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10「運命の輪」✵風向きが変わるとき

9「隠者」では大空に飛び立つ翼を折りたたみ、これまでの経験を静かに見つめ直していました。
しかし、サトゥルヌスが持つ砂時計が止まることはなく時は常に流れるので、いつまでもその場で立ち止まっているわけにはいきません。

すると、10「運命の輪」では状況を変えるような新たな風が舞い込んできます。

ウェイト版の生き物たち

いつものように、まずはウェイト版を見てみましょう。

Pamela Colman Smith, Public domain, via Wikimedia Commons

ウェイト版では、四隅に万物を構成する元素と言われる4つのエレメント(火地風水)を表す動物と人の姿が描かれており、それぞれが占星術の不動宮サイン(牛:牡牛座、獅子:獅子座、ワシ:蠍座、人:水瓶座)に対応すると言われています。

「蠍座ならサソリの姿では……?」となるのですが、錬金術には
(低俗な)蛇 → サソリ → (翼が生え天上に昇り)ワシ
に進化するという考えがあるそうです。(井上教子著『タロット解釈実践事典』)

そして、人、ライオン、牛、ワシは、それぞれキリスト教の福音書記者である聖マルコ、聖ルカ、聖ヨハネ、聖マタイに対応する象徴でもあります。
福音書記者をアピールするためにも、ノートを描いているのでしょうか。
こちらのカードと対をなす「21 世界」ではより成熟し堂々とした姿で描かれていますが、それに比べると身体の線が細く表情にも初々しさがありますね。

また、人、ライオン、牛、ワシは『旧約聖書』で預言者エゼキエルが神と共に幻視したキャラクターでもあります。

預言者エゼキエルが捕囚の人々の中にいたとき、北から激しい風とともに雲がやって来て、その中から4つの生き物が現れた。彼らはみな人の姿で4つの顔と4枚の翼があり、前方に人、右にライオン、左に牛、また後ろに鷲の顔があり、稲妻のように速く行き来した。また彼らのかたわらに4つの輪があった。そして彼らの頭上に火のような輝く青銅色のものに囲まれた神の姿があった。その様子は雨の日に雲に起る虹のようであり、栄光に満ちた神を見たエゼキエルが顔を伏せたとき、神は「人の子よ、立ち上がれ、わたしはあなたに語ろう」と言われた。

『エゼキエル書』第一章第四節

ラファエロがその劇的な瞬間を筋肉隆々なのに介護されているおじいちゃんのように美しく荘厳に描いています。

「エゼキエルの幻視」ラファエロ・サンティ - Public domain, via Wikimedia Commons

このように万物の始まり、季節(占星術のサイン)や神の使徒を意図する生き物に四方を囲まれ、安定した構図となっているカードの中心では、輪廻を表すかのような輪が回転しています。

輪の中の記号やヘブライ文字、スフィンクスやアヌビスのエジプトの神についての説明は割愛しますが、「運命の輪」のカードは錬金術やエジプト神秘思想、ユダヤ教やキリスト教の象徴が何層にも塗り重ねながら、万物流転の一瞬を切り取り、その中での成長や転機、移り変わりを表していると言えるでしょう。

ウェイト版以前のカードでは、幸運と悲劇が入り混じる運命の不安定さ富と貧しさや権力の隆盛と衰退は人間がコントロールできない(=神の手中にある)と考え、幸運の女神フォルトゥナ(またはテュケ)をモチーフにしているものが多いようです。

以下のサイトでいろいろなデッキの「運命の輪」が掲載されていて、絵柄を見るだけでも楽しいですよー。

幸運の女神フォルトゥナ

では、運命(幸運)を司るフォルトゥナはどんな女神なのでしょう?


「フォルトゥナ」ゼーバルト・ベーハム -  Public domain, via Wikimedia Commons

ローマ神話の幸運の女神。元来は女性を守り,神託を授ける女神であったが、後にギリシア神話のテュケと同一視され、人間のうつろいやすい運命を擬人化したシンボルとなった。しばしばや車輪の上に立ち、船の舵豊饒の角を手にした姿で描かれる。また風にはためく帆とともにイメージされることも多い。キリスト教においても、この気まぐれな幸運の女神が、はかりがたい神の摂理の表現とみなされることがあった。

※太字はアトリビュートとしてオリジナルタロットに採用した部分です。
ハンス・ビーダーマン『図説世界シンボル事典』

他にも、女神がもたらすチャンスは彼女が去った後からでは掴めないということを表すために、フォルトゥナには「後ろ髪がなく前髪しかない」ともされているとか。(珍妙なビジュアルになりそうなのでこちらはデザイン却下…..。)

差し出された手

ではでは、オリジナルタロットの解説です。

「さあ行きましょう」

幸運の女神フォルトゥナが差し出した手。
でもその手をとったとしても、その後目隠しした彼女がどこに向かうことになるのか、運命の輪がどちらに回るのかはわかりません。
(運命の輪には、まるで人間の栄枯盛衰を表すようなブドウの一生が描かれています。)
そもそも彼女は本当に幸運をもたらしてくれる女神なのでしょうか?
そして「幸運」も何をもって「幸運」と言えるのでしょう?
とはいえ彼女が一方の手に持つ豊かな実りは魅力的です。

運命の輪からは、まるで天からの意図であるかのように金色の風が舞い込み、フォルトゥナのストールがはためいています。
この風向きが変わると、ストールが翼に見えるように彼女はあっという間に飛び立ってしまいそうでもあります。
そうすると、フォルトゥナの向こうに見える、風を受けた帆船にも乗り遅れてしまうのかも。
迷っている暇はなさそうです。

これがチャンスになるのか、転落のキッカケになるのか……

フォルトゥナの手を掴むかどうかは自分次第のようです!

モネの風

風は一瞬で向きを変えてしまいます。

200枚以上も描いた睡蓮のシリーズで有名なクロード・モネが、風を描いた美しい作品を残しています。

「日傘をさす女」- クロード・モネ
Google Arts & Culture, Public Domain

顔のベールを吹き飛ばしそうなほどの勢いの風。
見ている自分の顔にもそよいで来そうで、逆光の眩しい日差しにも目を細めたくなります。

こちらを見つめているのはモネの愛妻と愛息で、家族で散歩をしているモネの幸せはこの作品に永遠に留められているのかもしれません。

しかし、風と同じように時も容赦なく流れていきます。

作品が描きあがった数年後、モネが経済的に困窮している中、病気がちになった妻は第二子を産み落とすと亡くなってしまったのです。
その後モネは再婚し、前妻が亡くなって10年以上経った頃に再び「日傘をさす女」を描きます。

『戸外の人物習作(左向き)』-モネ

前作よりも華やかで明るい色遣いで描かれた花は、かえって夢の世界か天国のようです。
再婚相手の連れ子をモデルにしているとはいえ、表情のはっきりしない女性はあちらの世界で過ごす妻を描いているようにも思えます。
前作の風向きと違って、風は向こう側に吹いているように見えませんか?

同じ風はもう吹いていないのです。

美術評論家の山田五郎氏は、愛情が残る前妻の鎮魂のために睡蓮を描き続けたと推察されています。

風に吹かれて

さて、オリジナルタロットの話に戻ります。
このカードには、初めに解説した4つの生き物(人、ライオン、牛、ワシ)は描いていません。
しかし、それぞれが象徴する4つのエレメント(火地風水)は意図しています。

地(物質):豊穣の角(コルヌコピア)
風(思考):風
水(感情):海
(錬金術のも入った水)

だけは描いていません。
何度も述べてきた「風」ですが、占星術では「風」は情報を横につなげる働きはあるものの、「風」を高め昇華するのは上昇する力のある「火」が必要だと言われています。
結局このようなチャンスの風が舞い込んできたときに、どうするのかを決めるのは意志や精神(火)だと思っています。
つまり、このカードが表す風が運んでくる「チャンス」「タイミング」「転換」「変化」は、何を選ぼうとも「本人の意志や精神」があってこそ次へと動き出すのです。
この「運命の輪」のカードでは、そうすることで4つのエレメントが完成されていく構造になっています。

ちなみに、エゼキエルが「北から激しい風とともに雲がやって来て」現れた生き物と神を見たことは、その後預言者として神の言葉を伝えていく転機となりました。

「風向きが変わる」「追い風に乗る」「逆風の中を進む」「風にしたがう」「風をつかむ」「風を待つ」などの言葉があるように、「風」は運気や時間の流れにも置き換えられます
流れゆく人生の中でいろいろな風が吹いていきますが、よきタイミングで風に乗りたいですね。

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