多くの奴隷がいるのです。
 「奴隷のしつけ方」巻末解説より


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