校正者が差別(になりうる可能性がある)表現に向き合うとき

徒然のたぐいの文章です。

校正者として──特に、出版社の校閲部所属ではない、外部の校正者として依頼を受けたとき、「差別表現をチェックしてください」という要請は、基本的に常に含まれている。

基本的に常に、というのは、例えば校正依頼書の確認項目には「差別的表現」があって、そのチェックボックスには常々、ほぼデフォルトでチェックが入っているとか、そういう話だ。頼まれないケースを見たことがないし、ならば特に明示的に言われなくても、暗黙にあると見なしていいぐらい、常に依頼される要素だということ。

加えて、ことさらに「差別的表現を気にしているので、確認をよろしくお願いします」と付言されることもある。ネット発の小説の書籍化、という案件では言われたりすることがある。

あえて「差別的表現のチェックはしなくてOKです」と明示的に言ってくるケースには会ったことがないし、おそらく今後も出会う機会はかなり限られるだろう。……もちろんチェックの必要性が相応にミニマムな場合はありえます。算数の計算のドリルのような佇まいのものとか。

こんなのは前提として。

例えば、ゲラに差別的と見なされうる表現が見つかる。私は依頼されているので、「差別的な表現では?」と鉛筆で書き込んで納品する。発売された書籍からはその表現が消滅していたとする。

果たして私は表現の自由を侵害したのか?

もちろん「していない」が絶対の解なのだけど、
・出版前に、内容に物言いをつけた
・物言いがあった箇所が撤回された
という構図は現に存在する。

この構図を表現規制でないと言い切れる条件はどこに宿るのかはあらためて考えておきたい。

さて、実際の訂正フローには、もう少し制作上のやり取りがあるはずだ。判断もその時々で揺れる。

編集「校正が『差別表現確認お願いします』って言ってきてますね、①のとこ」
作者「エッ、しまった、それは不本意。変更します。いまは名称が変わってるんだね」

編集「②のところにもついてますね」
作者「この語は歴史的な経緯の紹介として省きたくない。注釈つけるとかで意図を説明しよう」

編集「③は段落まとめてついてますね」
作者「この校正、心配しすぎじゃないか?」
編集「鈍いよりは良いっすね」
作者「そりゃそうだ。でもまあ、ここは却下でいいよ。この見方はかなり繊細なほうだと思うし、もし文句を言われたらその都度個別に説明するとかで対応」

編集「④なんかはどうですか」
作者「懸念はもっともだが、この箇所は譲れない。むしろここが議論の核だから、反論や批判は受けて立つ。強い反応があったらこちらに回してください」
編集「合点承知」

捏造会話だなあ。

何を言いたいかというと、校正指摘はただの"指摘"なので、表現に関する判断や決定は常に作者、出版社側にあるのだ、ということだ。本来、この一点だけで規制していない、と言い切ってもいい。

とはいえ。
現代には「キャンセルカルチャー」と呼ばれる動きとその影響があるので、この点についても考慮はいるだろう。


ある程度の期間、校正者としてさまざまな媒体をお預かりさせてもらった中で、強く──ことさらに強く「これは倫理的な観点から世に出さないほうがよいのでは?」と感じた例が2つある。
ひとつは科学的に信憑性がない情報、ひとつは品が疑われるエッセイだった。

「これ、止めたほうがいいのでは?」と一読してぱっと思ったわけだが、この思考は前提が大いに省略されていて、
・この書籍で
・この見栄えで
・このクレジットのもとに
世に出さないほうがいいのでは?ということだった。まったく同じ趣旨の情報も、たとえばネットの匿名掲示板であれば気にもしなかった(なんなら面白く読んだ可能性さえある)だろう。

結局のところ、私は通常よりも懇切丁寧に「この内容の掲載には相応のリスクがあると思います」と根拠も添えて伝え、最終的にその情報は掲載されなかった。

では、私個人が出版を止めたのかというとそれも違う話で、筆者も、編集者も、編集部の責任者も「止めよう」と判断したはずなのだから、なあ……キャンセルっていうか、さあ。

公権力の強制が介在していないかぎり「出版側の自発的な行動」に回収される機構が厳にあるし、「だから表現の自由は侵害されていない」のだけれども、なんか、それで終わらせていいんか……?

…………と、ここまでが2023年のうちに書いた部分なんですが、まさか年明け早々に『校閲・桃太郎』なるものが出てしまうとは。タイムリーですね。

この作品における校閲者は「コンプラ」「ポリコレ」の代弁者であり──あるいは積極的にそれを務めようとしており、自主規制の規制成分の担当に見える。
なるほどやはり、そうカリカチュアライズされうるだろうなと、自戒の甲斐もあらためて感じた一件でした。

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