Art|カナレット《ヴェネツィア:大運河のレガッタ》 お土産はどれにする?
毎週火曜は、アートの日。今週も3/3から開幕する「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」に出品される作品の中から、1点を取り上げます(開幕まで、1カ月を切りましたね!)。
今週の1枚は、カナレットの《ヴェネツィア:大運河のレガッタ》です。
ヴェネツィアの街を正確に描いたカナレット
まるで写真のように正確な風景画。この絵は、イタリア北東部の水上都市ヴェネツィアで今も行われている伝統行事「レガッタ」の活気を描いています。
カナレット《ヴェネツィア:大運河のレガッタ》
1735年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー
「レガッタ」とは、14~15世紀にヴェネツィア共和国最盛期に確立された伝統行事で、9月の第一週に開かれる、船のパレードです。一度、途絶えた行事が、近年復活したそうです。
さっそく絵を見てみましょう。
運河の中心をボートを必死に漕いで速さを競う競技者たち。観客は、岸や建物の上階、運河の岸につけたボートから声援を送っています。ちなみに裕福なベネチア人は、飾りがついた大きくてカラフルなボートに乗っています。一方の一般観衆は、普通の人々は小さな船です。
以下のサイトで画面を拡大してみることができますので、ぜひ細部を確認してみてください。
修学旅行生のお土産だったカナレットの景観図
1697年にヴェネツィアに生まれたカナレットは、こういった「都市景観図=ヴェドゥータ」と呼ばれる風景画を得意とした画家です。ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿やサンマルコ教会といった、街の歴史的建造物を多く描きました。
実は、カナレットの作品の多くは、ロンドン・ナショナル・ギャラリーがそうであるように、イギリスにあります。なぜ、本国から遠く離れたイギリスで人気になったのでしょうか。
当時のイギリスは、18世紀にオランダから覇権国家の座を奪い取り、経済成長著しい高度成長国家でした。しかし、古代ローマのように誇るべき芸術がないイギリスは、文化的には後進国といえました。
そこで海洋貿易で富を得た新興市民たちは、大陸ヨーロッパの文化を学ぶため、子どもたちに大陸を旅をさせます。18世紀に爆発的に流行する「グランド・ツアー」と呼ばれたこの”修学旅行”で、圧倒的に人気の行き先がイタリアでした。
とくにヴェネツィアは、18世紀には観光地として栄え、世界中の旅人が集う大都市。若者たちは、ヴェネツィアで歴史的建造物などを見て帰るわけですが、そのときに「お土産」として人気だったのが「都市景観図」でした。なかでもカナレットは、正確に風景を描写していることから、もっとも人気があったそうです。
なお、レガッタの絵は人気だったのか、ロンドン・ナショナル・ギャラリーには、同じような構図の絵が所蔵されています。
カナレット《大運河のレガッタ》
1740年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー
顧客のニーズに応える、ビジネスの基本
日本の修学旅行なら、みんな記念写真をバシバシ撮りますが、当時はもちろん写真なんてありませんから、こういった都市景観図をお土産にして持って帰って、家族に旅の思い出を語ります。
ちなみに下の絵は、イタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する作品です。つまり、お土産用にならなかった絵です。ロンドン・ナショナル・ギャラリーのものよりも街の全体よりも活況のようなものにクローズアップしています。
カナレット《ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿の風景》
1755年以前 ウフィツィ美術館
もし自分が旅先でペナントとか絵葉書といったお土産を購入するなら、街の一部ではなく全体が写っているものを選んでしまいますよね。「この川がね~」とか「この建物が~」とか、「船がいっぱいで~」「街の雰囲気はこんなんで~」とできるだけ絵の中の情報量が多い方が、帰ってからの話題になります。
カナレットは、こうした顧客のニーズに合わせて、一般的な「都市景観図」と「お土産用の都市景観図」を描き分けていたのです。
ちなみに、正確に運河と祭りの要する描写しているように見える《ヴェネツィア:大運河のレガッタ》ですが、1点だけ、河の奥に、見えるはずのないヴェネツィアの象徴「リアルト橋」をカナレットは描きこんでいます。この心遣い。観光客の喜ぶ「ツボ」を心得ていますよね。
ちなみに、カナレットの作品は、ジョセフ・スミスというイギリスの画商を通じて売買されていました。一時、地元ヴェネツィアでは評価を落としたカナレットが、顧客確保のために10年近くイギリスで過ごしていたともいいます。
画家にも生活がありますから、顧客のニーズをしっかり商品のなかに反映していかないと人気画家にはなれないわけです。
さて最後に問題です。
《ヴェネツィア:大運河のレガッタ》は117.2 x 186.7 cmとかなり大きな作品です。これを修学旅行生たちはどうやってイギリスに持ち帰ったのでしょうか?
答えは、絵が描かれている麻布のカンヴァスを木枠から外して、クルクルっと丸めて持ち帰っていた、でした。
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展では、この《ヴェネツィア:大運河のレガッタ》のほか、お土産として人気だった古代遺跡の景観図なんかも展示されますので、イタリアに修学旅行に行ったつもりで、どの絵を持ち帰るか品定めしながら鑑賞するのも面白いと思いますよ!
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