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Art|カルロ・クリヴェッリ《聖エミディウスを伴う受胎告知》

「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」のオープニング、いっこうにメドが立ちませんね。SNSには、プレス内覧会は行われたようですが、本開幕はまだ先。ひたすら気長に待つほかありません。

入城数を限定したりできないものかと思いますが、やはり人の移動が起きてしまう以上、慎重にしていかなければいけないのでしょう。主催者側としても、人に見られることがない絵、たたない売り上げに苦しい思いをしているはずです。

無事に開幕がなされた時には、必ず足を運びたいと思います。それまでは、Artの日は、これまで通り「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」から作品を1枚紹介しようと思います!

伝統的な場面を現代を舞台に再現!

西洋絵画をよく鑑賞される方であれば「受胎告知」をテーマにした作品を何度か観たことがあるのではないでしょうか。キリスト教の説話のなかで、聖母マリアが精霊によって処女懐胎(セックスしないで妊娠する)を告げられるという場面です。

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カルロ・クリヴェッリ《聖エミディウスを伴う受胎告知
1486年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

イエス・キリストの教えや生涯について、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人の証言をそれぞれまとめた書物(福音書と呼ばれる)を公式の聖典として、新約聖書にまとめられています。

そのなかで、マリアの受胎告知シーンは、ルカによる福音書に収められています(マタイによる福音書では、マリアの夫ヨセフに主が語りかけることで、読者に告知の情報が伝えられています)。

ちょっと長いですが、ルカによる福音書の第1章26~38節を引用します。

 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」37マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。
ーー聖書 新共同訳版より

聖書には、公式文書ではない外典もあるとはいえ「受胎告知」の原典にはこれだけしか、情報がありません。しかし、今回紹介するクリヴェッリの絵はひじょうに情報が多い。原典の情報を越えてさまざまな脚色がなされています。

場面の説明をすると、画面左の部屋で書物を読んでいるのが、やがてイエス・キリストの母になるマリアです。そこに、UFOのように天にいる主から精霊(ここではハトがそれを担っています)によって処女受胎されようとしています。

部屋の外には、ユリの花を持って羽をもつ天使ガブリエルが、街の模型を持ち、縦長の帽子をかぶった男に呼び止められています。この帽子は、ミトラ(司教冠)。男は聖エミディウスという司教で、3世紀末から4世紀初めに実在した人物で、イタリア・マルケ地方のアスコリ・ピチェーノ市で殉教したことで、同市の守護聖人になりました。

この絵は、アスコリ・ピチェーノ市がマルケ地方の教皇領から1482年に自治権が与えられたことを記念、同市の受胎告知教会のために描かれました。

伝統的な受胎告知であれば、レオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリのように、神秘としてマリアの部屋の中や自然風景など、世俗感を排除して描かれるのが一般的です。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ《受胎告知
1472年頃 ウフィツィ美術館

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サンドロ・ボッティチェッリ《受胎告知
1489-90年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

しかし、クリヴェッリの受胎告知は、主要登場物以外にも、背景に一般人が描かれ、中には、主の出現に気づく人も描かれています(階段の上の子どもや、奥のゲートの下で見上げる男)。このあたりのディテールは、とってもおもしろいので、ぜひロンドン・ナショナル・ギャラリーのサイトに行ってもらい、絵を拡大してみてみてください。

ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《コンパニオン・ガイド》の日本版には、「おそらく『受胎告知』がこれほど公的な場で行われたことは前代未聞だろう」と書かれています。

たしかに、日本でいったら、本来インドなはずの釈迦の誕生の場面が(7歩歩いて天上天下唯我独尊と話したという、あの場面)、江戸の町屋を舞台にしているような、そんな斬新さがあります。

なんか、漫画とか映画とかでありそうですよね? 《聖 おにいさん》みたいな感じかな。 

細緻な描写にも注目してください!

ほかにもこの絵には、さまざまなトピックがあります。

たとえば、まるで建築図面のように、透視図法(線遠近法、なかでも一点透視図法)を使って正確に街が描かれています。これは、当時の最新技法で、おそらくこれを観た人は、現代の私たちがCG画像を見て、「本物みたい!」と興奮するような技術革新だったと思います。

その完璧すぎる空間の再現が「イリュージョン」であることを示すように、絵の下には、リンゴとウリのような植物が絵からはみ出て描かれているのは、クリヴェッリなりのジョークなのでしょう。

またマリアの家の2階の天井や、路地の奥の突き当りの壁にしたたれている修理のために使われている漆喰など、細部の細緻な描写もこの絵のハイライトの一つです。

高さ2m、幅1.5mの比較的大きな絵ですので、じっさいに絵の前にたって、「こんなところまできちんと描き込まれている!」と、探索しながら見てみると楽しいと思います!

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この作品以外にも、「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」に出品される作品を存分に解説した「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 完全ガイドブック (AERAムック)」が発売中です! 編集・執筆を担当した本ですので、この投稿に興味を持たれた方は、ぜひ閉館期間中に予習していただき、開幕を迎えましょう!


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