川越宗一『熱源』162回直木三十五賞受賞作
大方の下馬評通り、川越宗一『熱源』が直木賞を受賞しました。発売当時からスケールの大きいストーリーが本好きを魅了した作品です。
公明新聞で連載中の「ちょっと気になる」で私も紹介しました。ネットでは読めないようですので、こちらで公開します。
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『熱源』の主人公はふたりいる。
ひとりは樺太(サハリン)生まれのアイヌ、ヤヨマネクフ。後に和人の中で暮らすために山辺安之助とも名乗りアイヌのための学校「土人教育所」を設立した立役者である。
ひとりはブロニスワフ・ピウスツキ。リトアニアに生まれたがロシアの同化政策によりポーランド語を禁止された時代に、皇帝暗殺計画に利用され捕縛。その後、苦役囚として樺太に送られたが、ギリヤーク人たちの文化を学び、ロシア語を教え、生き永らえた。
19世紀末から20世紀半ば、世界は大きな騒乱が渦巻いていた。日露戦争、ロシア革命、そして南極探検が二人の男の人生を通じてダイナミックに描かれる。
大国は小国を飲みこみ、弱き民族は文化や風習もはく奪され、それを不服とする者は戦わざるを得ない。アイヌの誇り、祖国ポーランドの復興、と目的は違うが、男たちが人生を賭けた熱情が迸る。
ふたりの縁はそれほど強いものではないが、振り合った袖を介してお互いが背負う背景が広がっていく。家族や友情の愛を取るか、国家や民族への忠誠を取るか、彼らはいつも厳しい選択を強いられていく。
ヤヨマネフクは金田一京助の著作「あいぬ物語」の主人公だ。ピウスツキもまた民族学者として著書を残している実在の人物である。
滅びゆく民と言われた樺太アイヌとロシアの政情に翻弄された人々の歴史冒険譚は「生き延びることの意味」を考えさせられた。(公明新聞10/14書評欄)
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