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Art|ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 《ノリ・メ・タンゲレ》 執念の白

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展の出品作の中から毎週1枚を取り上げて紹介していく、火曜の「Art」。今回で17回目(17枚目)になります。

昨年末から『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 完全ガイドブック』(朝日新聞出版、1540円)を編集・制作していたこともあって、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展を応援しようと始まった企画です。

緊急事態措置によって、東京都の休業要請が継続されることを考えると、いよいよ開催中止になるのではないかと、心配でなりませんが、こればっかりはどうすることもできず、展覧会に思いをはせるほかありません。

気を取り直して、企画は継続! 今回取り上げるのは、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 《ノリ・メ・タンゲレ》にしようかと思います。

巨匠ティツィアーノの初期の作品

生年が定かでなく1590年頃に生まれたのではないか、と言われてるティツィアーノ・ヴェチェッリオは、イタリアの北東部、ヴェネツィアに生まれました。当時のヴェネツィアには、ジョヴァン・ベリーニやジョルジョーネといった先人画家たちが豊潤と呼ぶにふさわしい色彩で、ヴェネツィア派という様式ができあがっていました。。

ティツィアーノは、ベリーニ、ジョルジョーネといった巨匠に師事し、20代初めにジョルジョーネについていたころは、すでにティツィアーノ個人への高い評価がすでにあったといわれてます。

さらに、 1576年、おそらく86歳頃まで生きた長命な画家で、その時々で、クライアントの変化や技術の向上などもあって、時代ごとに作風が変わっていくのが特徴です。今回紹介する《ノリ・メ・タンゲレ》は、ティツィアーノの初期の作品になります。

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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 《ノリ・メ・タンゲレ
1514年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

もしかしたら「あ~、初期の作品か~」とがっかりされる方もいるかもしれませんが、初期の作品はまだ顧客が定まっていないため所蔵者が売ってしまって散逸したり、若いため画風が定まらず画家が不明の烙印をおされて評価をされなかった作品もあって、なかなか作品が残っておらず画家の全貌がつかめずにいることもあります。

それに比べ、有名になってからの作品であれば、注文主が大きな教会や王侯貴族になるので、コレクションとして流失しづらい。仮に流失したとしても、出所がしっかりしているので、正統な評価をされ、保管もしっかりとしていたはずだ。

そんなこともあって、ヴェネツィア派の巨匠と言われるティツィアーノのような画家の初期の作品は、個人的には「現代まで残してくれてありがとうございます」という歴代のコレクターたちに感謝をしながら、鑑賞する必要があるのではないかと思っています(もちろん、初期作品だからといって、素晴らしい作品だとは限りませんが)。

男女の別れをイメージさせる聖書の場面

さて、この絵、何の場面でしょうか? 左の人、髪が長くて、ひげが生えているので、イエス・キリストっぽくもありますよね。

はい、正解です。左の男はイエスです。そして、右は、マグダラのマリア(イエスの母、聖母マリアとは別人)と呼ばれる女性です。

作品名の「ノリ・メ・タンゲレ(noli me tangere)」はラテン語で、イエスがマグダラのマリアに放ったとされる、「私に触るな」を意味しています。

イエスは、十字架にかけられて殉教したが復活し、弟子たちのもとに現れますが、マグダラのマリアはイエスの墓で、死体がないことに気づいて泣き暮れていたところに、イエスが現れたと伝えられていて、復活したイエスに最初に会った弟子と言われています。

私に触るな」のあとに、イエスは「まだ父(主である神)に会っていないから」と言っているので、つまり「触れるにはまだは早いよ」という意味だそうです。

いろいろな理由はありますが、イエスの足元にすがりつくマグダラのマリアと、それを拒むイエスという、恋仲の男女の別れを連想させる場面は、ティツィアーノ以外にも多くの画家が描き残しています。

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アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ 《ノリ・メ・タンゲレ
1525年頃 プラド美術館

コレッジョとティツィアーノの作品を比べてみると、男女の別れ感は、ティツィアーノの方が強いですよね。センチメンタルな感じがします。

いろろとありながらも、そういった小難しいことは抜きにして、注目したいのは、マグダラのマリアの白い上着です。薄いレースのような上着の奥に、マグダラのマリアの腕の存在がきちんと見えます。見えないものまでイメージさせる若きティツィアーノの画力き驚嘆するほかありません。

コレッジョと比べても風景をひろく取り入れているので、人物の細部に目がいきづらいのですが、画面の割合で見たらわずかなマグダラのマリアの服を狂気的な表現力で描き切っているのは、若さゆえのエネルギー、もしくは爆発的な成長期の執念のようなものかもれしません。

なお、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの作品ページでは、絵を拡大して見ることができます。ぜひ、拡大にして、マグダラのマリアの白い上着を見てみてくださいね。

ちなみにコレッジョの作品もプラド美術館のサイトで拡大して見ることができます。

こちらもマグダラのマリアの黄色いドレスの奥にある折り曲げた足が見えてくるのですが、ティツィアーノほどの存在感を描き切っていないように見えます。

このように、ティツィアーノの初期の名作には、若き画家の集中力に支えられた超絶技巧を見ることができますよ。実物を見てみたいですね!

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