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Art|技術が表現を支え、表現が技術を必要とする

東京・四谷三丁目のArtcomplex Center of Tokyoで開催されているプロレスをテーマにしたグループ展「ステップ オーバー アート ブリーカー2」に、clubuhouseを通じて知り合ったmoriさんが作品を出展されているということで行ってきました。

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2020年8月にも開催され、今回で2回目となるグループ展は、「ステップオーバー・アームブリーカー(腕固め)」というプロレス技をもじった展覧会名です。この技は、今回の告知画像にも使われています。

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日本画とプロレス、相反する世界

mori(森博幸)さんが、毎日ジャーマンスープレックスの型を描いてTwitterに公開している「日課ジャーマン」に興味をもって、#ラジオ江六前 でお話をしたのがきっかけでした。

日課ジャーマンは、下絵となるジャーマンスープレックスの絵の上に和紙をのせて、透けてみえる下絵をなぞるというもの。毎日のかたち自体は同じなのですが、線の太さや力感が変わっていきます。

もともと、森さんが毎日ジャーマンスープレックスを描いていくなかで、日課観音という、観音像を毎日写仏するお勤めがあることを知り「日課ジャーマン」というコンテンツに仕立てたそうです。

とはいえ「日課ジャーマン」はあくまで習作。本来の森さんの作品はまた別のものだと僕は感じていたので、ぜひ作品もしっかり見てみたいと思い展示を見に行ったというわけです。

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岩絵具、墨、麻紙、金箔、金泥、ほうじ茶

プロレスの技を、琳派的な様式のなかに落とし込んだ作品というとわかりやすいでしょうか。

たとえば、下の尾形光琳の《燕子花図屏風》(アメリカ、メトロポリタン・美術館蔵)では、カキツバタは型紙という決まったデザインがあって、それをいくつも転写して制作されています。

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このカキツバタがまさに、プロレス技になり、金の世界に展開されているのが森さんの作品の特徴です。

制作方法ももちろん日本画の技法を使っています。美濃紙(みのし)に糊で裏打ち(作品本紙の裏に紙を貼り付け、しわやたるみを防いで補強すること)してから、ほうじ茶を塗ると、裏打ちした糊が浮き上がって見えます。

下の作品のアップ写真にもみえますが、薄く霞のような文様がでていて、これがその裏打ちで使った糊と表から塗ったほうじ茶の効果です。

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このあたりの表現は、もともとも紙の効果だったり、経年変化なのかと思っていたのですが、意図的に出していたものだとしって驚きます。しかもほうじ茶を使うんですね、びっくり。

そうなると白の効果も気になります。白は紙の色ではなく絵の具の色なわけですが、真っ白ではなく、元の紙の風合いを残しています。ほうじ茶の上に白い岩絵具をおくのか?

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ここにも日本画の技法が使われていて、裏打ちする前にプロレスラーの型を描いておいて、その線の内側を紙の裏側から白く塗っているそうです。それから裏打ちするので、紙に白い岩絵具が透けて、さらに紙の風合いも残るわけです。なるほど、これもまた興味深い工夫です。

その白の下地の上から、こ墨の線を描いて、レスラーの肌の色や、マスクやタイツの色を塗っています。そんな方法でこの作品は描かれています。

ちなみに、技を決められている選手の鮮やかな黄色は、江戸時代くらいまでの作品には見られない印象があったので気になって聞いてみると森さん曰く日本画の岩絵具にある色で、明治時代にはすでにあったのではないかとのこと。新しい色への探求は、時代や地域を超えてあるものなんですね。

白いマスクの選手は森さんが考えた架空のレスラーで「マスクド・モリドリアン」という名前があるそうです。ちなみにもう一人はモリドリアの宿敵「イエロー・デモン」、設定がしっかりしています。

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こちらの作品は実在する覆面レスラー「風神・雷神」をモチーフにしています。

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こちらは墨だけで描かれた作品。絵の縁までもしっかりジャーマンスープレックスが描かれています。落款もしっかり縁に。

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作品の裏には、森さんのロゴと「MUCAH LIBRE」のブランド(?)ロゴが印刷されています。「MUCAH LIBRE」のMUCAHは、スペイン語で「とても」とか日本語の読みと同じく「めっちゃ」を意味しているそうで、LIBRE(自由)と合わせて「めっちゃ自由」という思いが込められているそうです。おもしろ。

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日課ジャーマンのオリジナルも拝見できました。Twitterで見ている分には、なかなか線の違いなどはわからないのですが、見比べてみると、ちょっとした線の太さの違いによって、レスラーの力感が変わってみえてくるので、毎日違う瞬間のジャーマンスープレックスになっていることをしれました。

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森さんは、この日課ジャーマンの展示会を来年の1月に目黒でやらるそうで、こちらも楽しみ。「108枚1セットを3セット、つまり324枚の日課ジャーマンを展示室一面に掲示したらどうなるか」ということを考えているそうです。

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Clubhouseでアイコンにしているプロフィール自画像も、なんと森さんが書き起こしていただいて、プレゼントしてもらっちゃいました。デジタルで書いたものが、質量をもって抜き出してもらえて感激です。家宝にします。

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ステップ オーバー アート ブリーカー2」展は、8/15(日)まで開催しています。森さんの在廊期間は終わってしまいましたが、作品は変わらず見ることができます。

森さんのほかにもプロレスをモチーフにした作品を制作しているアーティストの展示がありますので、ぜひ観に行ってくだい。

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広く。/HIROKU. さんの女子高生とプロレスってのは、なんとも儚げで気に入りました。

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グループ展「ステップオーバーアートブリーカー 2」
■ 会期
2021/8/6(金)-8/15(日)
11:00-19:00 ※月曜休館、最終日は17:00まで
※社会情勢により開催日程や入場方法が変更になる可能性がございます。
■ 会場
The Artcomplex Center of Tokyo
160-0015 東京都新宿区大京町12-9 2F ACT2
TEL 03-3341-3253
E-mail info@gallerycomplex.com

職人的な手仕事と創造力の切れ目ない連続

森さんの実際の作品を見て感じたのは、「表現を支えるのは技法である」というシンプルなことでした。

森さんを知ったのは、Twitterの小さな画像で、線の力感や紙の風合い、ディテールがわからない状態ででした。僕はどちらかというと「日本画×プロレス」というズレた世界観と、「日課ジャーマン」のコンテンツ力に魅了された、つまりコンセプトに惹かれていたわけです。

しかし実物の作品を見て、そのコンセプトは、技法の上に成り立っているものなのだな、ということを強く感じました。

コンセプトが人を魅了するのではなく、技術をもとにした技法によって生まれたコンセプトに魅了される。職人的な手仕事と創造力が切れ目なく、境目なく存在しているものを「アート」と呼ぶことを森さんの作品の中から知ったわけです。

きっと「日本画×プロレス」というアイディアも「日課ジャーマン」というコンテンツも、森さんの日本画を学んできたことが生んだ作品なんですよね。その重みが実物から確実に伝わってくる。

実物がもつ重みでなければ伝わらないもの、そこに込められるものは確かにある。実物を作るという行為は、すごく崇高で、時間がかかり、だからこそ人間が本来的に生きる意味を投影できる、生きる証として存在しているのだと、思わずにはいられませんでした。

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明日は「Food」です。

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