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Human|勝手にふてくされていた僕を導いてくれた救世主がオペレーターだった話

伊勢市が主催するクリエイターズ・ワーケーションに参加するなかで、2日間ですがポップアップ(期間限定)レストランを開きました。

世界各国のバリバリのファインダイニング(高級店)、ミシュランの星付き店で料理人として働き、東京の会員制レストランではシェフを務めた経験もある大野尚斗さんと2人で企画したのは、1日10名限定で、コース料理1万5000円という本格的なものでした。

小学生のようにふてくされてしまった43歳

伊勢に入る前の2人の計画では、伊勢調理製菓専門学校の学生さんに運営を手伝ってもらったり、現地のお店のスタッフと知り合いになってお願いしてみようと話していたのですが、不覚にも予定していた21日(土)と22日(日)は三連休で、観光地伊勢は大忙し。伊勢調理製菓専門学校の学生さんたちは、みなさん飲食店でのアルバイトをやっているので全く無理。もちろん現地の飲食店も稼ぎ時ですから、計画はむざんに崩壊します(泣)。

それでもなんとか、友人で大阪を中心にフリーランス料理人をしている竹矢匠吾さんが伊勢とのつながりがあったことを頼りに、TOKIOの松岡昌宏さんが主演したテレビドラマ《高校生レストラン》のモデルになったことで知られる三重県立相可高校の調理部に所属する北村莉子部長と糸川幸汰さんが手伝ってくれることになりました。ギリギリキッチンの方はなんとかなりそうでほっとします。

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しかし肝心のサービスの方は、アテがなし。ドリンクの内容を日本酒とクラフトビールに限定して、サービスの負担を減らしていたので「何とかなるんじゃないか」と思っていたのですが、なかなかどうして。そううまくはいきませんでした。

いちばん大きかったのは、僕が「なんとかなるんじゃないか」というレベルと大野さんが考える「なんとかなる」のレベルがまったく違ったことです。たとえるなら、高校野球児がメジャーリーグの公式試合に出場するような……そんな感じです。

つまり大野さんが考えるレストランのクオリティに僕ではまったく到達できなかったんですね。

客席のようすを厨房に伝える。料理が出るタイミングを見計らって前の皿を下げてナイフとフォークをセットする。ドリンクは、料理が出る前に出して飲み物の説明をする。でき上ったらすぐに運ぶ、皿を出す向きを間違えない。再び、客席のようすを厨房に伝える。

そういった大野さんが長年やってきたファインダイニングでは当たり前のことを僕は理解できておらず、まったくの準備不足でレストラン営業に臨んでしまった。

そのことで大野さんのストレスもかなりあったのでしょう。自分自身もあまりの出来なさ加減に心が折れて、「俺はプロじゃないし」と反発心ばかりが生まれてしまう。それがまた動きを悪くして、空回りする。

来ていただいたお客様には、「良かった」と言っていただいてはいるのですが、うまくいかなかったという力不足に心が乱れ、気持ちがふさがって、恥ずかしながら、ふてくされた態度までとってしまったのです。

ああ、最悪。なんで小学生みたいなことしてしまったんだろう。

けっきょくは、レストランを舐めていたんじゃないか。

なにより、大野さんにとって1回1回の料理が未来につながる命がけのものであることを理解していなかったからだ。

それって大野さんに対しても舐めてるってことじゃないか。

そんなことをホテルに帰ってからもグルグルと考えていたこともあって、その夜は伊勢滞在中で、唯一自分に対して嫌な気持ちでベッドに入ってしまったのを今でも覚えています。

救世主に見た「レストランを動かす人」

このままじゃ、2日目は大丈夫だろうか」と思っていたところに現れた救世主が、1日目に東京からわざわざ食べに来てくださった、レストラン「TOYO Tokyo」の統括支配人の成澤亨太さんでした。

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1日目の夕方頃から店に来てくださって、カトラリーのセッティングを手伝ってもらったりするなかで、冗談で「明日はサービスをお願いしますね」なんて言っていたのですが、食事をしている最中に、レストラン人としてポップアップレストランのオペレーションの悪さを「もったいない」と思っていただいて、終了後には「明日は、自分がサービスをやりますよ」と志願をしてくれたのです。

さらに成澤さんは、「ドリンクはもっとよくできる」と新しいカクテルやお酒を作ることを提案してくれ、2日目は朝7時から「食材を見て回りたい」と、伊勢から40キロも離れた志摩市の和具漁港の伊勢海老の買い付けにもついてきてくださいました。

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さらに伊勢市のお隣、明野町の六月農園さんまで、今回のテーマにあったカクテルを作るための材料となるハーブや野菜を探しに行きたいと積極的に案を出してくださったのです。

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もちろん、お酒についてはシェフの大野さんとその都度打ち合わせをしながら決めてき、同時にどうやってコースの流れのなかで提供していくかを考えていきます。さらに伊勢海老の料理と松坂牛の料理の間に、調理工程上どうしても時間がかかってしまう場面を、もう1品ドリンクを入れてカバーするなど、大野さんがイメージする伊勢を表現したコース料理を、できるだけお客様に伝わるようにオペレーションを組み、よりよいレストラン営業に落とし込む改善を矢継ぎ早にしていきます。

僕自身も、成澤さんにサービスの部分をおまかせできたことで、自分が本来やりたかったオンラインで生産者さんを繋げる取り組みや、テーブルに置いておくメニューブックのブラッシュアップ、カメラマンとの調整などに気が回るようになって、「レストランの中で起きたMIKASHIKIを、レストランの外に広げる」という情報発信の方に向かえたのはよかったです。

また営業中は、的確に僕の次の仕事を誘導してもらったことで前日のように焦ることもなく、その結果、伊勢で何を2人が感じたのかをていねいにお客様に伝えることもでき、最終日は自分としても納得できるポップアップレストランになったと思っています。

もちろん大野さんにとっても成澤さんの存在は大きくて、料理とドリンクのペアリングの打ち合わせが、お互い多くを語らずに理解し合えたことが良かったようです。ポップアップレストランをやるといっても、僕はしょせん編集者。アルバイトで接客くらいしかしたことがない素人ですから「言葉が通じない」苦労はあったと思う。

そういえば自分の昔の嫌なことも思い出した。校了前に追い詰められて、まだ入りたての新人にムカッとした態度をとったり、嫌な言葉を言ったりしたこともあった。いまその当時のことを考えると、自分自身が未熟だったこともあるけど、何よりシステムが悪かったんだなぁと思う。そう思うと、オペレーションを組むって、本当に重要なんだと思います。

これがファインダイニングのレストランの支配人の仕事か」と成澤さんにより一層の尊敬の念がこうした生まれたのです。

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ポップアップレストランには必ずオペレーターを

もちろん、これまで料理雑誌を続けていくなかで、シェフと支配人の関係はよく知っていたつもりだし、一応は、たくさんのレストランで食事をしてきたので、見聞きしてきたものは多かったはずなのですが、やっぱり実際にその営業のなかに入らないとわからないことはある。

というよりも、スーパーアイドルがコンサートで早着替えを、ファンに見せないように、レストランを利用したり外から見ているだけでは、本当の難しさ、苦労は見えないものなのだ。そんな当たり前のことすらわからず「なんとかなる」と言っていた自分は、やっぱり「レストランを舐めていた」と猛省するほかなった。

そんなちょっと落ち込んだ僕に成澤さんは、「編集者で、そのことを実体験をもって知っているのは、江六前さんくらいなんですから。今後活かせばいいんですよ」、なんて笑いながら励ましてくれました。なんてすばらしい人間だ。

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オペレーションとは「運転・操作」を意味しています。どんなにいいコンセプトを組んで、最高のエンジンを用意し、内装を良くしても、運転手がいなければ車は目的地にたどり着けない。

そういう意味では、レストランにとってオペレーション、キッチンをエンジン、サービスをタイヤとするなら、やはり運転手が必要なのです。そのことを強く実感しました。そしてそれは、かなり大きな比重でレストランを楽しむお客様にとってダイレクトに直結し、レストランの評価に繋がるものです。

レストランのオペレーションによってどう食事の体験価値を高められるのか。今回のMIKASHIKIでは、食のジャーナリストとして、とても重要な視座を与えてもらいました。

そして、僕は誓ったのです。「もう、サービスはやらない」と(笑)。というより、きちんとポップアップイベントにはオペレーションを組めて実際の営業に落とし込める人をチームに加えること。これがレストランでは何より重要なのです。

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撮影:村川荘兵衛

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明日は「Food」。ミシュランガイドで三ツ星に昇格した「レフェルヴェソンス」について。

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