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Art|ギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬》

ギュスターヴ・クールベという画家は、けっこうマニアックなが画家だよなぁと思います。

19世紀中頃、印象派にとっては2世代くらい前、印象派の父と言われるマネからも1世代上になる画家です。いわゆる新古典主義、ロマン主義ときた後の写実主義という美術運動の中心的画家でした。

社会が変われば絵のニーズも変わる

写実主義=レアリスム(仏語)とは、「現実の世界を目に映ったとおりに描く」というものです。「そんな当たり前のことが美術運動になるってどういうこと?」と思われるとおもうのですが、実はそれまでの絵画は「現実の世界を目に映ったとおりに描く」ということは、絵画のヒエラルキーのなかでは下層のテーマでありました。

絵画のヒエラルキーって何ですか?」という疑問に、以下に簡単にまとめてみますね。

①歴史画・宗教画
キリスト教や古代神話、国家や王家の歴史を描いたもの。最上位とされた。
②肖像画
王侯貴族や宗教家などの肖像画
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③風俗画
一般市民の生活などを描いたもの。第3位ではあるが2位との差は大きい
④風景画
⑤静物画

とにかく歴史画・宗教画と肖像画が群を抜いて偉いとされていたのが特徴で、風俗画以下の絵はかなり価値が低いとされていました。

もちろん、17世紀のオランダのように、市民社会が起こったことで風俗画や風景画が価値を得るようになりますが、それはあくまで市場ニーズの変化による一面的なもので、あくまでヒエラルキーは、歴史画や肖像画優位は変わりませんでした。

このヒエラルキーの根本には、絵画を注文するのが王侯貴族や教会などに限られていたことによります。

つまり、クールベが写実主義運動を提唱していた背景には、教会や王家や貴族が中心だった中世から近世にかけての世界が終わり、産業革命によってもたらされた市民社会が、いよいよ本格的に近代の扉を開こうとしていたことにあります。

そんななか描かれたのが、クールベの故郷の葬儀の様子を描いた《オルナンの埋葬》です。

見たこともない物語ではなく現実を描く

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ギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬
1849年 オルセー美術館蔵

技法としての写実主義は、中世のデフォルメされた図像表現から脱却して、人間らしい姿を描こうとしたルネサンス運動から起こっていることであり、クールベが極端に正確な技法の名手だった、というわけではありません。

クールベが指摘したのは、絵の議題としての「写実性」でした。《オルナンの埋葬》は、まさにそうしたクールベの姿勢が提示された作品です。

オルナンの埋葬》は、3.15 m x 6.6 mのひじょうに大きな絵で、この時代にこうしたサイズの絵を描くことは歴史画にしか許されないことでした。しかし、クールベが描いたのは、クールベの故郷・オルナンという田舎町で亡くなった名もなき人物の埋葬風景。王家の要人でもなく、宗教物語の一場面でもない、しかし現実に起こった見たままの風景でした。

クールベは、《オルナンの埋葬》を描いた6年後の1855年に、世界初の個展とされる展示会を、パリ万国博覧会に合わせて、なかばゲリラ的に行っていますが、その時の目録に以下のような文を寄せています。

私は古今の巨匠達を模倣しようともなぞろうとも思わない。「芸術のための芸術」を目指すつもりもない。私はただ、伝統を熟知した上で私自身の個性という合理的で自由な感覚を獲得したかった。私が考えていたのは、そのための知識を得ること、私の生きる時代の風俗や思想や事件を見たままに表現すること、つまり「生きている芸術(アール・ヴィヴァン)」を作り上げること、これこそが私の目的である。

この文章は、現在クールベの「レアリスム宣言」と呼ばれて、知られるものです。ここに書かれている通り、過去の巨匠が、見たこともない歴史や物語を大仰しく誇張するように描くのではなく、自分たちが生きる時代を、見えたまま(写実的に)描こうとしたのです。

オルナンの埋葬》のように、歴史画が描かれていると誰もが信じ込むフォーマットのなかに、物語でも神話でもない、現実のできごとを描いたということは、クールベがいう「生きている芸術」そのものだったのです。

都合のよい物語ではないえげつない世界の姿

クールベが提唱した写実主義は、権力や制度化された宗教社会にとっては不都合ななものでした。なぜなら、自分たちに有利なロジックで世界を掌握しているため、ある種の矛盾というものに目が向かないように隠してきたことが数多くあるのです。クールベが活動していた時代も、フランスでナポレオンによって倒されたはずの王政が復活したり、まだまだ混とんとした、近代社会への移行期にありました。

そうしたなかで、絶対権力をゆるぎないものにするフランスの正統な美術価値ではなく、反権威のような美術運動がおこることは、権力者たちにとって厄介者としか映らなかったはずです。社会矛盾をいまさら突き付けられたくないわけです。

しかし、クールベはその社会の矛盾を徹底的に冷静な視線で描き続けたことは、後のマネや印象派の画家たちが近世の絵画を乗り越えた近代絵画の誕生を生む後押しになったのです。

クールベの写実主義を代表する作品でもう1作品を。

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ギュスターヴ・クールベ《世界の起源
1866年 オルセー美術館蔵

女性の性器のアップですが、これはリアルに性器を描いているとか、エロティシズムの表現ということ以上に、古代の神々やイエス・キリストの神秘的な誕生物語を真っ向から否定して、真実を突き付けたような現実を見つめるクールベの視線がものすごく深く見えているような気がしています。

嘘偽りない、忖度や配慮もない真実。

現代においても多くのメディアが作り出す世界は、加工編集されて、都合のいいものがだけを切り取られた現代社会のほんの一場面でしかありません。

それだけを世界のすべてと思うのではなく、思い込みや洗脳を自分自身で解いて、真実の世界、生きている世界をしっかりと見つめなければいけない。そんなことをクールベの作品を見るたびに考えさせられています。

料理における写実主義の話は、クールベの次の世代の画家であるマネの作品を例に、昆虫食のANTCICADAでの食体験について書いていますので、ぜひこちらも読んでみてください。

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次回の予定

月曜にお知らせした予定が1日ずれてしまったので、明日こそ、京橋エドグランで始まったキッチンカーについて書きますね。


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